のたり
2024-10-17 07:59:54
1997文字
Public hrsz
 

恋人同士


……恋ってなんだろう……
そうぽつりと漏らしてしまったのは、中庭でお弁当を食べている時だった。
星乃さんにきょとんとした目を向けられて、しまった、迂闊だったと思った。無意識に声に出してしまっていたらしい。
「なになに、遥ちゃん、お年頃? 恋バナ!?」
ぐっと目をキラキラさせて天馬さんが身を乗り出してきた。
「そういうわけじゃないけど……
恋バナというほど浮かれた話でもない気がする。
絶対に誰にも言わないけれど、先週から私と雫は付き合うことになった。


先週、放課後の練習がおやすみの日、なにも予定もなかった雫と私で一緒に買い物に行くことになった。私が新しいトレーニングシューズが欲しいという話をしたとき、雫がよかったら一緒に買いに行きましょう、と言った。私に断る理由なんてなくて、雫さえよければ、と返事した。
いつものトレーニングシューズを買って、時間も余ったしなにか食べに行こうか、と、お店を探すついでに散歩でも、と、ふたりで渋谷の街を歩いた。段差に気付いて雫に手を差し出した私に、雫は「遥ちゃんとおでかけするとまるでデートしているみたいね」と笑った。その言葉がかすかに胸にひっかかった。
……雫、デートしたことあるの?」
「ないけど、もし遥ちゃんの恋人になったらこんなふうにデートするのかしら、と思ったの」
なんでもないことのように言った雫の返答にほっとしながらもかすかなざらつきが残った。
……そうだね。そうかも」
雫が恋人になったら。
もし、本当にそうだったら。
今度はなんだか胸の奥がくすぐったくなって、重なった手を離したくなくなってしまって、顔が少し熱くなった。
「ーー雫、もしよかったら、私の恋人になってみる?」
「ええ、遥ちゃんがよければ」
照れ隠しの冗談のつもりだったけれど、雫はまるで「なにか食べに行こうか」って言った時と同じように笑って頷いた。
「あ、遥ちゃん、あのお店はどうかしら」
暖簾のかかったお店を雫が指差して、段差を跨いだ雫の手は離れた。
「あれはお土産やさんだよ、雫」
「あら」
興味が湧いた顔でそのお店へと歩きだした雫についていく。
これって、今からデートになったってことなのかな。
してることは今までと変わらないのに、胸の奥で何かが揺れているかみたいだ。
30分ほど散歩をして、見つけたおうどん屋さんに入ってきつねうどんをふたつ頼んだ。サイドメニューは雫が茶碗蒸しで、私は天ぷらの盛り合わせ。茶碗蒸しを一口食べた雫が目を輝かせる。
「これ美味しいわ。遥ちゃんも食べてみない?」
「じゃあ一口もらおうかな」
「ええ」
雫がスプーンで掬って持ち上げたから、まさかと思ったけれどそのまさかで。
「はい、あーん」
……っ、あ、いや、ちょっとそれは」
「だめだったかしら?」
「自分で食べられるよ」
「ええ、それは知ってるわ」
雫は一度スプーンを器に戻して、スプーンの柄が私の方に向くように器を回した。
茶碗蒸しは確かに美味しくて、ほんの少しだけど、やっぱり雫に食べさせてもらえばよかったかな、とか、これって間接キスなんじゃ、なんて思ったりして。
いつもとは違う帰り道になったから、雫の家まで送っていった。
雫はいつものように「ありがとう」と微笑んで、ふたりともいつものように「じゃあまたね」と言って別れた。
それから雫の態度は今までとなんにも変わらなくて、恋人関係が継続してるのかどうか、私はうまく確かめられずにいた。


「遥ちゃん、アイドルだもんね〜。恋愛はタブー?」
「モモジャンは特に決めてないけどね」
でも私達に勧められることじゃないことはわかってる。雫もきっとわかっているから、みんなの前でいつもと変わらない態度をとるのはある意味あたりまえだと思う。私だってみんなの前で恋人みたいに振る舞いたいとかそういうわけじゃないんだ。ただ、なんていうか。
ーー雫は私のこと、どう思っているんだろう、って。
「誰かを好きになるってどんな感じなんだろうって、思って」
星乃さんは少し考えた後、ぽつりと言葉を紡ぐように話し出した。
……たとえばだけど、美味しいものを食べた時に食べてほしいと思ったり、些細で嬉しくなったようなことを話したくなったり、そんな相手なんじゃないかな」
……
自然に頭に浮かんだのは雫だった。雫はいつも私にそんなふうに接していてくれた気がする。
……って、日野森先輩が言ってた、って、穂波が言ってた」
「って、また聞きか〜い!」
手でツッコミを入れて天馬さんが笑う。
「私もまだよくわかんないな、恋って」
そう言って苦笑いした星乃さんに頷いて返す。
でも、少なくとも雫がそんな相手を恋の相手だと言うなら、きっと私達はちゃんと恋人同士なんだ。
お弁当のブロッコリーをつまみながら、雫に会いたいな、とぼんやり思った。