のたり
2024-07-12 21:08:15
1599文字
Public hrsz
 

夢なら

座敷童子の雫さんと巫女の遥ちゃん

意識がゆるりと浮上した。
起きるとまではいかない微睡の中で、身体にかかる確かな重みを感じる。身体が動かない。ーー金縛り? けれど嫌な気配ではなくて、優しく漂うお香の匂いに愛しい彼女を思い出した。
……、かな……
でも彼女は座敷童子だ。鍵がかかっていたって家に忍び込むくらい造作もない。目を開けて、暗闇の中で薄ぼんやりとした視界に見えたのはたしかに雫だった。
眼鏡の奥で細められた目。その妖艶な笑みにぞくりとする。
「夢なら、何してもいいわよね?」
ーーえ?
雫、と名を呼ぼうとしたけれど声が出なくなっていた。
……遥ちゃん」
代わりみたいに雫が私の名を呼ぶ。
空気にとけるような囁く声。眼鏡を外すカチャリという微かな音がやけに響いて聞こえた。眼鏡を畳の上に置いた雫の手が私の方へと伸びてくる。前髪に触れた指が右に流れて、縁を辿り耳の後ろと触れた。
……
布団が捲られて、ひやりとした空気が身体に触れた。私の肘とシーツの隙間にするりと手が差し入れられる。まるで雫に全部を絡め取られているみたいだ。身体の自由を奪われているせいか感覚は鋭くなっているようで、私を包むお香の匂いは強くなって、布ズレの音も雫の微かな呼吸音もいつもよりずっとクリアに聞こえるし、雫と一緒に動く空気さえ感じ取れる気がした。
暖かいな、と、ぼんやり思った。これが妖しにとり憑かれている状態なんだろうか。だとしたら随分と心地良い。 妖しに魅了される人間が後を絶たないわけだ、なんて他人事みたいに思っていたら、雫はころんと私の隣に横になった。
……?」
私の腕に抱きつくように腕を絡ませて、肩口に顔を擦り寄らせる。落ち着く姿勢を探すようにもぞもぞと動くから少しくすぐったい。姿勢が落ち着いたのか、指を絡ませるように手を繋いできた後、雫は動かなくなった。
……おやすみなさい、遥ちゃん」
そう言われても、声が出ないから返事も出来ない。首筋に微かにかかる息やさらさらとした細い髪先。触れ合った足と柔らかく握られた手。指を動かそうとしたけれどやっぱり動かなくて、今の私に出来ることなんて目を閉じるか開けるかくらいだ。こうして来てくれるのは嬉しいけれど、金縛りはかけないで欲しいな。無理矢理解いてもいいけど、術返しになってしまうから雫にダメージを与えるかもしれない。それは嫌だ。こんなんじゃ巫女失格だなぁ、なんて思いながら、諦めて目を閉じて、心の中でため息をついた。
雫の安らかな寝息が聞こえ始める。朝になったら、おはようって言って、それから今度はちゃんと普通に泊まりに来て、って言おう。
ーーそう思っていたのに、目が覚めたら雫はいなくなっていた。
起き上がって部屋を見渡してみても、姿どころかここにいた形跡すら残っていなくて、隙間風が吹いたみたいに胸の温度が下がった。
なにも黙って帰っちゃうことないのに。ため息をついて、寝着を少し整えてから障子を開けた。
「あら」
声のした方を向いたら、縁側に座っている雫と目が合った。
「おはよう、遥ちゃん」
……うん、おはよう」
ふふっと雫が笑う。
「本当にいつも早起きさんなのね」
雫の声と笑顔に胸が温かくなる。
「いつもより少し遅いくらいだよ」
「そうなの?」
「うん」
雫の隣まで行って、横に腰を下ろした。
「おはよう、雫」
改めてそう言ったら、雫は嬉しそうにふわりと笑った。
「ええ。おはよう、遥ちゃん」
「朝ごはん、食べていく?」
「素敵ね。でも今日は帰るわ。家の人に何も言わずに来てしまったの」
「そっか」
もうウチにおいでよ、一緒に暮らそうよ。ーーそう言ったら、雫はなんて答えるだろう。座敷童子がいなくなった家には不幸が訪れる。雫がウチにくるということは、そういうことだから。
「今度泊まりに来てもいいかしら」
雫がふわりと笑ってそう言ったから、勿論、と返した。