コタジ
2025-02-12 00:26:22
2949文字
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三年間の献身

諸泉さんを助けた後の小頭な雑渡さん+仔尊+陣内さん
※火傷描写有り

 男の灯火は朧気に繋がれているだけで、一息吹けば諸共消し飛びそうな状態だった。
 先日、この男は火中へ身を投じた。
 世を儚んだ訳ではなく、敵陣で火災に巻き込まれた仲間を救う為だった。
 頭巾で覆っていた頭部は髪ごと火に舐められ、衣が張り付いた肌は炭化したように乾き、硬化した。
 わかりやすく鋭い痛みを伴う部位もあれば、皮膚付属器(体毛、汗腺など)や神経終末も障害されたのか、重症な部位に至っては最早痛みもなかった。
「川へ運べ!衣は脱がすな皮が剥ける!」
「水で冷却し進行を抑えることを優先しろ!」
「小頭!諸泉!」
 怒号や悲鳴が飛び交う。
 しのぶことを忘れてやいないかと男は口にしようとしたが、ひぅと妙な音が出ただけで言語にはならず、担ぎ上げられたまま川へと沈められた。
 
 強ばって儘ならぬ腐臭を発し始めた四肢。
 それに付属していた靱やかだった筋繊維は火で炙られ醜く収縮し、今では固く鈍重なだけの邪魔な木偶に成り下がった。
 鼻腔は勿論、咽頭から喉頭口付近まで熱風を含んだ毒煙を吸い込み爛れた為か、碌に声帯も震えない。
 どちらかといえばもう解放されてしまいたい。
 常人であればそう思うだろう。
 しかし、男は随分と使いにくい身体になったものだと他人事のように考えただけだった。
 大部分の箇所に水疱は形成せず、血管傷害によって皮膚は毒々しい黒に変色している。また、皮下組織にまで熱傷が及んだのか知覚神経傷害により痛みはない。
 痛みというか、既に皮膚には感覚がなかった。
 これは逆に便利なのではと男は思ったが、流石に口にはしなかった。泣かれる。
 男の皮膚は血流が無くなり、既に壊死していた。
 壊死した皮膚を残しておくと細菌の感染源となる恐れがあるので、基本的に切除はされている。
 深いやけどの後遺症として、傷痕が盛り上がる肥厚性瘢痕がある。この肥厚性瘢痕が関節に生じると関節が伸ばせなくなるようなひきつれ、瘢痕拘縮を起こすことがある。
(問題はそのくらいかな)
 もう元には戻るまいと男は理解していたが、それは中々共感されることはないようだった。
「失礼します」
……
 澄んだ幼い声が響いた。
 男の返答を待たずに、包帯を入れた桶を抱え、口を真一文字に引き結んだ子供がやってきた。
「お取替えに参りました」
 丁寧に一礼したあとは、黙って男の世話を始める。慎重に古い包帯を取り替える手はまだ慣れないのかぎこち無い。
 巻き取る包帯に滲むものに、眉を寄せていた表情が更に強ばる。歯を食いしばるように涙を堪えながらも手は止めない。
 どんぐり眼のこの子供は、火中から連れ出した諸泉の子だった。辛いのならもうよせというのに付きっきりで男に付いている。
 十になったばかりの齢の子供が自分を責めるように泣きながら、重度の火傷により怪異のような様相になった男の看護をしているのだ。
 精神衛生上全く宜しくない。
 早く止めさせてやりたいのにこれに関しては一向に言うことをきかない。こんな時は以前より上手く回らなくなった口が恨めしくなる。
 ずっと傍を離れず看護をしながら「ありがとうございます、ありがとうございます」と涙を流すのだ。
 正直に言えば火傷による手足の不自由よりも、男にはそちらの方が堪えた。
 降参するように「私は死なないから、尊奈門も泣くのはおよしよ」と思わず口走るくらいに。
 重篤で意識障害が起こっていた際のことなので、男の記憶には朧気なものしかなかったが。
「ほら、だからまたそんなに容易く、泣くもんじゃないよ」
「は、はいっ」
 子供がずびびと洟水か涙かわからないものをぐしぐしと拭う。
 泣きすぎて腫れぼったい瞼の下には、幼子には似合わない隈が薄っすらと見えた。
 眠れないのだろう。
 父親も軽傷ではない。不安で仕方ないだろうに、子供は男に張り付いて離れない。
 元々懐かれていたし、男なりに可愛がってはいたが、実の父親より優先するのは如何なものか。
 さり気なく諌めることもしてみたが「動けぬ自分の代わりに誠心誠意お仕えするようにと、父も喜んで賛同してくださいました」と返ってきただけだった。諸泉め。
(そんなことを言えるまで回復したのは重畳だけど、)
 男は仕方がないねと一つ息を吐いた。
 まだ上手く動かない腕を動かし、何気なく畳に敷いたしとねをぽんと叩く。
「なら少し、休むといいよ」
「そんな、小頭を差し置いて、」
「尊奈門が添い寝をしてくれたら、よく眠れそうなんだけど。イヤなら仕方ないね」
「嫌じゃないです、大好きです!」
「そうか。なら、おいで」
 少し擦れた返答は置いておいて手招く男に、おずおずとした様子で子供が立ち上がる。
 男の横で遠慮がちにちいさく丸まる様は仔犬のようだ。
 その表情には本当にいいのかという緊張が見て取れたが、男は気にせず「それじゃあ、おやすみ」と御衣を掛けて頭を撫でてやった。
 緊張からくる浅い呼吸が、健やかな寝息に変わる頃。片目のみとなった瞼を押し上げ、男は部屋の隅へ視線をやった。
 応えるように数拍で影が顕現する。
 男の瞬きだけで意図を汲んだようにそっと子供を抱えると、影はすぅと部屋から消えた。
 何をしているんですかという、若干の男を咎める視線は気の所為だったことにした。

「まさか三年間も無駄にさせる気なかったんだけど。だからかなー、伏木蔵くん達を見るとどうも当時を思い出しちゃってね」
「? 何がですかこなもんさん」
「大きな独り言だから、気にしなくていいよ」
 あと雑渡昆奈門ね、とお約束を訂正する。
 ずずと雑炊を啜る男の眼は柔らかく緩んでいたが、話すつもりはないようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 *
 
 
 
 
 
 
 
「諸泉はさ、ほら、定年間近だったじゃない」
「はい」
「尊奈門もまだ十を過ぎたかくらいでしょ」
「そうですね」
 絶対安静というのは、男には土台無理な話なのだ。
(少しばかり話したり、尊奈門が寝付くまで頭を撫でただけだし)
 確かに多少悪化している気もするが、言わなければバレないだろうと高を括っていたのだが。
 そうもいかないらしいお目付け役のような部下に、男は嫌そうな眼をした。
……陣内、言いたいことがあるなら言ってよ」
「では言わせていただきます」
 こういう時に特にありませんとは言わないのが陣内のいいトコだよねという男を敢えて黙殺してから、今回のことだけではありませんと陣内は話す。
「諸泉を助けに行く気持ちはわかります。ですが貴方様は狼隊の小頭です。以前から申し上げておりますが、部下の為に自ら命を投げ打つ行為はお止めくださいませ。火が盛る中に小頭が身を踊らせた時は心の臓が止まるかと」
「だから言っているだろう、諸泉は定年間近だったって」
「ですからそれは、」
「最後くらいはさ、家族の元に帰してやりたいじゃない」
……
「ほら、私は小頭だから」
「──知っております」
「世話をかけるね、陣内」
 何を言っても無駄と悟った顔をして、陣内は諦めたように言った。
「それが私のお役目ですから」