のたり
2023-02-24 23:13:31
1237文字
Public hrsz
 

はる→←しず


外は風が冷たくて、屋上に出る扉の前で、ふたりで座って並んでいた。この間撮った動画を見ながら、振り付けの見え方の確認をしたりちゃんと踊れているかチェックをしたり。
窓から差し込む光に浮かび上がるような雫の横顔がとても綺麗だった。
……キスしてもいいかな?」
唐突にそんなことを言い出してしまったけれど、言わなきゃいきなりキスしてしまいそうだったから。
きょとんとした後に雫は私の方に身体を向けて、ふわりと微笑んだ。そして、
「私から? 遥ちゃんから?」
と言った。そんなふうに返されると思っていなくて正直少し戸惑った。
……えっと、じゃあ私から……
「わかったわ」
雫は頷いて、軽く姿勢を正してから、目を閉じた。動じない雫に一瞬何か別のことと勘違いでもしてるのかなとか思ったけれど、さすがにここまでくるとちゃんとわかっているんだろうとも思った。
緊張しながら雫の頬に手を伸ばす。すべすべの肌。睫毛は長くて、伏せた目にかかる前髪が光に透けてキラキラしてる。
……遥ちゃん?」
目を閉じたまま少し不安そうに名を呼ばれて、ビクッとした。
「ご、ごめん、雫」
見惚れている場合じゃなかった。雫の気が変わらないうちに。気を取り直して、いつのまにか猫背になっていた姿勢を一度正した。
ドキドキしながら顔を近付けて、それからそっと唇を重ねた。雫の薄い唇は、想像よりずっと柔らかかった。
とても長く感じたけれど、実際は短い時間だったと思う。唇を離した後、雫はゆっくり目を開けた。そして少し照れ臭そうに微笑んだ。
雫が何か言おうとした時、階段下から足音と話し声が聞こえた。それに気付いて、雫は少し慌てたように私の腕から手を離した。
「あ、ふたりとももう来てたのね」
階段を上ってきたのは愛莉とみのりだった。
いつも通りに練習は始まった。雫も私も普段通りに振る舞う。少なくともそう心掛けた。
唇に雫の感触が残る。ただ触れただけなのに。明日には消えてしまうかもしれない。けれど、ずっと忘れたくない。

***

「私からもしていい?」と言いかけた時、聞き慣れた足音と声がした。慌てて遥ちゃんの腕から手を離す。
「あ、ふたりとももう来てたのね」
階段を上ってきた愛莉ちゃんとみのりちゃんに、遥ちゃんは普段通りに話す。ついさっきキスしたことなんて、もう忘れてしまったかのように。
遥ちゃんがどうしてそんなことを言い出したのかわからない。
そういうことに興味がある年頃だと言えばそうなのかもしれない。たまたま私が都合の良い相手だったのか、それとも誰かの代わりや練習台だったのか。でも遥ちゃんだもの。いつもしっかりしてて、ストイックなくらい真面目な人だから、気軽な遊び感覚でそんなことを言い出すとは思えない。ちゃんと真面目に考えて、その相手に私を選んでくれたのだとしたら、少しくらい期待してもいいのかもしれない。
ーーだめね。
心の中でそう呟いて苦笑する。これ以上好きにならないって決めたの。