シノハラ
2025-02-11 17:00:57
4921文字
Public アルカヴェ
 

Q&Aを二粒

自分の誕生日に欲しいものがある後輩の付き合えてないアルカヴェ

「君の誕生日なんだが」
「キョフテがいい」
「はいはい、胡椒多めだよな! 分かったよ」
 なんだか小難しそうな顔をしているカーヴェに肉団子をリクエストしたが、どうやら彼の望んだ答えではなかったらしい。子供をあしらうように告げられたものの味付けについて言及しているので、どうやら彼が一から作ってくれるようだった。
 せっかく作るのであれば、どちらも気に入る味が良いと初めての料理を出してくるとカーヴェは必ずアルハイゼンに感想を求める。彼が出してくる物に不満を抱いたことはほとんどなかったが、感想を絞り出しているうちにさして自分でも意識していなかったアルハイゼンの食の好みもはっきりしてきたように思う。次に出された料理はいずれもアルハイゼンの意見が反映された味付けに変わっていて、その事実だけで嬉しくなったのを覚えている。
「良いお酒も用意する。それで飲み食いした後はこの前僕に寄越してきた論文について話すんだろ? それももう分かってる」
 好みの味付けの料理と美味しいお酒。それから二人とも事前にじっくり読み込んだ論文を使っての議論。彼と過ごす誕生日の夜にこれ以上はないと思っているのだけれど、カーヴェはまだ足りないと言いたいらしい。
「僕が訊きたいのはそこじゃなくてさ。ほら、置物は最初にやっただろ? 仕事に使えそうな万年筆もやった。ジョギングで使う靴は自分で選びたいだろうし、財布はまだ買い換える時期でもないはずだ……とか考えてるうちに何をやったら良いかそろそろ分からなくなってきたんだ」
 指折りながら候補を一つ一つ棄却して、カーヴェはどんどん眉間の皺を深めていく。カーヴェからもらえるプレゼントはアルハイゼンからすれば重大事ではあるものの、一方で些末に思える部分を彼は気にしているらしい。
「プレゼントは気持ちだろう。使う使わないは然程重要とは思わないよ。だから、君が渡したい物を選べば良い」
「随分と君らしくない物言いだが一理ある。だが、物は使ってこそだろう。時間をかけて選んだ物が部屋の棚の奥に仕舞い込まれるんじゃ甲斐がない」
 クライアントの趣味に沿いながらも、無駄な機能性を持たせない点をカーヴェは家の図面を引く上で重視している。それはけち臭いなんて話ではなく、使用者が求めた住宅のポテンシャルを容易かつ最大限に引き出せることを意味しているらしい。腕を組んで不満を表明してくるカーヴェが作る住宅のデザインを思い起こさせる物言いに、アルハイゼンはこれと言って反論をするつもりにはならない。
「つまり俺が君の贈り物を有効活用するためにもリクエストが必要だと」
「ああ。いつも身につけているボディバックの具合はどうだ? そうじゃなくてもそろそろ買い換えを検討している物があれば教えてほしい」
 彼が例示したボディバックはまだくたびれていなかったため他の候補を思い浮かべようとしたところ、思考に良からぬ案が混ざり込んできた。一瞬流れを断ち切ってそれを他所に散らしてから、アルハイゼンは再度候補を選定しようとする。
「今何か思いつかなかったか?」
「いいや」
「こら、分かりやすい嘘を吐くなよ」
 アルハイゼンの何を見てそう評価したのかは分からなかったが、カーヴェはアルハイゼンが欲しい物を思いついたと判断したらしい。確信を持った物言いに適当に上着でも欲しがっておこうかと考えて、それではカーヴェは納得しないだろうと思い直す。
 カーヴェはアルハイゼンが応えるのを少し躊躇った何かがあると思っているのだ。であれば、相応に躊躇いが生じる物でなければならないだろう。
 入手が難しい本を無難に上げようとして、アルハイゼンは再び口を噤んだ。無理難題だから言わなかったのだと主張すれば一応筋は通っただろう。本が手に入るかどうかはともかくとして、カーヴェだって納得してくれたかもしれない。
 けれど。
……君が言わせたのだから、よくよく経緯を覚えておくと良い」
「何だよ、急に怖がらせようとするじゃないか」
 やや身構えた雰囲気もあったが、まだ彼がしっかりと警戒していないのは明らかだった。どちらかと言うと珍しく歯切れの悪い相手をからかう調子が多分に含まれているのが分かる。
「これからの問いの答えを俺が帰ってくるまでに用意してくれればいい。それを君からの贈り物として受け取ろう」
「帰ってくるまでに?」
 アルハイゼンの発言を受けて、首を傾げてしまったカーヴェの反応も当然だった。カーヴェからすれば夜はまだこれからなのかもしれないが、アルハイゼンにとってはそろそろ就寝の準備を始める頃なのである。そんな輩がこんな時間からどこかに出かけるはずもない。
「急な出張が入った。明日の早朝、君が普段起きるよりも早くに発って、俺の誕生日の当日に戻る。夕食は家で食べるつもりだから頭数に入れておいてくれ」
「珍しいどころの話じゃない。明日雪でも降らないといいな?」
「そうだな。君からすれば珍しくもない事だろうが」
 アルハイゼンの首を縦に振らせようとやってきた初老に近い賢者の顔を思い出しながら、アルハイゼンは苦々しく口にした。カーヴェにとっては仕事の資料のために隣国にまで足を運ぶなんて日常茶飯事であるわけだが、アルハイゼンからすれば何年かに一度もないくらいの出来事である。面倒にも程がある。
 幸いと言うべきかとんぼ返りのスケジュールにはなっていなかったので、本屋であれこれと買い漁ろうとは思っている。こんな理由がなくともそうしただろうが、己の誕生日をネタにして予算の糸目は付けない方向で考えていた。
「へそを曲げてる君を見るのも珍しい」
 良いものを見たと言わんばかりにほとんど喉を震わせずに空気を擦るだけでくすくすと笑われて、拗ねた気持ちが更に膨らみそうになった。喧しいと視線で主張したものの、カーヴェは唇の端まで持ち上げる始末である。
「それで? 僕はどんな難問に答えればいいんだ?」
 何日もかけさせるつもりなのだから相当なのだろう、と微かに挑発の意図も含まれていそうな好奇心がカーヴェから向けられる。彼の指摘の通り、カーヴェにとっては結構な難問だとアルハイゼンも思ってはいた。だからこそ、一度は口を噤んでやったというのに。
「人間関係において、君が俺をどう定義しているか」
「は?」
「以上だ。俺も答えを用意しておく。おやすみ」
……おやすみ」
 ぴしりと音を立てて固まったカーヴェを見ながら立ち上がり、アルハイゼンは就寝の挨拶をする。はく、とカーヴェの唇が意味もなく戦慄くのを見たのを最後に、踵を返してアルハイゼンは私室に戻った。
 その背中へ律儀に与えられた挨拶を思い出しながら軽いストレッチをして、いつも通りの時間に眠りに就いて夜明け前に目覚める。普段であればエネルギー源を少々口に入れてから準備運動をしてジョギングに出るのだが、出発時間を考えると軽い筋トレくらいに留めるしかない。
 軽く体を温めてから普段はカーヴェが用意してくれる朝食を自分で用意しようと思ったら、作り置きが分かりやすい場所に置いてあったのでありがたく頂戴する事にした。代わりに移動中に食べるつもりのピタを作って、彼の昼食としても置いていく。
 夜が明けて天井のステンドグラスから明かりが差し込んでいるから、照明を落としても居間は朝の密やかな静けさを纏いながらも暗がりには戻らなかった。一人で暮らしていた頃を思い出してしまったが、アルハイゼンが家を空けてしばらくすれば寝ぼけ眼のカーヴェが部屋から出て来てくれるはずである。
「行ってくる」
 であれば何も言わずに出るのは非礼に当たるだろうと、アルハイゼンはいつの間にか習慣になっていた挨拶を自分達の家に投げかけた。それが数日前の出来事である。
 まだ日の落ちるのが早い時期のせいで、帰路は既に日が落ちかかっていた。シティの中心地には戻ってこられているので、あちこちで街灯が灯り始めている。外にいればまだ街灯の恩恵は感じないが、建物の内側ではもう明かりがないと見通しが悪くなっているらしい。
 普段の仕事帰りとは異なる経路で家に戻りながら、アルハイゼンは初めて自分の家にカーヴェを連れ帰った日の事を思い返していた。あの夜の時点ではカーヴェはおろか、アルハイゼンにもこの関係がどこに行き着くかなんてこれっぽっちも分かっていなかったのだ。
 次の報酬が手に入って早々、彼が家を出る可能性も大いにあるとは考えていた。それでもアルハイゼンが望んでしまったように、しばらく腰を落ち着けてくれるかもしれないと微かな予感を捨てられないままアルハイゼンは最初の数週間を過ごしていたのだ。
 その淡い期待に応えるように、カーヴェは今年の誕生日プレゼントを選ぶのに難儀するくらいの期間アルハイゼンの傍にいてくれた。そう表現してしまうと、些か誇張になってしまうかもしれない。
 彼の日頃から他人へ自身の労力や金銭を割く行為に躊躇いがない点が、誤認の主立った原因といえるだろう。その対象にアルハイゼンも含んでいるせいで、何でもない日に気が向いたからとアルハイゼンのヘッドホンの遮音効果の強化に付き合ってくれたり、立て付けの悪くなった家のドアの修理をしてくれたりするのだ。その上、一人暮らしでないのを良いことに、見目の良い揃いの食器を買ってきてはアルハイゼンにも当然のように使わせる始末だ。
 そんな事をしていれば、特別な日に贈るプレゼントの候補なんてすぐなくなって当然だろう。今上げただけでも、彼は自らの手で三年分のストックを何でもない日に使ってしまったのだ。
 おそらく施しとすら彼は考えられていないのだろう。そんなのだから、彼は貯金が苦手なのだとアルハイゼンも常々感じている。
 けれど、そうやって当然のように彼が与えてくる一つ一つが嬉しいとアルハイゼンは思ってしまうのだ。彼からすれば単なる気まぐれだろう善意の無駄遣いを与えられながら、こんな日がいつまでも続けばと祈るような心地になる。
 彼は今、仕方なしにあの家に暮らしていると思っているのだろう。もちろん借金を返済する義務を考えれば、部屋の一室分と共有部分の折半で済む上に家事である程度家賃が相殺できている環境は魅力的であるはずだ。
 立地は首都の中心地であり、クライアントとの打ち合わせのセッティングもやりやすい。その上近隣住宅も少なく夜中になれば人気もなくなるために、若干一名を犠牲にすれば物音を気にせずに済むときた。今と同等の条件で家を探そうとすれば、今の支払いの何倍を求められるか分かった物ではない。
 彼があそこに暮らし続ける理由はそれだけで十分と言えるだろう。それでも、そこにあえてもう一つ理由を足してほしいとアルハイゼンは願っている。それがどんな形であったとしても構いはしない。
 彼の答えの想定と、それに合わせた返答は既に用意してきていた。たとえばただの同居人。たとえば幾分か物理的に距離が近すぎる友人。もしかしたら家族めいた相手。万が一にも好きな人。そういう誰かとの生活を悪いものではないと、アルハイゼンはカーヴェに自覚してほしかった。
 アルハイゼンとカーヴェの関係性については好きなものを彼が選べば良いと思う。もちろんアルハイゼンの希望はあるが、カーヴェの選択に口出しをするつもりは毛頭ない。
 それがたとえ、アルハイゼンが望まぬものだったとしても。そうは思っていながらも、自宅の明かりが遠くから見えた瞬間には安堵してしまったのは否定できない。
 本当は自然に出てくるものを待つべき気持ちを無理に聞き出そうとしてしまっているのだから、この数日で逃げ出されてしまっているリスクを負って然るべきではあったのだ。だから、この日が待ち遠しくありながらもアルハイゼンはほんの少し恐ろしく思ってもいた。
 カーヴェは一体どんな顔をして、アルハイゼンを待っているのだろう。そして彼から紡がれる答えがアルハイゼンが望んだ形と少しでも似通っていればとばかり願っている。