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残りの夜が来た
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ファ。
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【深夜】最強のラーメンを作ろう!【40代】
2025.2.15 MT. C△MP SITE-VALENTINE’S PARTY- の展示でした
聡実が目を覚ましたのは隣のでっかい体温がいつのまにか消えていたからではなく、夢の中でラーメンを食べ損ねたからだった。いやにリアルな夢で、鍋に水を入れる音からガスレンジがカチカチいう音、湯が湧き始めて泡がぼこぼこいう音まで完全再現されていた。冷蔵庫の中から何を選んでトッピングしようか考えながら袋ラーメンの袋を開けた聡実は麺の塊を取り出して湯の中に放りこみ、袋に残った細かい麺をぼりぼり食べるために手のひらに落とし、同時に冷蔵庫の側面が定位置の年季の入ったタイマーを一生懸命探しながら頭の片隅で、あ、ここ実家とちゃうわ。スマホスマホ、スマホがないと時間がわか「れへん
……
」
ぼんやりと手のひらを見る。
麺のカスはそこにはなく、麺のカス布団に落としましたと報告しようとした狂児も隣にいない。聡実はむくりと起き上がった。ベランダの窓はぴっちりと閉められていたがカーテンが少し空いていて、その先にでかい人影がぼんやり浮かび上がっている。
寝巻きのスウェットのうえに掛け布団を被ったまま窓を開ける。タバコの煙と共に猛烈な冷気がすうっと室内に流れ込んできて、聡実はぶるりと身震いをした。「うわ」と声を上げた狂児もスウェット一枚のくせに、「寒くないん」などと聡実に問うてくる。
「寒い」
「せやろなあ。中におり」
「狂児さんは寒くないんですか」
「寒い」
言いながらも、狂児はまだ半分くらい残っていたタバコを携帯灰皿に突っ込んで火を消した。ベランダ用サンダルの左足がなかなか離れないのか足首を振って振り落とし、ようやく部屋の内部に帰還する。う〜さぶさぶ。聡実くん、布団戻ろ
……
掛け布団ごと聡実を引き寄せようとする腕に踏ん張って抵抗しながら「狂児さん」と呼びかけると、こちらの声色から察するものがあったのか、もうすでに反論を試みるかのように「何?」と太い片眉が上がった。
「ラーメン食べ損ねてん、僕」
「いつ?」
「さっき夢で。たぶん具とかめっちゃ豪華やったと思う。実家におったし」
「残念やったなあ」
「狂児さん、袋麺茹でるとき、細かい麺のカスどうしてますか。かたまりからはぐれてるやつ」
「麺のカス?えー、一緒に茹でるかな」
「僕も今まで一緒に茹でてたんですけど、スープ全部飲まん限り食われへんやないですか、あの細かいの。いや、スープ全部飲みますけど。でも最近全部飲んだらあかんのちゃうって思い始めて」
「大人やん」
「やから僕、画期的な解決策見つけてん。細かいのは茹でながら食べればええんやって」
「天才や。ほんで聡実くんはなんで今ダウン着るん」
画期的解決策の共有と同時にすっかり外出できる支度を整えた聡実は、カーテンレールに手を伸ばし、そこにつるしてある狂児のコートをハンガーごと差し出した。
「狂児さんもいくやろ、コンビニ」
「うーん、今?2時やけど」
「今です」
「ほんまに言うとる?」
「ほんまに言うとる」
「ラーメンなかったっけ」
「一個しかない」
「俺はええよ。聡実くん食べ」
「具もないんで
……
」
「具なくても美味ない?」
「具があったらもっと美味いんちゃいますか」
「それはそう」やけどもー
……
ぼやきながらも立ち上がる狂児にコートを被せ、聡実は昨日どこかに放ったマフラーを探した。
最強のラーメンを作ろう!
コンビニで買い込んだ具を電子レンジの上に置いてまずは鍋を火にかける。湯が沸くまでの間に狂児が語り始めたのは、昔の学校では土曜日に半日授業があったということだった。
聡実の方はそういう時代もあったと『大人』から聞いたことがあるというくらいだ。その後一体どんな昔話が始まるのか想像がつかず、袋麺を開けるガサガサ音の間の言葉を聞き漏らすまいと耳をピンと立てたのだが、続く言葉は「やから土曜の昼飯はラーメンやねん。じいちゃんが作れるから」で、それならこちらにもなんとなく『わかる』話だ。岡家の場合は祖父ではなく作るのは正実、土曜の昼飯ではなく両親とも仕事になりがちな春休みだったが、聡実もきっと似たようなラーメンを食べたことがあり、そして聡実はそのラーメンが大好きだった。
そう言うと狂児も「俺も」とちょっと笑う。
「それを新喜劇見ながら食うねん。別に普通のラーメンやねんけどな。外行く方が多かったし。
……
あ、沸いた」
二人分の麺は小さな雪平鍋にギリギリ納まった。塊を投入し終えた袋の中をあらためると、ほんの少しではあるが細かい麺が散らばっているのが見える。
「狂児さん、手出してください」
「え?はい」
差し出された大きな手のひらに袋の中身を全部あけてからスマホのタイマーをセットする。鍋を見守りつつ、皿代わりの手のひらから小さい麺のカスを一本だけつまみ上げて食べていると、三回目に伸ばした指が狂児のそれとぶつかった。見上げると彼も聡実と同じように小さいかけらを口に運んでいる。でかい男が寝癖をつけたまま子供みたいな動きをしているのが面白く、また聡実の画期的解決策に対しての反応も確認したく、それを興味深く観察していると、狂児はしたり顔で頷いた。「天才やな聡実くんは」
「やろ」
「けどあれやな、昔より全然少ないな、麺のカス」
「技術の発達ですね」
麺が茹で上がる前に狂児の手は自由になった。手のひらをぺろりと舐める分厚い舌をぼんやり見ていると「舐める?」
「なんでやねん」
「めっちゃこっち見とるから。そんなに腹減ってんのか思て」
「いらん」
「
……
昔こないして砂糖舐めたよなあ」
「
……
僕はのりたまやった」
携帯が鐘を鳴らした。
火を止めて粉末スープの小さな袋を二人してペッペと振り鍋に落とす。鍋の中身をかき混ぜる狂児が「麺全然ほぐれてへん」とぼやく。それはそうだ。調理を放棄してつまみ食いしていたのだから。
聡実はこのうちにあるたった一つのどんぶりを出して、目分量で麺を半分移しスープをかけた。こちらの方が冷めやすかろうとどんぶりの方を狂児に渡す。残りは聡実が鍋から食べる。左手に鍋、右手に具の入った袋を携えて狂児を追いかける。
太陽の気配すらない四畳半を安い蛍光灯が必死で照らしている。その中央でもうもうと湯気をあげるラーメンを前に、狂児のメガネが盛大に曇っている。
本題のトッピングの前に、聡実の腹が本格的に空腹を訴える音を立てた。
「聡実くん、たりひんのとちゃう」
「大丈夫です。それより先にちょっと食べていいですか、伸びるから」
もちろん聡実のメガネも曇っているのだが、狂児がふっと笑ったのはぼんやりした視界の中でもわかった。
「ええよぉ、そら」
いただきますもそこそこに麺を吸い込む。
聡実だけでなく狂児もしばし無言で麺をすすった。
狂児はこの『麺をすする』という行為が異様にうまく、俯いていても『ものすごく美味そうにラーメンを食っている』という音がした。ずるずる音の間に挟まれるはあっという吐息がまた美味そうで、すっかり気分を盛り上げられてしまった聡実が吸い込んだ麺の量は『ちょっと』をだいぶ上回っていた。
初期衝動がやっとおさまり顔をあげると、狂児ももぐもぐしながらこちらを眺めていて、楽しげな視線が聡実のそれとパチンとぶつかる。「何?」と聞くと、「やっぱたりひんのとちゃう」
指し示された鍋の中身はすでに三分の一を切っていた。買ってきたチャーシューやら卵やらを受け止めるにはいささか心許ない量である。
「狂児さんがそんな美味そうに食うからや」
「聡実くんの食べっぷりにあてられまして」
聡実は少し考えた。本当にほんの少しだったが。
「もう一杯作ります?」
狂児は今度は声に出して笑った。「もうその気やん」
「僕はそうですけど。狂児さんは?」
箸を止めたまま返事を促す。彼の返答次第でここに大量の具を投入してしまうのか、それともまずはこれを食べ切ってから、夢ラーメンを改めて作成するのかが決まるからだ。
狂児は眉をあげ、彼のどんぶりと聡実の鍋を交互に眺め、最後に聡実に視線を戻す。
それから何かに納得したような顔で頷いた。
「ほんなら俺も食べようかな」
頷く狂児を見て、聡実も納得して頷いた。
「ほんならまずこれ食べてまお」
器を空けて再び台所に立つ。洗わんでええかな、ええやろ、と一瞬で合意を取り、さっきの鍋に水を入れて沸騰を待ちながら、聡実は、正実と食べたラーメンと春休みの団地のことを思い出していた。ふつふつ泡立つ鍋が音を立てはじめたのと同時に意識を取り戻し、ふと隣を見上げると、狂児もどこか遠くを見ている。
その横顔にどこかふわふわした気持ちになりながら、湯の中に麺を放り込んだ。今度は袋を逆さにしてカスごと投入した聡実を見て、狂児が「つまみ食いせんの」と尋ねてくる。聡実は頷いた。「今度はええねん。画期的な具があるから」
「何買ったっけ?チャーシューと卵と」
「あとおにぎり」
「おにぎり
……
」
アラームを設定しながら、鍋を菜箸でぐるぐるかき回す狂児に向かって解説する。
「僕、ラーメンに入ってる海苔好きやねんけど、海苔だけ買うても使わへんやん。やからさっき思いついたんです。おにぎりの海苔剥がして入れたらええねん」
画期的解決策その2に、狂児はほーんと相槌を打った。「ほんでおにぎり本体はラーメンライスになるんやな」
「そうです」
「天才やな」
「やろ」
「あと、めっちゃ食うな聡実くん。わかっとったけど。めっちゃ食うな」
「狂児さんのもありますよ。おにぎり」
「ありがとう
……
」
聡実は携帯のディスプレイに目を落とした。あと二分くらいで夢のラーメンが出来上がる。狂児が盛大に麺をすする音を思い出すと、腹がまたぎゅうと鳴った。
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