のたり
2024-07-21 18:09:13
1573文字
Public hrsz
 

セカイで


「あ、雫ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは、レンくん。遥ちゃん、こっちに来ているかしら?」
「うん、向こうにいたよ」
「ありがとう」
レンくんにお礼を言って、向こう、とレンくんが指差した新しくできた花畑のステージへ向かう。
いいランニングコースになりそうって言っていたから、もしかしたら走っているのかも、と思ったけれど、遥ちゃんはステージの端の方でセットにもたれて座っていた。
「あ、遥ちゃ……
声をかける途中で遥ちゃんが眠っていることに気付いて口を閉じる。セカイとはいえ外で遥ちゃんが眠るなんて珍しい。最近は屋上でふたりきりの時には時々眠ってくれるようになったけれど。
そうっと近付いて、音を立てないように顔を覗き込む。起きている時より幼い寝顔を可愛いと思う一方で、疲れているのかしらと少し心配になる。あんまり無理はしないでほしい。でももし無理しちゃったときは支えられたらいいな。手を伸ばして、遥ちゃんの目にかかっていた前髪をそっと横に避けた時、ぱちっと遥ちゃんが目を開けた。
……あ、雫」
「ごめんなさい、起こしちゃったわ」
きょとんとしたまま遥ちゃんは瞬きして、それから両手を耳へ上げるとワイヤレスイヤフォンを外した。
「ごめん、雫、聞こえなかった。なに?」
……もしかして遥ちゃん、起きてた?」
「うん。目は閉じてたけど。……あ、もしかして寝てると思った?」
「ええ」
遥ちゃんはふふっとなんだか可笑しそうに笑った。
「雫がいてくれるなら、少し眠ろうかな」
「ええ、そうして!」
スカートの裾を整えながら遥ちゃんの隣に座る。
「膝枕する?」
……えっと、それはちょっと恥ずかしいから」
苦笑いして、遥ちゃんは私の肩に頭を乗せた。それから私の手を握る。私も握り返す。遥ちゃんの手があったかい。やっぱり眠いのかもしれない。
「ちょっとだけ……、30分くらいしたら起こしてもらっていい?」
「ええ、任せて」
「うん。よろしく、雫」
遥ちゃんが身体の力を抜く。少し肩にかかる重みが増す。その重みは遥ちゃんが安心してくれている証拠のようで、いつも嬉しかった。
髪から少し汗の匂いがした。ランニングしていたのかも。
あったかい手と汗の匂いにこの間のことを思い出す。まだ明るかったから恥ずかしかったけれど、でも溶けちゃうんじゃないかと思うくらい気持ちよくて、なにより嬉しかった。あの日から、なんとなくだけれど、遥ちゃんとの距離が縮まった気がする。
握った手を少し緩めて、力が抜けた遥ちゃんの指をそっと撫でる。すやすやと遥ちゃんは無防備に眠る。ファンの子達が知らない遥ちゃんだ。more more jumpの方向性をありのままのアイドルでいることに決めたから、これからそんな遥ちゃんも見せることになっていくのかもしれない。独り占めできなくなることが寂しく思えたこともあったけれど、でももう平気。『恋人』でいるときの遥ちゃんは私しか知らないから。
「雫ちゃーん」
レンくんがこっちに駆け寄ってきた。
「遥ちゃん、見つかった?」
「ええ」
私が小声で答えたら、私の隣にいる遥ちゃんに気付いたレンくんが声のトーンを落として、「遥ちゃん、寝てる?」と言った。
「ミク達がステージで歌うっていうから雫ちゃん達も見るかなと思って呼びにきたんだけど……
「あら。それは遥ちゃんもきっと見たがるわね」
起こした方がいいかしら、と思っているうちに、遥ちゃんは自分から起きて、軽く目を擦った。
……あれ、レン?」
「起きちゃったね」
「ええ。遥ちゃん、まだ15分くらいしか経っていないけど、起きる? ミクちゃん達がステージで歌うんですって」
「ミク達が?」
「ええ」
「起きる。見に行きたい」
予想通りの答えが返ってきてレンくんと顔を見合わせて微笑んだ。