望月 鏡翠
2025-02-12 00:59:13
938文字
Public 日課
 

#1624 「夜店」「吊るす」「洞窟」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺

 懐かしい。
 夜店の赤い光に誘われて、私は帰宅コースを外れて、喧騒の中に足を踏み出した。照明機材は昔よりずっと明るい。それが赤い登りやテントの幕を透かして、祭り会場全体を赤くしているのだ。
 子供の頃から、変わるものもあれば変わらないものもある。
 お祭り会場価格のジュースやかき氷。今の子供が大人になる頃には、一つ千円を超えているかもしれないと思いながら、可愛いビニール袋に詰められてたくさん並べて吊るす綿飴を見る。
 あれだって、駄菓子屋で買えばサイズは小さくなるとはいえ、一袋百円くらいだろうか。
 だがそんなことは言わぬが花だ。気になってしまう人間には祭りを楽しむ資格がない。
 私はぶらぶらと祭りの品物を見て回った。
 安っぽいプラスチックのお面は昔のままだが、キャラクターは全く知らないものに変わっている。日曜の朝に早起きをしていれば、いくつかはわかるのかもしれないが、残念ながら今のところは縁がない。最新のゲーム機などがラインナップに並んでいるが、当たりくじが入っているのか疑わしいくじ引き。果物を使った水飴。チョコバナナ。たこ焼きや焼きそば。鮎の塩焼きに冷やしきゅうり。
 どれもノスタルジックでとても心惹かれる。
 せっかく来たなら何かお土産に買って行こうかという気持ちと、大人になった今の胃袋で夜店のものを買い食いしたら、帰って夕食は入らないだろうという二つの気持ちがあった。
 食べて帰って夕食を残したら、きっとものすごく怒られるだろう。それに一人でお祭りを楽しんで、恋人を家に置き去りにしているという罪悪感もある。
 帰宅時間を確認するメッセージが入っている。それが止めとなって、私は何も買わずに帰ることに決めた。
 この夜店は今日でおしまいでも、祭り自体は夏になれば週末にどこかでやっているだろう。予定はまた今度、恋人と相談しながらゆっくりと決めればいい。
 踵を返す。
「ああ、もう少しだったのによ」
 悔しそうに呟く声がする。
 強い風が吹いた。
 砂埃が顔にぶつかり目を瞑る。
 そして目を開くと、私は暗闇の中にいた。洞窟のように暗いトンネルの中に佇んでいる。
 祭りの喧騒はどこにもなく、にわかに寒くなって私は腕を抱えて身震いをした。