mishiadd
2025-02-11 14:53:29
4850文字
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いおりんちゃんねる[再]

【鵠と月夜展示品】『Twisted.』収録『いおりんちゃんねる』後日談(『いおりんちゃんねる』ネタバレを含みます)
『Twisted.』:https://ecs.toranoana.jp/joshi/ec/item/040031196016

星5サーヴァントとして突如カルデアに単独顕現したビーストクラス『宮本伊織』、のステータス詳細は省略するが、特徴としては次のとおりである:

・クラス相性は対セイバー以外のすべてに有利、唯一セイバーに対してのみ不利。
・宝具はアーツ全体宝具でありビーストらしく対界宝具、空間ごと侵食しすべてを『理解』することで対象の精神を内側から崩壊させる搦め手系の攻撃。
・スキル1、2、は割愛するが3が『真名朗誦』であり、何かと思えば自分の真名ではなく相手の真名を呼ぶことで相手を著しく弱体化させる恐るべきスキルである。なお、これにより本来不利であるセイバークラス相手に極めて強力な特攻が入る。

というなにがなんだかよくわからないなりに周回にはやたらめったらよさそうな使い勝手を携えて、突然カルデアへとやってきたビーストクラスの伊織である。







――で、もう正雪さんとかとは会えたのかな?」

サイズ感を調節してくれているとはいえ獣体の下半身が大きくはみ出してしまうため、食堂の片隅のお誕生日席の椅子をどかしたところにそのまま床の上で四本の脚を折ってしゃがみ込んでもらい――鷲の鉤爪のような指先でなんとかマグカップの取っ手を引っ掛けてもらいながら、ビーストの伊織とふたりで緑茶を飲む。
うん、とこくりと頷いた伊織が、額から生えた二刀のような双角にかかる長い癖毛の前髪を、硬い爪先で払いのけながら言った。

「『とんでもなく恥ずべき事態となってしまい面目ない限りだ』と告げたら、なにやら気まずげに目を逸らしながら『まあ、人にはとんでもないことになることはままあるので……』ともごもご言っていた。――この俺には知る由もないが、正雪殿は何かあったのか? 『貴殿もあまり気に病み過ぎないように』といやにげっそりした顔で言っていたが、本人の方が余程なにかを気に病んでいるように見えた」
「いやー、まあ、アハハハ……

白々しい誤魔化し笑いを浮かべながら伊織から目を逸らし、「……ああそう、」と本題に入る。

「ええと、それで。――タケルとは、もう顔を合わせたよね」
……ああ」

ふ、と今度は伊織が自分から目を逸らす。どこか遠くを見遣るようにしながら、静かな声で言った。

「いいや。――まだだ」
「あれ? でも」

彼が召喚――否、単独顕現してすぐに、騒ぎを聞きつけたタケルとセイバーの伊織が現場に駆けつけてきていた筈だった。
そう言いたげにしているのがこちらの顔を見てわかったのか、ふう、と熱い緑茶で温まった吐息を洩らし、伊織がぽつりと言った。

「あのセイバーの隣には、『俺』がいた。……きっと、あんな卑怯な真似をしなかった、剣士であることを捨てなかった俺だ。――このような、二度と刀を握ることのない両腕を、罰として与えられることのなかった俺だ」

言って、自らの両手を見下ろす。鷲のあしゆびのような、前後に分かれて生えている巨大な鉤爪を伴う四本の指。それを繋ぐ手首とも足首とも言えぬ部位から伸びた腕からまばらに生えている、鴉のように螺鈿らでん色に艶めく黒々とした羽根。―― 一見して禍々しい美しさはあるものの、きっと宮本伊織という人にとってはなんの価値もない両腕だ。――ただ、剣が握れないというそれだけの、たった一義しか持たない、それ。

――であるならば、あれはきっとこの俺よりずっとましな『俺』だ。……ならば、俺はきっと――顔を見せない方がいい。宮本伊織としての出来損ないの俺ならば。あのセイバーの隣にはもう、彼の傍にいられるだけの価値がある『俺』がいる。……そしてそれは、この俺ではない」

「あの俺はセイバークラスなのだろう?」と伊織が尋ねる。頷くと、ふっと安堵したように柔らかく微笑んだ。「そうか、よかった」とぽつりと言った。

「あの俺は、まだ剣を握っている。――よかった」
「あ、うん――そうだね。そうだ」

確かに、あの彼はまだ剣を握っている。――そう、ただ――



握った剣以外のことごとくを、喪失してはいるのだが。



言うべきか、言わざるべきか。そう逡巡する間もなく――よりにもよっての来訪者が、自分たち以外に誰もいない食堂に姿を現した。

「タケル。――伊、織」

もしかしたら、ただ空腹を覚えたので連れだって食堂までやってきただけだったのかもしれなかった。ただそれが、最悪のタイミングだっただけで。
食堂に足を踏みいれて、まずは厨房の方に目を遣っていたタケルが、こちらに気付いて顔を向ける。自分の隣にいるビーストの伊織を目にして――大きな瞳を見開いた。

「イ、オリ」

それで、セイバーの伊織もこちらに気付く。「おや」と軽く眉を跳ね上げた。別段深い感慨もなく、ただ珍しいものを見つけたから――といった様子で、すたすたとこちらに近づいてくる。「あ、おい」と彼を引き留めるように後ろからタケルが慌ててついてきたが、伊織の青緑色の着物の裾に彼の手が届いた頃には、セイバーの伊織はビーストの伊織の目の前に立っていた。
「ほう」と興味深げにビーストの伊織を見下ろして、セイバーの伊織が言った。

「カルデアではままあることだと聞いていたが、こうして実際に自分が当事者になってみると、やはり奇妙な心持ちだな。――クラス違いの自分とは」

引け目を感じるのか、ビーストの伊織が顔を伏せる。「ん?」とセイバーの伊織が不思議そうに首を傾げる中、タケルがビーストの伊織に静かに声を掛けた。

「久しぶりだな、イオリ。――きみが初めてここに来たとき我らはきみに会いに行ったのに、きみはどこかに隠れてしまったろう。あれ以来だ」
「ん……

どう答えたものかと、顔を伏せたままビーストの伊織が更に目を逸らす。「――イオリ、」とタケルが言葉を重ねたとき、セイバーの伊織が言った。

「しかし、クラス――びいすと』、とは。随分大それたものになったものだ。一体どういう経緯を辿れば俺がこうなるのだ? ただの――未熟者の、一介のつまらぬ浪人に過ぎないだろう、俺は」
「ああ、イオリ。こちらのイオリはな、儀の最後で――
「これもあの『盈月の儀』とやらの影響なのか。話に聞けば聞くほど、『儀』においてはこの俺には想像も及ばぬようなことが起こっていたのだな。しかし――『びいすと』とは。この俺にはしかとわからぬが――このような異形に変ずるほどに、かつての俺は余程なにかを強く望んだのだろうか」

後半は殆ど独り言のようだった。ぽつりと零して物思いに耽るセイバーの伊織をタケルが気遣わしげに見遣り――ビーストの伊織が、「……は?」と零した。

「は。――は? 待て。――その『俺』は一体何を言っている?」
「伊織」

ふるり、とビーストの伊織の体が大きく震えたような気がする。あるいはそれは、彼のビーストとしての覇気が、大気を揺らしたのかもしれなかった。
物思いから引き戻されたセイバーの伊織が訝しげにビーストの伊織を見遣り、タケルが「イオリ」と真剣な声で名を呼ぶ。怒りが――食堂の中に、満ちる。

その宮本伊織は一体何を言っている? 俺が、俺達が、すべてをかなぐり捨ててまで一体何を望んだのかわからないとでも言うのか?」
「イオリ」
「まさか――覚えていないのか? まさか――あの月も、あの剣も、この身を焦がして生涯かけて追い求め、そこのセイバーの手を振りほどいてすら追い求めた先のものを」
「伊織」
「まさか。――まさか貴様――

ビーストの伊織が立ち上がる。獣体の下半身はその大きさの何十倍もの重圧をもって、その怒りで大気を震わせた。

貴様は自分が何故刀を握っているのか、知らぬと言うのか」

――沈黙が、落ちる。

やがて、口を開いたのはセイバーの伊織だった。ただ、訊かれたことに答えるだけの――そこに恐れも恥もなにもない、無感動ないらえだった。

「俺が刀を握るのは――師匠の、養父の遺志を継ぐためだ。なによりも、人の道を、正しいことを、を為すためだ。この刀は――所詮はその為の手段に過ぎない。ただの道具だ。それ以上でも以下でもない」



時が、止まった。



そのように思えた。食堂に満ち満ちた、禍々しい怒りが――凍りつく。波打つようだった大気が、ぴたりと――蠢くことを忘れた。

やがて、地響きが聞こえたと思った。――それが、ビーストの――伊織の笑い声であると気付いたのは、初めて目にするような大声を上げて爆笑している彼の姿を目にしたときだった。

「ははははは――あははははは! そうか、そうか貴様――すべて忘れたのか。なんと虫のいい――それはあまりにも虫がよすぎるだろう? さすがは俺といったところか。自らの起源を忘れ、至上命令を忘れ――ああそうか、貴様」

ビーストの伊織がセイバーの伊織を見る。ぴたりと――その鋭い鉤爪で、もうひとりの自分を指さした。

「貴様はそこのセイバーに自分が一体何をしたのか、きれいさっぱりすべて忘れてしまったのか。そうか、そうか」

「前言撤回だ、マスター」とビーストの伊織が言い、両の口の端を吊り上げて三日月のような獣じみた笑みを浮かべた。

その宮本伊織そこのセイバーに相応しくない。そのセイバーの隣は俺のものだ。少なくとも貴様には譲らない。――わかったならそこをどけ、宮本伊織。俺の前に二度と姿を見せるな」
「急に――何を――

もうひとりの自分の突然の剣幕に、ワンテンポ遅れてセイバーの伊織が苛立ちを見せる。かちゃり、と鯉口に手を掛けた彼を見て、ビーストの伊織が鼻で笑った。

「ハッ、俺に剣を向けてみるか? 俺とてビーストとしては出来損ないの欠陥品だが、その腑抜けた刀が届くと貴様に思われるほど舐められる筋合いはないな」
「黙って聞いていればふざけた口を――

一触即発、となりかけたところで、「落ち着け、イオリ!」とタケルが間に割って入る。「ん」とセイバーの伊織が彼を見遣り、ビーストの伊織はといえばタケルの姿を見た途端、しゅるしゅると――場に蔓延していた殺気が嘘のように治まった。
一方、まだ腹の虫がおさまらない様子のセイバーの伊織がタケルに言った。

「セイバー、邪魔をするな。おまえには関係ないだろう」
「私に関係なくなんてな――
貴様はセイバーに一体どんな口を利いているんだ? 宮本伊織」

せっかく治まっていた殺気が再び漏れ出し、ビーストの伊織が低い声で唸る。はいはいはい、と自分が慌てて間に割って入る。

「今日のところはふたりとも一旦退いて。伊織は――えっと、セイバーの伊織は、長屋に帰って。ビーストの伊織は――

その巨体を見て、ふう、と肩を竦める。

ちょっと大きめの長屋か何か用意してもらうから。一旦頭冷やして。――それと、揉めるから、タケルはどっちの部屋にも行かないで。……今日は自分と一緒に作戦会議しよう。今後の身の振り方とか――
「ど、どうしよう」

ぽつり、とタケルが零したのを聞いて、頭痛のする頭を抱えながら、「うん?」と彼を見た。
頬に――昂揚した紅潮の兆しを見せながら、ぐるぐると混乱する瞳で――タケルが、言った。

「イオリが、ふたり。――どちらも私にとってはイオリだ。イオリに間違いない。――ど、どうしよう。私にはどちらかひとりなど選べないし――

かっかと湯気が立つほどに顔を赤くして、すっかり困り果てたタケルが言った。

「わ、私は――どちらのイオリも好きだ。……リツカ、私は一体どうしよう」

「知るか」という、どれだけ言ってやりたかったか知れない言葉をぐっと呑み込んで――彼の肩をぽんと叩きながら、「……じっくり、ゆっくり考えてみよっかあ」とだけ言った。



長い、長い戦いになりそうだった。






いおりんちゃんねる[再]・了