toko-honey
2025-02-14 00:00:00
4948文字
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ドキドキ☆交換日記6【絶体絶命】

レオン×タクミ。交換日記で仲良くなっていくレオタクのお話。1日1話の連載で全7話です。
進軍中にレオンは怪我をします。
Japanese Only
#leokumiweek2025

 軍議室のテーブルにはロウラン城の図面が広げられていた。レオンはその上に目印の小石をいくつか置く。
「もう一度全面的に調査してみるのはどうかな」
 図面は城の宝物庫で発見されたものだった。幾層にも重なった広大な城の全貌が数枚かけて描かれている。古くて線の色が薄くなってはいるが、おおまかな見取り図としては十分だった。何も手掛かりのないまま進むことと比べれば、図面発見の功績は大きかった。
「どこからも上がれないなんてことはないと思うんだ。もしかしたら、壁だと思っているところが実は扉なのかもしれない」
 レオンは地図上の壁のひとつをトントンと叩いた。もちろんその場所に根拠はない。
 ロウラン城の中に攻め込んだものの、上層階への階段なり通路なりが見つからず進軍は止まっていた。部隊をいくつかに分けて階段があると思われる箇所を調査させたのだが、どの部隊からも発見できずとの報告を受けていた。レオンが小石を置いたのは調査済みの箇所だ。調査範囲に壁を含めれば、未調査の場所はまだ多くある。
「ねえ、どう思う」
 レオンは一緒に図面を見下ろしているタクミに声をかけた。さっきから、自分ばかりが発言している。
 軍議は三十分後に始まる予定で、今この部屋にいるのはレオンとタクミだけだった。タクミの意見を聞きたくて、レオンは事前に相談しようと彼を誘ったのだ。
 呼びかけても声は返ってこず、レオンは顔を上げた。タクミは心ここにあらずといった体で、ぼうっと図面を見下ろしていた。
「タクミ王子……? タクミ?」
 ようやく慣れてきた敬称なしの呼び方で呼びかける。腕を軽く叩くと、タクミはびくっとして顔を上げた。
「ええっ、あっ! ……ごめん、なに? レオン」
 タクミは今目が覚めたような顔でぱちぱちとまばたきをした。レオンと目が合うと、すっと視線を図面に移す。
「上の階に上がるルートが見つからない話だよ。どこまで聞いてた?」
「ごめん、最初からお願いしてもいいかな?」
「仕方ないな」
 レオンは同じ説明をした。タクミは今度はちゃんと聞いてくれたようで、「一つ下の階も怪しいんじゃないか」と意見を出し、図面の該当する箇所にいくつか小石を置いた。
「タクミ、昨日もぼうっとしてたけど大丈夫? ちゃんと寝てる?」
 昨日は一緒に武器の手入れをしていた。レオンが剣を磨いている最中にタクミを見ると、タクミの手は完全に止まって目は宙を見つめていた。
「ちゃんと寝ているよ、大丈夫」
「そうかな。また遅くまで本を読んでるんじゃないの」
「『また』ってなんだよ。そんなことしたことないだろ」
「そうだったっけ」
 いつもの調子で軽く言うと、タクミは「ふふっ」とあいまいに笑う。やはりレオンとは目が合わないままだった。
 タクミの様子がおかしいことに気づいたのはここ数日だ。自分の気のせいでなければ、ぼうっとしていることが増えているようだった。
 それに、目線もなかなか合わない。
 にらみ合っていたころからちょくちょく合っていた目線は、タクミの方からさりげなくそらされることが多かった。反面、彼に見られていると感じることも同じくらい多かった。拠点でふと視線を感じ、顔を上げるとタクミがこちらを向いていたことは一度や二度ではない。そのときも彼はふいと目をそらしていた。
 もしかして彼を怒らせるようなことでもしたのだろうか。
 そう思い、交換日記に「僕は何か君の気に障るようなことをしたかな」と書いてみたりもしたのだが、彼からの返事は「そんなことはないよ、大丈夫」だった。
 大丈夫な訳がない。明らかに今のタクミの様子はおかしい。
 少し前までは話をするときには目を見ていたし、目が合ったときにすぐそらされたりなんてしなかった。それどころか何でもない瞬間に目が合って、笑いかけてくれたこともある。仲良くなるにつれ、タクミの笑顔は何度もレオンに向けられるようになっていた。混じり気のないその表情を向けられる度に、タクミからの信頼を感じて胸の奥がぽっと温かくなった。心地よいその温かさを、何日も感じていないのがひどく寂しかった。付け足しのようなあいまいな笑いではなく、心からの笑顔をまた見せて欲しかった。


 
 やっと見つけたロウラン城の上階へのルートは、細くて長い通路だった。元はもっと幅のある通路だったと思われるが、左右に瓦礫があるせいで通れるところは狭い。隊は縦に長い列を作って進んでいた。
 レオンは列の後方にいた。タクミは少し前におり、いつものように結んだ長髪を背中で揺らしながら歩いていた。
 リズムよく揺れる髪を見ていると、一緒にスープを作ったことや、本を貸したことや、資料館で同じ本に手を伸ばしたことなどが思い出された。
 また以前のように彼と笑い合えるだろうか。目を合わせてくれるだろうか。
 日記のやり取りも心なしか表面的なものになっている気がした。本音を言い合える生涯の友になれると思ったのは間違いだったのだろうか。もう彼のほうではレオンのことをそこまで思ってはいないのか。笑顔を向けてはくれないのか。
 暗い考えに気を取られていると、突然通路の横の壁が崩壊した。紫色の炎に包まれた騎兵が姿を現し、こちらに槍を突き出してくる。
「くそっ!」
 完全に不意打ちだった。
 レオンは突き出された槍を横からまともに食らった。敵の狙いは鎧の腰当てと腿当てのわずかなすき間だ。槍の先端が肉に突き刺さり、右の腿がかっと熱くなる。
 レオンは痛みに歯を食いしばりながらブリュンヒルデを唱えた。騎兵にダメージは与えられたがまた倒れてはいない。痛みを堪えて体勢を立て直す前に後続の敵から手槍が飛んできた。いつもなら回避できる軌道だったが、痛みのせいで動きが遅れた。
「うあっ!」
 頭部に衝撃を食らい、レオンは馬から崩れ落ちた。床に背中を打ち付けて息が止まり、腿の激痛に脳天が痺れる。強い痛みにぎゅっと目を閉じた。音が急速に遠くなる。
 命の危険を感じて無理やり目を開けると、敵が槍を構え直してあお向けに倒れた自分に狙いを付けるのが見えた。
 ああ、自分の役目もここで終わりか。
 レオンは絶望的な気分で目を閉じた。狭い上に足場の悪い通路では、仲間の加勢を期待するのも難しかった。
「レオン!!」
 音が遠い中、自分を呼ぶ声が聞こえた。まぶたをこじ開けると、長い髪が揺れるのと、光る矢が騎兵の頭部を吹き飛ばすのが見えた。
「レオン! レオン! しっかりしろ!」
 意識が薄れてきて再び目を閉じる。声は絶叫に近かった。しっかりしたくてももう身体に力は入らないし、細く呼吸するのが精一杯でうめき声すら出せなかった。
「よくもレオンを!」
 怒りの叫び声と共にまぶたの向こうが明るくなり、風を感じたと思ったらバシッと矢が敵に当たる音がした。
 意識はどんどん薄れていく。
 目を開け、呼吸を整え、出血を止め、立ち上がらなければと思うのに、何ひとつできなかった。真っ暗なはずの視界にちらちらと白い光が見え始め、やがてレオンは気を失った。



 目を覚ますとベッドに寝かされていた。天井の様子からすると自分の部屋ではない。軽く見回すとここがどこなのかはすぐにわかった。拠点の救護室の重傷者用の病室だった。
 起き上がろうと軽く脚を動かすと、ビリッと痛みが走って思わずうめき声が出た。その声で、ベッドの脚の方に伏せていた誰かが起き上がった。顔をのぞき込んでくる。
「レオン! 気がついた?」
「タクミ……
 久しぶりに目が合ったタクミは今にも泣き出しそうな顔をしていた。レオンの顔を見て、安心したようにため息をつく。レオンが布団から手を出すと、その手を取られて両手で握られた。
「僕……、どのくらい寝てた?」
「丸一日と半分だよ。今は朝だ」
「ねえ、もしかして泣いていたの?」
 タクミの目元は強くこすったように赤くなっており、目の下にはクマができていた。あまり寝ていないようだ。首の後ろで束ねた髪もほつれ、疲れて見える。怪我をしたのか、右の袖口からは白い包帯がのぞいていた。
「泣いていないよ。でも、このまま目覚めなかったらどうしようって、すごく心配だった」
「うん、心配かけてごめん」
 まだ意識も身体の感覚もふわふわしている。はっきりしているのは握られた手の温かさだけだ。ぼんやりとタクミの顔を見ていると、その頬が少し染まった。そして、何かに気づいたように「そうだ」と言った。
「目が覚めたら薬を飲ませるように言われていたんだった。飲めそう?」
 レオンがうなずくとタクミは部屋を出て行き、しばらくしてから煎じ薬を持って戻ってきた。彼に背中を支えられながら苦い薬を時間をかけて飲み干す。
 汗ばんだ身体をタクミに拭いてもらい、着替えを手伝ってもらいながらレオンは尋ねた。
「あれからどうなったんだ。僕が倒れてから」
 思い出せるのは、必死になって自分の名を呼ぶタクミの声と、敵に矢が刺さる音だ。
「君に攻撃した二体は僕が倒した。でもその後ろにも透魔兵がいたんだ。どうにか食い止めようとしたんだけど僕も怪我をしてしまって。危なかったところにカムイ兄さんとマークス王子が来てくれて、僕は君と一緒に他の仲間に引きずられて後ろに下がったんだ」
「君も怪我人ってことか」
「レオンほど重症じゃないけどね。あの苦い薬も飲んでいるよ」
 タクミはほら、と右袖をめくった。二の腕まで包帯が巻かれている。食い止めるといっても弓兵は前衛向きではないから、間合いを詰められてどうしようもなかったのだろう。それでもすぐには後退せず、レオンのために盾になってくれたのだ。
「倒れた君を杖と祓串で治療したけど、出血が多いせいか意識が戻らなかったんだ。拠点に連れて帰ってからも目を覚まさないから、意識が戻るまで様子を見ていたんだよ」
「僕が起きるまで側にいてくれたんだね」
 タクミが照れくさそうにうなずく。そして急に頭を下げた。
「あのさ、こんなときに言うのもなんだけど、今までごめん」
 身体を張って守っておいて何を謝る必要があるのかと面食らうが、すぐにあのレオンを避けていた態度のことだと気づく。
「悩み事があって、もやもやしていたんだ。レオンは何も悪くないのに感じの悪い態度を取ってしまって、本当に悪かったと思ってる」
「その悩み事はもう解決したの?」
「うん、もう大丈夫」
「本当に?」
「本当だよ」
 レオンはタクミの目を見上げる。タクミはじっと見返して来た。
「それならいいよ。許してあげる」
 レオンが言うと、終始心配そうだったタクミの顔が和らいだ。「ありがとう」と嬉しそうに礼を言う。肝心の悩み事が何だったのかを教えてくれる気はなさそうだが、話せるようになったらきっと話してくれるだろう。
「レオンの身の回りのことはしばらく僕がすることになっているんだ。僕も怪我人だけど動いたほうがいいし。食事はできそう? スープとか」
「スープならなんとか」
「わかった、持ってくるよ。他に何かいるものはある?」
「それじゃあ、日記帳を持って来てよ。ペンとインクも」
 日記帳と聞いて、タクミがくすっと笑った。
「こんなときにも交換日記?」
「そうだよ。次は僕の番だっただろう」
「確かにそうだけど。じゃあ僕も書かないとね」
 怪我をしているけれど、文字を書くくらいなら平気だよとタクミは言った。
 タクミはレオンの掛け布団をかけ直し、着替えた衣服をまとめ始めた。
「他には何かある? して欲しいことがあったら何でも言って」
「じゃあ、笑って欲しい」
「えっ」
 タクミが驚いた顔を向ける。
「君の笑顔が見たい」
「い、いいけど」
 タクミはレオンの枕元に戻ってきた。戸惑いと恥じらいのたっぷり含まれた表情を見せた後、ふわっと笑顔になる。レオンがずっと見たかった、あの混じり気のない笑顔だった。
 レオンの胸にふわりと暖かな風が吹く。暖かな風はそよ風のように優しくレオンの中を駆け巡り、一箇所に集まって小さくなると胸の真ん中に収まった。