しゃどやま
2025-02-11 15:11:13
3610文字
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【宗戴】起点

アカデミー時代の叢戴が相部屋になる話
(モブにセクハラされる戴天の描写があります)

 ひゅん、と戴天が槍を振る。先端が綿で保護された槍が、刃のように見える鋭さ。金の髪がふわりと空気を含んで揺れた。
 向かいに立つのは、刃を潰した剣を持つ叢雲。細身の体だが、構えが揺れることはない。黒いアカデミーの制服とあいまって、軍人のようにも見えた。
「本家のあなたが相手とはいえ、負けませんよ」
 戴天は柔和な口元を好戦的に持ち上げる。練習試合を申し出たのも戴天だった。従兄弟であり、同じ苗字を持つ二人はよく比較されるライバル関係だ。今も戴天の背後には戴天を支持する取り巻きが、拳を握って見守っている。
 叢雲は息を吐く。長い尾のような黒髪が光った。
……本家云々言うのはやめにしないか。この場で評価されるべきは実力だ」
 親の都合で評価されたくない、と叢雲は常々言っていた。戴天の血が劣っているとも思えないし、血で決まるものでもないと信じている。
 ――そして、本家の血と聞くと頭が微かに痛む。何かを、考えたくない気持ちになった。
 叢雲の取り巻きたちも同意してそうだと声を上げる。一期の生徒たちはおおまかに二分されていた。叢雲派と戴天派に。
 戴天は少し意表を突かれたように眉を持ち上げる。頷き、槍を構え直す。
「そうですね。では、対等に……同じ学年委員として」
 一人の生徒が手を持ち上げて叫ぶ。
「はじめ!」
 先に動いたのは叢雲だった。異種の武器での試合で、相手のほうがリーチが長いとなれば、距離を詰めなければ一方的な戦いになる。横殴りに動いた槍は、戴天の筋力と梃子の力が乗り重たい。肩を殴られながらも懐に飛び込むように走る。
「せいっ!」
 戴天が腰を落とし槍を半回転させる。叢雲を近くに寄せないために短く持ちなおした。
「ふ……っ」
 叢雲は体を屈め、勢いの付けられた槍を躱す。戴天の利き手は右だ。槍の重さに力を取られた瞬間に回り込み剣を突きの形に構える。あと二歩半の間合いまで近づけば、戴天に刃が届く。
 見逃す戴天ではなかった。地面に槍を叩きつけ、反発で柄を叢雲の方へ突き出す。石突が叢雲の剣の先端を下段から絡め取り、勢いを殺した。
「お前たち! 何をやっている!」
 ぴたりと、二人は動きを止める。
 教官の声に生徒たちが短い悲鳴をあげた。訓練中に観客へ回っていた生徒たちは、慌てて練習試合を始める。
「はあ……っ興ざめですね」
 戴天は構えを解き、額に浮かんだ汗を拭う。
「助かったな」
 叢雲は軽口を叩きながら、戴天に向けて拳を突き出す。
「あなたの方こそ」
 笑う戴天は、叢雲の拳に拳を打ち付ける。戴天の汗からは、爽やかな匂いがした。

 相互監視の意味を込めて、アカデミーでは全ての生徒が相部屋になっている。戴天もまた、遠賀という男と同室になっていた。夜も更け、皆が眠りについた頃、遠賀は体を起こす。自分のベッドから出て、もう一つの、戴天のベッドへ近づいた。
「戴天さん……
 遠賀は囁く。戴天は動かない。規則正しい寝息を立てたまま、返事をしない。金の柔らかい髪が枕に押し付けられて少しクセがついていた。遠賀は戴天の寝起きが悪いことを知っている。寝ぼけている時のやりとりを覚えていなかったり、虚空を見つめたまま動かなかったりした朝のことを知っている。
 つまり、寝起きの戴天が無防備であることを知っている。
 手を伸ばす。よく訓練し日に焼けた指先が、戴天の白い首筋に触れた。寝間着に入り込んだ髪の毛を避けた。まだ、言い逃れができる動きだ。
 遠賀は、戴天の首筋に顔を近づける。髪の付け根、うなじに鼻を埋め、すう、と吸い込んだ。
 戴天の体臭がいい香りだと、一部の生徒の間で話題になっていた。同じボディソープを使っているはずなのに、花のような香りがすると。空手で締め上げられた生徒はしばらく夢見心地だった。
「はぁ……!」
 遠賀の鼻腔を、戴天の香りが満たす。石鹸の香りに負けない、奥深い香り。頭皮に近い部分は特に匂いが強く、遠賀の興奮を唆る。果実のような酸味と、蜜のような甘さ。眠っている戴天の体は、香木のようだった。
 戴天の肩に手を置き、仰向けにする。寝間着のシャツのボタンを、震える手で外した。一つ一つボタンを外すごとに、戴天の白い肌があらわになる。引き締まった筋肉の凹凸に、遠賀は体を折り曲げて鼻を寄せる。香りが濃厚になっても、男臭い匂いは一切ない。肌の白さと同じように汚れがなかった。
 胸板を思わず撫でる。少し寝汗をかいていたのか、しっとりと絹のような手触りがした。
 ぴく、と戴天の肌が震える。唇が動いた。
「んぁ……どう……しましたか?」
 眠気には勝てないのか、戴天は目を開けない。ただ脱力した全身を、遠賀に晒している。遠賀は、押し殺した声で答えた。
「もう、我慢できません……
「はぁ……?」
 戴天の肌を撫で回し、臍にふれる。不快なのか、ぴく、ぴくと腹が痙攣する。
「まだ……きがえるじかんでは……
 戴天はいやいやと首を振る。目を閉じたまま嫌がるが、手は持ち上がらない。遠賀は臍を舐めるほど顔を近づけ、戴天の匂いを嗅ぐ。興奮した息が当たると、戴天はくすくすと笑った。
「ふふ、くすぐったい……
 遠賀は、寝間着のズボンに手をかけてずりおろした。同級生としてなんの変哲もない、支給品の下着が見える。遠賀は興奮した手つきで、戴天の太ももに触れる。内腿に、唇をつけた瞬間。
「っ! えっ?」
 戴天は、目を開いた。同室の生徒が、ありえない近さにいることに気付く。同時に服を脱がされている辱めに、手が動いた。
「何をする!」
 遠賀の襟首を戴天が掴む。渾身の力で、投げ飛ばした。

 教官が廊下の電気を全て点ける。同時に警棒を持って現れた。
「なんの音だ!」
「先生! この部屋です!」
 起き出した生徒が、戴天たちの部屋を指差す。優等生の部屋からした大きな音に、皆は疑問を持ちながら戸を開けた。
 そこには、棚にめり込んだ遠賀と、半裸のまま呆然とする戴天が居た。視線に気付いた戴天は、もぞもぞとズボンを上げる。ボタンを止めることには手間取っていた。
「な、何の音ですか」
 廊下の向こうから、叢雲が現れる。大きな音が夜中にしたことに驚き、眠っていられなくなった。そして、戴天の様子を見て眉をひそめる。まだ青い顔で、ボタンをかけられないシャツの前を合わせていた。
「何があった?」
 教官の問いに、戴天は遠賀を指差す。のろのろと口を開いた。
……肌を触られて、匂いを嗅がれて……
「ね、寝ぼけた戴天さんが言ってるだけです!」
「いえ、確かに脱がされて……おそらく……
 戴天の間延びした声と、体を起こした遠賀の必死の形相。教官が腕を組んだ。
 叢雲が手を上げて、教官に意見する。
「俺は……以前に聞いていました。こいつが戴天について下卑た話をするのを」
「叢雲さん!」
 遠賀が驚いた声を上げる。叢雲が組手の途中で給水している時に、遠賀が友人と話していた覚えがある。「抱きしめたらいい香りがした」「もっと寝技をかけたかった」と。それだけで裁くことはできないと放置していたが、こんなことになるとは。叢雲は唇を噛む。
「実は僕も、前風呂場で……
 教官を起こした生徒も言う。戴天の服を盗もうとした話を聞いていた。
「どうやら、話は決まったようだな。これがお前の本能か」
 教官は青ざめた遠賀に言う。本能という言葉が叢雲の耳に残った。
「罰則は後々考えるとして……部屋割りは変えるぞ」
「僕の部屋はどうですか?」
 無邪気に提案した生徒に、教官は首をひねる。そして叢雲を見た。
「いや、叢雲がいいだろう。従兄弟なら間違いの起きようがない」
「わかりました」
 叢雲は頷く。戴天だけが話を理解できずに、ぼんやりと目を擦っていた。

「間違い、か……
 叢雲は枕と着替え、歯ブラシだけを持ち戴天の部屋に入った。間違い、とはつまり、そういうことだろう。集団生活ではよくあることだと知っていても、実感が薄い。
 戴天は流石に目が覚めたのか、叢雲に深々と頭を下げた。
「今日からよろしくおねがいします、叢雲さん」
 ふう、と息を吐く戴天は、またベッドに戻っていく。無防備な後ろ姿に、叢雲は声をかけた。少しからかってやろう、という気持ちだ。
「俺が何かするとは思わないのか?」
 笑いを含んだ声色に、戴天は平然と返す。
「あなたなら構いませんよ」
 受け入れる言葉。絶句した叢雲に、戴天は続ける。
「別に、匂いを嗅がれるぐらい」
 真っ直ぐな瞳だ。無警戒の、信頼の瞳。
 戴天はまだ、自分がなぜ襲われたかわかっていないようだった。
 叢雲は深いため息を吐き、戴天に背を向ける。
……早く寝ろ」
「自分から話しかけておいて……なんですか?」
 戴天は唇を曲げた。