ゆきと
2025-02-11 10:34:29
1053文字
Public DQ3(その他)
 

淵を覗く

自宅賢者が死にかけたときの話。バラモスブロス戦だった。

人は死ぬ時に走馬灯が巡るらしい、と聞いたのはどこでだったろうか。違うといいと思っていた俺の願いもむなしく、クソみたいな経験ばかりが意識を変わるがわる支配していった。幸せだったはずの幼い頃の記憶は映らず、おまえの人生はあの日の絶望から始まったのだと言わんばかりの場面が続く。吐き気がする。両親のことは何一つ思い出せないくせに、手ひどい仕打ちをした育ての親との記憶が、何も知らず満たされていた思い出のふりをして胸を熱くすることに腹が立つ。そして裏切りの発覚。こんどは体ごと心が冷えていく感覚がした。無意識が自分を抱きしめようとしたのか、鉛のような腕がぴくりと動いた。
それだけだった。
ああ、俺は終わりなのかもしれない。いやだ。死にたくない。腹の底から泥の音がする、瘴気のようなものが噴き出す気配がする。絶望に飲まれて滅びに向かっていく世界で、呑まれたまま終わりたくない。巡っていた景色が消えて、暗く暗く塗り替えられていく。何もかもが無駄になってしまう、消えてしまう。殆ど暗闇に支配されたなか、絶望の気配に怯える俺に、声が聞こえた。遠くから、本当に小さく、俺の名前を呼ぶ声。
応えようと手を挙げようとして微動だにしなかった俺の左手は、だれかの手に意識と一緒に引き上げられた。
ル!ルフェール!」
急速に体にいのちが満ちていく。回復をうけるときのこの感覚はあまり好きではなかったが、彼の必死な声を聞きながらならば悪くはないと思えてしまった。彼? この声、誰だっけ。意思のとおりに、瞼が動く。
っ!間に、合った!」
剣戟と爆発の音が聞こえた。目の前の彼は俺に覆いかぶさるように盾を構え、爆風を防ぐ。ああそうだ。我らが勇者クン。きみが感情を表に出してるの珍しいね。
「戦えそうか?」
勇者クン、アルスは俺を抱き起こしながら、腹部が血まみれの人間に言う台詞ではないことを口にした。俺、一瞬前まで死にかけてたんだけど。
「人使い荒いなあ」
「いけそうだな」
「はあ、埋め合わせ期待してるよっ!」
アルスの背後に迫るブレス攻撃をフバーハで防いで、彼と一緒に立ち上がる。いのちも魔力も巡っていて、死の淵との高低差で思考が風邪でもひきそうだ。だが、今はそれどころではない。思考を巡らせる状況にないのは、僥倖か否か。走っていくアルスの背に支援魔法をかけてから、俺は肩も使って大きく息を吐いた。埋め合わせ、何をねだろうかな。賢者の杖を握り直して、目の前の戦場をすみやかに終結させるべく、戦いへと意識を戻した。