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RINGO
2025-02-11 15:23:17
5337文字
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境界の灯
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境界の灯3
身内に試しに見せたらクソでか感情持ち人外だと言われました。そうです(そうです)
鳥のさえずりが聞こえる。
エリオットは重たい瞼を開けた。
明るい天井を見て、朝だという事がぼんやりとした意識の中でも分かる。
彼はのろのろと頭を掻きながらベッドから身を起こした。
「んっ
……
」
今日は引っ越しの予備日で休みだったはずだ。完全には覚めていない体を引きずるようにして備え付けの簡易な洗面所へ向かった。蛇口を捻り気持ちの良い温度の水で顔を洗えば眠気も幾分かマシになった。タオルで顔を拭いて鏡を見る。
(
……
そういえば、昨日フィオナと話をしてから片づけをして
――
…
そこからの記憶がない)
久しぶりに会う幼馴染に対してあまり良い対応ができなかったと、エリオットも感じていた。
会うのは数年ぶりだし、特に引っ越してからやり取りもしていなかった。それなのに今回の頼みをきいてくれた彼女には頭が上がらない。
そんな負い目を少し感じながら、いきなり以前のような口調で話すのも失礼かもしれないと無難な敬語で話してしまった。
……
それ以上に彼女は少女から女性になり綺麗になっていたというのが最大の理由だが。
(僕があんな態度だったからか、フィオナもあの後硬い表情だった
……
)
自分の不甲斐なさに、はぁー
…
と顔にタオルを押し付けながら大きくため息を吐く。
気を取り直して、服を着替えて身支度を整える。
(ご飯は
……
一階の食堂だったかな)
そう思いながら、洗面所から一歩踏み出そうとした瞬間、不意に足が止まった。
鏡に映る自分の姿を見つめたエリオットは、寝癖が右側に跳ねていることに気づいた。
(あ
……
寝癖が)
自然と右手が動き、髪をそっと手櫛で整える。
「
……
あれ?」
手が髪を整えている様子を、どこか他人事のように感じながら、エリオットは首を傾げた。
しばらく鏡に映る姿を見守っていると、寝癖は綺麗に治り、手は自然と動きが止まった。
(自分が考えより先に
……
体が動いていた?)
止まった手を目の前で、動かす。
先ほどの動きと違い、自分が動かしている。という感覚があった。
まるで自分の腕が勝手に動いたような、妙な違和感が脳裏を過ったが、エリオットはまだ寝ぼけているのだろうと自分を納得させて、考える事をやめた。
(
……
食堂に行って、彼女に挨拶をしたら昨日の態度を謝ろう。それで叶うのならば、以前のように話せたら
……
)
エリオットは頭の中で何度か、シミュレーションをする。
「
……
よし、行こう」
ようやく納得のいく結果になったのか、彼は覚悟を決めて自室を後にした。
主に宿泊客が使う朝の食堂は静かで、窓から差し込む柔らかい朝日がテーブルを照らしていた。
「おはようエリオット、昨日はお疲れ様。ご飯できてるよ」
エプロン姿のフィオナがこちらを向き、微笑みながら声をかける。
その声に反応するより早く、エリオットの視線は彼女の姿をとらえて言葉が詰まった。
部屋で何度もしていたシミュレーションも吹き飛んでしまった。
(自然に
……
自然に
……
)
頭の中で自分に言い聞かせながら、エリオットは口を開く。
「
……
おはよう、フィオナ。その、昨日は固い態度でごめん。緊張、してしまって」
(こんな年齢にもなって
……
。)
エリオットは恥ずかしさと申し訳なさで、視線を下げて首元に手を掛けた。
その言葉に、フィオナは小さく肩をすくめた。
嫌われていた訳ではないことを知って、胸をなでおろした。
「ううん、私もエリオットが立派になっていて緊張してたから。
……
嫌われてなくて安心した」
フィオナはふっと笑みを浮かべて、安心したように彼を見つめた。
その笑顔にエリオットは思わず目を奪われる。
「嫌いに
……
嫌いになるわけないよ。これからよろしく、フィオナ」
エリオットは少しぎこちない笑顔で、手を差し伸べる。
クスリと笑い、フィオナは差し出された手を優しく握る。
「うん、よろしくね。エリオット」
二人は笑い合い、かつての穏やかな空気に戻りつつあった。
朝食を終えたエリオットは、再び自室へと戻った。
扉を閉めると、静まり返った部屋のベッドに安堵の息を漏らしながら腰を下ろす。
(誤解が解けて良かった
……
ちゃんと伝えられてよかった)
ほっと肩の力が抜けて、無意識に髪に手が触れる。
ふと、エリオットは朝の出来事を思い出してため息をついた。
(朝が弱いからって、自分の考えている事と体の動きが合わないだなんて
……
ぼけてるんだろうな
……
)
「しっかりしないと。」
明日からはこの地域の駐在所での勤務が始まる。久しぶりの故郷での生活に加えて、新しい環境に緊張がないと言えば噓になるが、それ以上にフィオナがいるこの場所に戻れて、関われることが嬉しく、気を引き締めようという思いが強くなる。エリオットは、自分に言い聞かせるように口に出す。
彼は、気合を入れる様に立ち上がり、昨日できなかった引っ越しの荷物を片付けようと箱を開き始めた。
荷物の片づけを終えたエリオットは、部屋に足りないものを補充するために宿屋近くの個人商店へ向かうことにした。
彼の荷物は元々少なかったため、片付け自体は短時間で済んだのだが、久しぶりの故郷に、どうせなら懐かしい場所を歩き回りたいと買い出しに出掛けることにしたのだ。
歩くたびに目に映る懐かしい光景に、フィオナと過ごした記憶を次々に思い出して心が弾んだ。
しかし、それとは裏腹にいくつもの店が閉まっているのを見て、彼は驚きを隠せなかった。
(
……
あそこのパン屋さんも閉まってる。そういえば昔、フィオナとパンを半分こにして食べたっけ)
記憶の中の光景がよみがえり、足が止まる。思い出の中より大分色褪せた建物が、自分のいなかった時間を嫌でも感じさせる。
できるのならば、ずっとここにいたかった。今更そんな気持ちが沸いてしまう。
しばらく歩き、目的の商店がまだ営業していることに、エリオットは安堵の息をついた。
(ここは変わっていないんだな
……
良かった)
必要なものを買い揃え、袋を片手に宿屋へと向かう道すがら、エリオットはつい道草を食ってしまった。かつて遊んだ広場や公園
――
足は自然とそうした場所へ向かい、更に自分の事を覚えている近隣の住民に話しかけられ、気づけばすっかり夕暮れの時間になっていた。
(思ったより遅くなっちゃったな、昼ご飯の事、フィオナに謝らないと)
赤く染まる空を見上げながら、エリオットは少しだけ歩みを速めて宿屋の扉の前に立つ。
荷物を持ち替えながら、ドアノブに手を掛けた瞬間だった。
蠟燭の炎がゆらりと揺れる様に意識が揺らぎ、消えた。
ドアノブの少しひんやりとした感触、肌寒く感じる温度、袋を引っ張る指の重みも、すべて煙のように闇に溶けていく。
「
―――
っあ?!」
不意に浮かんだ闇の中から引き戻される感覚。急に水から上げられたように、呼吸が荒くなり、心臓の鼓動が耳元で響く。
急に掛かる重さに、足が少しだけバランスを崩しかける。気が付くと、エリオットの姿をした何かが、目を見開いた。
「あれ
……
俺は?」
漏れた声は低く響いた。彼は周囲を見渡す。
見慣れた宿屋の扉、手に持っている荷物。そして沈みゆく夕日が長い影を作っていた。
「これは
……
どうして」
相変わらず自分の身体と違う感覚に戸惑いながら、彼
――
モフモフは自分がエリオットの身体の主導権を奪っていることに気が付いた。
昨夜、モフモフはエリオットの体の中で焦燥と困惑の一夜を過ごした。
結局、自分の体は戻らず、エリオットの体からも出られないまま、時間だけが過ぎていった。これには彼も「どうすりゃいいんだ」と頭を抱えた。
しばらく考えた後、少なくとも、すぐに解決できる問題ではないことを悟ったモフモフは大人しくエリオットの体で休むことを決めた。
翌朝、エリオットが自然に目を覚まして彼の意思で動いている様子を視覚と感覚を通じて確認したモフモフは肩に荷が下りた心地だった。
(とにかく、エリオットが体を動かせているのは良かった。だが
――
……
)
エリオットの体から抜け出せていない問題に直面する。
モフモフは慎重にエリオットの体内で何ができるのかを確認し始めた。まず、視覚や聴覚などの感覚は共有されていることが分かった。
そして、完全にエリオットの体を動かせないものの彼の行動に少しだけ介入することができるらしいことも。
例えば、今朝の「寝癖を直す」という行動がそうだった。エリオットが寝ぼけた様子でそのまま部屋から出ようとした瞬間、反射的に手を伸ばして乱れた髪を整えてしまった。
まさか、動かせると思わずモフモフも驚いたが、それよりも先に信じられないという気持ちの方が先だった。
(なんでこいつ、この頭で外に出れるんだ?!)
エリオットの姿が鏡に映った瞬間は良かった。昨夜は驚きのあまり、まともに顔なんて見られなかったから、改めてみれば人間の美醜は良くわからないが、整っているであろう顔立ち
――
…
だったが、自分の見た目には無頓着、顔は洗っていたが眠気の取れないとろとろとした顔はそのままで、寝癖も直し切れていない。
モフモフは、手紙を貰って喜んでいるフィオナの顔を思い出す。
(この髪でフィオナに会うつもりだったのか?
……
信じられない。せめてあいつを失望させるなよ!?)
魔族でありながら、人間の身目を気にする自分もおかしいが、エリオット本人が気にしていないことが一番おかしいと感じる。
その後、モフモフはエリオットの一日を彼の内側から観察し続けた。昨日の事をフィオナに謝罪する場面や買い物の道すがら、近所の人間と会話する彼の様子を見て、少しずつ彼に対する見方が変わってきた。
(悪いやつじゃなさそうだな
……
)
フィオナとの会話で見せた不器用な誠実さや、近所の人々に向ける柔らかな態度。それは、モフモフが関わってきた数少ない人間たちとはどこか違っていた。
(
……
まぁ、ズボラなところは許せないが)
そう考えると、少しだけエリオットに対する警戒心が和らいだが、とはいえ彼の体に宿る原因が分からないままでは、自分の存在が彼にとって迷惑になる可能性は否めない。
(まずはこの状況をどうにかしないと
……
)
モフモフはエリオットの体の中で思案を続けていた。この身体からどうやって抜け出せばいいのか。
――
宿主であるエリオットと視界を共有しながらも頭の片隅で脱出の方法を模索する。突然、視界が一瞬途切れた。
そして次の瞬間、彼はこれまで感じていなかった重みで自分が外に立っていることに気づいた。
「は
……
?」
低い呟きが口から洩れる。その声は紛れもなくエリオットのもので、驚きに目を見開き、周囲を見渡した。自身の右手にはエリオットが買った日用品の入った袋がしっかりと握られている。そして目の前には宿の扉があり、ちょうどドアノブに手を伸ばそうとしていたところだった。
「
……
待て、エリオットはどこだ?!」
混乱しながら意識を内側へ向ける。すると昨日と同じ感覚
――
魂と呼ぶであろう大きな力の塊が体の中に納まっているのを感じ取った。
「
……
そこにいるな」
内心でホッと胸を撫で下ろす。
しかし、同時に状況が全く分からないことに不安を覚えた。ドアのガラスが反射して映す自分の姿は明らかにエリオットで、ドアノブに差し出された左手を恐る恐る動かせば、思ったように動く。モフモフは大きくため息をつきながら、手で顔を覆った。
「
…
くそっ、早くこの状況を何とかしたいってのに」
エリオットに危害が無い事は幸いだった。
しかし、それ以上にこの器は魅力的すぎる。入って視覚共有する程度ならまだしも、動かせてしまえば自分が何をしでかすか恐ろしくてたまらない。
「気が狂いそうだ
……
」モフモフは小さく呟いた。
混乱を抱えたままモフモフは再び意識を内側に集中した。助けを求める様にエリオットに呼びかけようと試みたが、彼の意識は無いようで、寝息を立てるかのように穏やかに、ただその場を漂っていた。
(眠っている
…
?こんな状態で?なにか条件でもあるのか
…
?)
モフモフは頭をひねるが、自分がこの状態になるのは昨夜と合わせても二回だけ。しばらく様子を見るしかないと観念した。
気を取り直して宿の中に入ろうと、ドアノブに手を掛ける。だが、次の瞬間、ドアが勢いよく開き飛び出してきた人物にぶつかってしまった。
「っ
……
!!」
思わず袋を手放し、体が後ろに倒れる。その拍子に相手もバランスを崩し、押し倒されるような形で覆いかぶさった。
「フィオナ?!」
倒れたまま、目の前にいる相手を見てモフモフの声が漏れる。
見上げた先にいたのは間違いなくフィオナだった。彼女は下敷きにしたエリオットを見て、顔を真っ赤にしながら涙目になっていた。
「エリオット
……
!モフモフ見なかった?!」
その言葉に、モフモフは一瞬動揺する。
(
…
俺?)
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