ふたりきりのお茶会で遥ちゃんが用意してくれたお茶は、甘い甘いチョコレートの香りがした。飲んでみたら全然甘くなくて少し驚いた。少しの苦味とすっきりとした後味。
「口に合ったみたいでよかった」
美味しい、と言う前に、遥ちゃんがふふっと笑う。顔に出ていたみたい。
「これはバレンタインのお返し?」
「違うよ。みんなと一緒に貰ったチョコのお返しは別に用意してるし……」
でもまだ何があるようで、遥ちゃんは「日付越えてから渡すつもりだったけど、いいか」と言って、立ち上がった。
「ちょっと待っててね、雫」
遥ちゃんはそう言って、リビングを一度出て行った。
甘いお茶の香りが立ち込める中で、ちいさく息を吐いた。
バレンタインの日に約束したデートは結局行けなかった。学校のお休みの日は10日間で、テスト期間を除くと仕事も練習もない日は2日間しかなかった。その2日間のうちの1日は急に仕事が入って、もう1日はみんなでお家を見に行くことになったから、私達に残された丸一日休みの日はなかった。
代わりに3回、一緒に出かけた。配信用のオススメのプレゼントを選びに2回、こはねちゃんの誕生日プレゼントを選びに1回。デートと言っていいのかは今もわからないけれど、楽しかった。
今日で終わるのかしら。ふと胸に不安がよぎる。
遥ちゃんは変わらず優しいけれど、その優しさは出会った頃から変わらない優しさだから。
しばらくして戻ってきた遥ちゃんは、薔薇の花束を抱えていた。
「……」
「お待たせ、……って、雫、どうかした?」
「……あ、ごめんなさい。遥ちゃん、とても似合ってて素敵だったから」
「……そう?」
遥ちゃんは照れくささを隠すように笑って、薔薇をテーブルの上に置いた。
薔薇の花は1本ずつラッピングされていた。明日みんなにも配るのかしら。遥ちゃんが貰っていたチョコレートの数と比べると全然足りないように見えるけれど。
「雫、こっちに座ってくれる?」
「え? ええ」
よくわからなかったけれど、遥ちゃんに促されるまま、テーブルと直角の向きに動かされた椅子に座り直す。
「雫は薔薇の花言葉は知ってる?」
「ええ。『美しさ』とか『愛情』よね」
「じゃあ本数の花言葉は?」
「私、意外と詳しいのよ、遥ちゃん」
「そっか。ならよかった」
ふふっと笑って、遥ちゃんは私に薔薇を1本差し出した。その少し改まった雰囲気と姿に胸がドキリとする。
1本のバラの花言葉 は『一目惚れ』と『あなたしかいない』。
「受け取って、雫」
「……ありがとう」
これは遥ちゃんの気持ちだと思っていいのかしら。少し戸惑いながら、薔薇を受け取った。
「『この世界にふたりだけ』」
遥ちゃんはもう1本薔薇を手にして、2本の薔薇の花言葉を口にすると、同じように私に差し出してきた。
「いつもってわけじゃないけど、今はそうだよね」
「……ええ」
これも私が受け取っていいみたい。2本目の薔薇を最初の1本とまとめて持った。
「3本目も知ってるよね?」
遥ちゃんの問いかけに頷く。3本の薔薇は『愛しています』。
胸がじわりと熱くなっていった。
『ずっと変わらない』、『出会えて本当によかった』、『あなたに夢中』、『ひそやかな愛』。
遥ちゃんが花言葉を口にして、そのたびに私の手に薔薇の花が1本ずつ増えて、花束になって、私の胸に広がって、私の不安を消していく。
「『思いやりにいつも感謝してる』」
「……ありがとう」
「『いつまでも一緒にいて』」
「……ええ」
叶うなら、遥ちゃんの傍に。
10本目の薔薇を取ろうとした遥ちゃんに「待って」と声をかけた。遥ちゃんの代わりにその薔薇を私が取る。
「10本の花言葉は、遥ちゃんの方が似合うわ」
ーー『あなたは完璧な人』。
私は完璧でいようとすることが重荷になってしまったけれど、遥ちゃんは武器に出来る強さを持った人だから。
「……ありがとう、雫」
そう言って、遥ちゃんは10本目の薔薇を私から受け取ってくれた。
テーブルの上の薔薇の束と一緒にならないよう少し奥の方へ置いてから、遥ちゃんが11本目の薔薇を私に渡した。
「……雫」
11本の薔薇の花言葉は、『最愛の人』。
そして4本の薔薇が残った。
遥ちゃんは4本の薔薇を手にして、3本は茎側を私の方へ向けて置いた。遥ちゃんの手に残った12本目の薔薇を見つめながら、小さく息をつく。
12本目の薔薇の花言葉は『付き合ってください』。
今までと同じように私にまっすぐに差し出す。受け取ったら遥ちゃんはどこか少し緊張を滲ませたような微笑みを見せた。
「……私の分はこれで最後。あとの3本をどうするかは、雫が決めて」
そう言った遥ちゃんが、13本目から15本目までの花言葉を知らないはずはない。
『永遠の友情』。『誇りに思う』。『ごめんなさい』。
そのどれもが私が遥ちゃんに伝えたい想いとは違っていて、その後に待つ愛の告白の意味を持つ花言葉までには本数が足りない。
もしかして私から断らせたかったのかしらという考えが一瞬よぎったけれど、遥ちゃんはそうしない気がした。
「……」
3本。その数に改めて気付いて、そうね、と、心の中で呟いた。私は3本の薔薇を手にした。
「遥ちゃん」
顔を上げて遥ちゃんをまっすぐに見る。そして3本の薔薇をひとつにまとめたまま差し出した。かすかに遥ちゃんの肩が揺れた。
「13本目じゃなく、3本の薔薇として受け取って、遥ちゃん」
「……っ」
遥ちゃんが息を詰まらせる。それから口元に一度手を当ててから頭を下げて、またすぐに顔をあげたと思ったら一歩前に進んで、私に抱きついてきた。
「は、遥ちゃん?」
「……ありがとう、雫」
はぁ、と耳元で熱いため息が聞こえた。「大好き」と掠れた声がして、嬉しくなって抱きしめ返した。
「遥ちゃんは私にどれを選ばせたかったの?」
「どれも選ばないで欲しい、って思ってた」
「そうなのね」
私が選んだ答えは遥ちゃんが準備した正解じゃなかったけれど、それでよかったみたい。
腕の力が緩んで、遥ちゃんが少し体を離した。少し顔を傾けたらもう唇が触れ合いそうな距離で、遥ちゃんが囁く。
「……キスしてもいい?」
私は引き寄せるように、遥ちゃんの腕を掴んだ。
私が明日で振られるかもしれないと思っていたことを話したら、遥ちゃんはどんな顔をするのかしら。
その時初めて、私達は友達とはしないことをした。
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