のたり
2024-10-25 21:42:46
2026文字
Public hrsz
 

はるしず幼少期ifのつづき


「あら、懐かしい」
部屋の整頓をしていた時、手伝いに来てくれたお母さんが床に置いていたアルバムを見つけてそう言った。
「どうしたの?」
「去年の教科書、そこに仕舞おうと思って」
「捨てないの?」
「うん。受験勉強で使うかもしれないから」
「そうねぇ」
適当な相槌を打ちながら、お母さんがパラパラとアルバムを捲る。
「懐かしいわ。遥、すごくこの子に懐いてたわよね」
……そうだった?」
懐いていた、と言われると少し腑に落ちないけれど、たしかにそう見えていたんだろうなと思う。
私よりひとつ年上の雫はあたりまえだけど先に小学校に入った。そしてランドセルを背負ったまま、時々おばあちゃんと一緒に志歩ちゃんを迎えにきていた。
「見て、遥ちゃん!」と嬉しそうにランドセルを見せてくれて、それからどんぐりで作ったペンギンもくれた。「来年は遥ちゃんも小学生ね」となぜか自分のことのように嬉しそうに笑った。私も楽しみだった。また雫と同じところに通える。そう思っていたのに、私の通う小学校は雫や志歩ちゃんとは違うところで、それきり会うことはなかった。
雫は私の初恋の人だった。
あの頃はよくわからなかったし、所詮子どもの頃の話だれど、春から高3になる今でもやっぱりあれは恋だったと思う。
古いアルバムの中で笑う雫とその横にいる無表情な私。
きまぐれにその写真をアルバムから抜いて、机の前の壁にピンで留めた。


学校帰りにノートとシャーペンの芯を買いにショッピングモールに寄った時、何か変だな、と思った。道を歩いていく人がちらちらとある一点を見ていく。立ち止まったりするわけじゃなくて、ただチラ見をしていく。なんだろう、なにかあるのかな、と思ったけれど確認しにいくほどでもなくて、そのまま通り過ぎようとした時、カチンと音がして、コロコロとペンが転がってきた。足元で止まったペンを屈んで拾う。
「ごめんなさい」
少し向こうから駆けてきた落とし主の声に顔をあげる。その瞬間、息が止まるかと思った。
「メモしようと思ったら落としちゃって……
……いえ……
「拾ってくれてありがとう」
そう言ってふわりと笑う。
ーー雫……
ペンを差し出そうとした姿勢のまま固まってしまった私に、彼女は少し不思議そうに首を傾げた。
「あの……
ハッとして、ペン渡さなきゃ、と思ったすぐ後、彼女は今度は少し戸惑いを残した笑顔を見せた。
……もしかして、遥ちゃん?」
……っ」
「やっぱり!」
ぽんと胸の前で両手を合わせて、雫は昔みたいに笑った。
時間ある? あそこの喫茶店でお話ししない? その制服神高よね、宮女より校則は厳しくないと聞いていたけれど平気?
そんな立て続けの質問に少し圧倒されながら頷いただけの私の手を取って、雫はすぐそこの喫茶店に私を連れて行った。
通された席はあまり人目につかない隅の方で、よかったと思った。少し一緒に歩いただけでわかる。雫は人の目を引く。さっき通行人がちらちら見ていたのもきっと雫だ。お店の人だって、まるで見惚れるみたいな目で見ていた。
「遥ちゃん、何にする?」
「えっと……、これ」
雫が私に向けて広げたメニューの中からカモミールティーを指差す。
「いいわね、私もそうしようかしら」
雫はふふっと少し可笑しそうに笑う。
「不思議ね。私達、一緒にハーブティーなんて飲んだことなかったのに」
「あの頃はいつも麦茶かお水だったよね」
「そうね」
懐かしいわ、と、雫は笑う。
「あ、遥ちゃん、甘いもの好きだったわよね。ケーキとか食べない?」
……どうしようかな。雫おねえちゃんは?」
「私はやめておくわ。食べたい気持ちはあるけど、お夕飯入らなくなっちゃう」
……じゃあ、私、注文するから、少し食べる?」
「あら。じゃあ少し貰うわ」
嬉しそうに微笑んだ雫に、ほっとして私も笑った。雫が私が甘いもの好きだったことを覚えていてくれたことが嬉しかった。
オーダーを終えて一息つく。雫はテーブルに肘をついて、ふふっとまた笑った。
「遥ちゃん、おおきくなったわね」
それはそうだろう。
……雫おねえちゃんもね」
「まだおねえちゃんって言ってくれるのね」
雫はまた嬉しそうに笑った。
まぁ、それ以外の呼び方したこと、ないからね。心の中では、雫って、呼んでしまっているけど。
実家暮らしなこと、春からこの近くの大学に通うことになったこと、少なくとも今は恋人はいないこと。そんなことを確認して、連絡先を交換した。
「また会えるかな」
「ええ。いつでも連絡して」
……雫おねえちゃん、じゃなくて、雫、って呼んでもいい?」
「ええ。遥ちゃんさえよければ、雫って呼んで」
そう言って雫はふわりと笑った。昔と変わらない木漏れ日のような笑顔に胸が熱くなる。
ーーやっぱり間違っていなかった。雫は私の初恋の人で、私はまだ雫に恋をしていて、そしてまた雫に恋をした。