のたり
2023-06-29 07:17:28
2875文字
Public hrsz
 

アリサと雫と番犬×2

しずはる付き合ってます。

呼び出されたのは22時過ぎだった。
日野森の名前で先に入ってるから、なんて、偽名くらい使いなさいよ、と思いながら、店員に名を告げて席まで連れて行って貰う。
すでにテーブルに並んでいたグラスの数にため息をつく。本人は顔色も変えずにけろっとしているけれど。
「アリサちゃん〜、元気だった?」
「こないだ収録で会ったばかりでしょうが」
「ふふ、そうね」
ご機嫌を装って、またお酒を飲む。
「アリサちゃん、何飲む〜?」
「その前に何か食べさせなさいよ」
「あら、お腹空いてるの? 好きなの頼んで」
「言われなくてもそうするわよ」
メニューを広げて、アボカドのサラダとカルパッチョと烏龍茶をオーダーした。
「アリサちゃん、烏龍茶でいいの?」
「これはアンタの分」
「え〜?」
予想通り、すぐに日本酒が運ばれてきた。これは私が頼んだものじゃなくて、雫がすでに頼んでいた分だ。店員から直接受け取って、自分の前に置いた。
「それ私の……
「ちょっとペース落としなさいよ」
「そう?」
「そう」
平気なのに、と少し拗ねたように言う姿は相変わらずというより、重ねた年の分だけ艶めいていて、そのへんのヤツなら一目でコロッといっちゃうんだろうなと思える。
「で?」
「え?」
「今夜はアンタの番犬はどうしてんのよ」
「番犬って、愛莉ちゃんのこと? 遥ちゃんのこと?」
「両方」
「愛莉ちゃんは地方ロケ。レギュラー2本になったから忙しいの」
そう言って雫は飲みかけのグラスに口を付けた。
「ゴールデンのレギュラーだっけ」
「そうなの〜。さすが愛莉ちゃんよね」
悔しいけれど、さすがというべきか。本当に悔しいけれど、愛莉と一緒の収録は正直一番やりやすい。
「アンタも深夜とはいえドラマの主演決まったんでしょ」
「そうね、頑張るわ〜」
まるで他人事みたいにほわほわしたまま答える。今更雫の仕事っぷりに心配なんてしないけど。
「で?」
「え?」
「とぼけないの。もう一匹とは何があったのよ」
雫の表情がわかりやすく曇る。
雫がこうやって私を呼び出すのは、ふたつの事柄が重なった時だ。桐谷遥と何かあって、それの聞き役になってくれる愛莉がいない時。
……別に、少し喧嘩しただけ」
「あっそ」
少し喧嘩しただけ、なんて顔じゃないけれど。
「私達だって喧嘩くらいしてもいいじゃない?」
「好きなだけしてていいわよ、私を巻き込まないでくれるんなら」
……アリサちゃん、冷たい……
「こんな時間に電話一本で来てやってるのに、冷たいとか心外だわ」
しゅんとした姿になびいてやるような関係性じゃない。多分雫もそれをわかっているから呼びだしてくるんだろう。
「あ、これ」
「え?」
「今日のおすすめなんですって。美味しかったわ」
「ハイハイ」
話が飛んだな、と思いながら、注文するつもりはないけれどメニューを見る。ごま豆腐。ちゃんと飲むだけじゃなくて食べていたことに安心した。
私がオーダーしたアボカドサラダについてきたわさびを小皿にとって、雫は箸で少しつつく。
「こら、食べ物で遊ばないの」
「はぁい」
いつもは雫のほうがそのへんはちゃんとしているのに、こういうときの雫はどこか子どもっぽさを演出しているような気がする。
「遥ちゃんったら、まだわさび苦手なのよ」
「今月私が聞いたどうでもいい情報のダントツ1位だわ」
「私がさび抜きで頼んだつもりのお寿司にわさびが入ってたの」
桐谷遥がわさびが苦手っていうことよりどうでもいい情報だった。
「なのに遥ちゃんたら、いつも通りお寿司を食べたのよ」
「よかったじゃない」
「私、遥ちゃんが食べ終わるまで気が付かなかったの。1人分ずつの器だったから」
「うん、それで? 怒られたの?」
「まさか」
「でしょうね」
そんなことで怒る桐谷遥なんて1ミリも想像出来ない。
「遥ちゃん、いつも私がどんな失敗しても、大丈夫だよ、って言ってくれるの。今回だって、私が注文間違えたのに、ネット苦手なのに注文してくれてありがとう、って」
はぁ、と雫はため息をついた。
……怒ってくれたらいいのに」
「それで怒るようなやつなら別れた方がよくない?」
「私、年上なのよ?」
「あ、そこ、まだ拘ってたんだ」
もうこの年になると、ひとつやふたつの年の差なんて、誤差みたいなもんだと思ってたけど。しかしさっきから人の話を聞いていないな。
「あの番犬を怒らせるいい方法教えてあげるわ」
「え?」
「浮気したらいいのよ」
……それ、全然いい方法じゃないわ」
本気で拗ねたような顔に笑ってしまった。
「さっさと仲直りしなさいよ。雫は年上なんでしょ」
「そうだけど」
「くだらないことで拗ねてごめんなさい、って言うだけよ。怒らせるより簡単じゃない」
……そうよね……
またため息をついて、雫は突っ伏した。
「あ、ここ、アンタの奢りよね。追加でなんか頼むわ」
「どうぞ〜」
このまま寝ちゃうかもしれないな。やれやれと思いながら、愛莉にメールを打つ。桐谷遥を迎えに寄越して、と、店のURL付きで送った。毎回、愛莉経由で呼び出すのも如何なものかと思うけれど、桐谷遥の連絡先を聞くつもりはない。別に友達でもなんでもないんだし。まぁ30分もしたら車で飛んでくるだろう。
案の定、寝息が聞こえ始めた。迎えが来るまで寝かせておこう、と思っていたら、スマホが鳴った。私のじゃないから、雫のだろう。雫が気怠そうに顔をあげて、鞄からスマホを取り出した。画面を見て、そのままテーブルの上に置いてまた突っ伏した。
「ちょっと」
「やだ、出ない」
「駄々っ子か」
画面には「桐谷遥」の文字。しばらくして着信音は切れたすぐ後に、雫は起き上がってスマホを手にした。不在着信の表示を眉間に皺を寄せて見つめていた。
……もしかしてアンタが怒ってるわけ?」
お寿司の出前のこと以外に何かあったんだろうか。
……怒ってるっていうか、呆れてるっていうか……
はぁ、と雫はまたため息をついた。
……どうして私ってこうなのかしら……
眉を八の字にして、雫は少し遠くを見る。なんだ、と思った。雫が呆れている相手はどうやら自分自身らしい。
「もういいから寝てなさいよ。適当に起こすから」
「ん……
テーブルに突っ伏した雫の頭をポンポンと軽く叩く。ちゃんと番犬が到着したら起こしてあげるから。
テーブルの上にほったらかされたままのスマホが一度鳴って光る。今度はメールだ。
『さっきはごめん すぐ迎えに行くから待ってて』
メールの送り主はもちろん桐谷遥だ。どれだけ甘やかしているんだろう。いっそ思い切り甘えちゃえばいいのに、と思わなくもないけど、それはそれで雫の世話焼きな性分に合わないんだろう。
……なんにしてもアンタは幸せ者よね」
鼻で笑って、雫がオーダーした日本酒を一口飲んだ。
……キッツ」
この酒豪め。酔ってしまったら、ついでに車で送ってもらおう。そうしよう、とひとり頷きながらもう一口飲んだ。