のたり
2024-09-22 12:08:00
1749文字
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少女レイ 2


2

「はい、アンタの鞄」
そう言って桃井先輩は教室のロッカーに置いてあったはずの私の鞄を突き出してきた。
……どうも」
ぴょんと猫が先輩の肩に飛び乗る。いくつかの霊が退いて顔が見えたけれど、またすぐにふよふよと囲まれて始めていた。
学校は霊が集まりやすい場所ではあるけど、どこでこんなに器用に拾ってくるんだろう。下級生が倒れたからってわざわざ鞄を持ってきてくれるほど面倒見のいい人だし、そのへんの気質も関係しているんだろうか。
……もう平気なの?」
「大丈夫です。ご迷惑おかけしました」
「気にしなくていいわよ。ちょっとびっくりしたけど」
そう言った後、先輩が黙り込んだ。なにか言いたいことがあるけれど言い出せない、そんな雰囲気。大人しく待っていると意を決したように視線を上げて口を開いた。
……アンタ、視えてるのよね?」
「え?」
「視えてるんでしょ?」
そう言って先輩がまっすぐ指差したのは雫だった。
……
つられるように雫の方を向いたら、雫はふふっと微笑んでひらひらと手を振ってきた。つい微笑み返して手も振りかえす。
「やっぱり視えてるじゃない!」
「視えてないなんて、私、一言も言ってませんけど?」
……なっまいきな……
ぐっと押し殺したような声。睨まれているかもしれないけれど、表情は霊に遮られてよく見えなかった。
「先輩っていつも霊に取り囲まれてますけど、そっちは視えてないんですね」
「えっ」
キョロキョロと辺りを見る動きに合わせて、霊もふよふよと動く。
「勘弁してよ〜、アンタ祓えない?」
「無理ですよ」
「神社の娘って聞いたけど」
「神社の娘だからって祓えるわけじゃないので。あ、みのりの近くに行ったらいいですよ、あの子、視えないけど追い祓えるから」
「『みのり』? あ、もしかして昼間一緒にいた子?」
「そうです。まぁ強い霊だと無理ですけど、そのへんの弱い霊なら」
「強い霊って……どのくらい?」
「そうですね、先輩が視えるくらい」
今度は私から雫の方を向いた。目が合った雫がまた微笑む。
……やっぱりあの子、幽霊よね……
「取り憑かれてたわけじゃないんですか?」
「違うわよ。……多分……
自信はないようで、語尾が小さくなっていく。そんな先輩の様子に雫はふふっと肩をすくめて笑った。
『取り憑いてないから、安心して?』
……なんて言ってるの?」
「え?」
先輩がため息をつく。
「視えるけど何言ってるのかわかんないのよ」
「『取り憑いてないから、安心して』、って」
「あ、そうなの?」
『私に話しかけてくる人なんて初めてだったから、嬉しくなって着いてきちゃったの』
雫は本当に嬉しそうに微笑んだけれど、私の胸にはざらりとした感情が沸いた。
「ーー先輩から話しかけたんですか?」
「だって踏切が鳴ってるのに線路の上にいるんだもの。慌てて声かけちゃったのよ」
不意に頭の奥がツキンと痛んだ。目が霞みそうになって、何度か瞬きをした。『踏切』『線路』。そんな聞き慣れた単語がまるで割れて尖ったガラスのように刺さった。なんだろう、この感じ。
「そしたら浮くし、影はないし」
先輩はどこかおおげさにため息をついた。
「話しかけたら取り憑かれるケース多いですし、オススメしませんよ」
「幽霊だってわかってたら声かけないわよ」
「そうですね」
「まぁ、取り憑かれてないならいいわ」
そう言いながら先輩は自分の腕時計を見た。
「私、部活があるから行くけど、アンタ1人で帰れそう?」
「はい。大丈夫です」
「そ。ならよかったわ。じゃあ私、行くわね」
「ありがとうございました」
先輩が踵を返すのに合わせて右肩に乗っていた猫が左肩へと移動した。にゃあ、と鳴く。雫への挨拶だろうか。雫も微笑んで手を振った。
『私もそろそろ帰らなきゃ』
「帰る?」
『ええ。またね、遥ちゃん』
帰るってどこへ、と私が聞く前に雫はすうっと窓をすり抜けて、あっというまに姿を消してしまった。
……
置き去りにされてしまったような寂しさが胸を覆う。
身体中がざわざわと音を立てる。眼鏡越しの雫の目を思い出して、胸がぎゅっと詰まる。
雫のまたね、という言葉を、私は素直に信じていいんだろうか。