望月 鏡翠
2025-02-12 00:30:22
928文字
Public 日課
 

#1623 「露」「旅鳥」「イヤリング」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題噺

 彼女の足取りは、魔法で浮かんでいるように、重力を知ることがない軽やかなものだった。
 森と里の境目を守っている彼女の家の明かりは、道に迷った狩人や木こりの道標となる。温かい茶でもてなしたあと、里に送り出してくれる。
 人里から離れて一人で暮らす彼女のことを、街の人は魔女と呼んで親しんでいた。
 冬の朝になると、蜘蛛の巣に溜まった朝露を集めに来る。それを使って作る薬が、最もよく効くのだと彼女は語っていた。実際彼女の作った薬はよく効くから、里の人間から重宝されていた。
 いつまで経っても美しい少し不思議な女性に、男は一度ならず恋に落ちるものだ。かくいう私も彼女に恋をした、かつての少年の一人だ。大人になった今は浮世離れした美しい女性よりも、自分の生活に合った配偶者を見つけた。
 朝露を集めて薬を煎じるなんて、小麦粉の金額に一喜一憂する人間には向いていない。
 しかし、ひとときの熱のような恋ではなく、本気で彼女のことを思っている球根者もいた。毎日のように家に通い、贈り物を用意し、デートに誘った。それでも、彼女は誰のものにもならなかった。
 誰かの恋人にならずとも、せめて安全な里で暮らせばいいと招いても、森が自分の居場所だと、離れようとしなかった。
 魔女とはそういうものなのだろうと、いつしか皆が納得し諦めた。
 そんなある日のこと、北から南に渡っていく旅鳥が、彼女の家に立ち寄った。
 魔女の家は、人だけでなく野生動物も訪れる場所だったのだ。
 弱っていた鳥は彼女に助けられて、無事に冬を越したらしい。
 そして、翌年にまた戻ってきた。足に小さな紙を封じた金属のカプセルと、イヤリングをつけていたらしい。
 彼女はそれを身につけるようになった。
 それが誰からのものであったとして、彼女が人からの贈り物を受け取るのは初めてのことだった。彼女を愛していた男たちは、少なからず面白くない顔をしていた。
 そうして更に次の年のことである。魔女の家は空き家になった。
「あの鳥が行った先に、私もいくの」
 そう言って彼女は行ってしまった。
 誰の者にもならなかった魔女は、まだ見ぬ誰かのものになった。今頃は、旅鳥の故郷にたどり着いているのだろう。