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tonami
2025-02-11 00:37:34
9068文字
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現パロ
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明ける早緑
現パロ。どっちも記憶あり。
年明けの話。
「お前、トラ男はどうしたよ」
新年の挨拶を終えるなり当たり前のようにサンジに問われ、ゾロは苦笑した。元日である今日、恋人であるローと一緒にいるはずのゾロがこの場にいるので当然だ。ゾロも、本来ならこの時間はローと家にいる予定だった。
「日付変わる一時間くらい前に呼び出しかかったんだよ。そのまま病院で年越しだと」
「おお
……
大変だな、お医者様は」
「まあそれが仕事だからな」
あと一時間で完全オフになるはずだったのに呼び出しがかかり、絶望を顔に貼り付けて出て行った恋人を思い出す。恋人であるローは外科医だ。医者という職業柄、イベントごとはどうしても仕事が入ってしまう。昨年なんて三が日全日出勤だ。今年は大晦日をオンコールにする代わりになんとか元日だけでもオフをもぎ取って、初日の出を見て初詣も行こうなとうきうき予定を立てていたのに。結局朝になっても帰ってこなかったので、身内との集まりに誘われるがまま、顔を出している。
ゾロの隣でサンジからマグカップを受け取りながら、ウソップがそういやァ、と首を傾げた。
「今年は実家帰んのか?」
「帰ってこいって催促されてるからな。お、甘酒か」
「おれ特製スペシャル甘酒だ、味わって飲めよ。つーかマリモ、お前一人で実家帰れんの?」
「帰れるわそのくらい。今年はトラ男も一緒だしな」
言いながらゾロはマグに口をつける。熱すぎず温すぎず、適温で飲みやすい。水のように酒を消費している自覚はあるが、たまにはこういうのも悪くない。
「トラ男と牛マルさん、会うの初めてだろ? 大丈夫か?」
「なにが」
「いや、殴られねェかなって」
ローが殴られている場面を想像したのか、心配そうにウソップは眉を下げた。確かにいきなり連れていけば殴られるどころか門前払いを食らう可能性はあるが、付き合ってひと月経った頃に報告はしている。反応は一言、そうか、と淡々としたものだった。ゾロの育ての親はそういう人だ。
「大丈夫だろ。ローみたいなのじい様は好きだと思うぜ。それにおれが選んだ相手なら、よっぽどのことしでかさなけりゃ受け入れてくれる。むしろ、怖ェのはミホークだな」
「ああ
……
」
なんとも言えない顔でウソップとサンジは頷いた。父方の大叔父で育ての親である牛マルは厳格な人間だが、その実茶目っ気溢れる人物でもある。よく似ていると称されるゾロが気に入ったのだ、大叔父がローを気に入らないはずがない。それよりも問題があるのは、母方の伯父だった。生まれた頃からゾロを可愛がっているミホークは、ゾロに近寄る人間に手厳しい。ゾロはローが初めての恋人だ。だから友人ならまだしも、恋人となるとミホークがどういう手段に出るかわからない。いまは日本にいないのでいいけれど、帰国した時が恐ろしい。
「連絡もしてねェの?」
「してたらとっくに帰ってきてる」
「それもそうか。
……
あの人おっかねェもんなァ」
以前ゾロがよく連む連中だとルフィを始めとした友人達を紹介した際には、ウソップやナミが怖がって大変だった。事前にゾロからいろいろと話を聞いていたのでミホークにしては友好的な態度だったのだが、なにぶん素の威圧感が強い。ゾロでさえも時折気圧されるくらいだ。慣れない人間には余計に恐ろしく映るだろう。
当時を思い出したらしく、ウソップがぶるりと体を震わせた。それに苦笑していたサンジがふと時計を見やって、もうこんな時間か、と呟く。
「そういやマリモ、お前昼は食ってくのか?」
キッチンカウンターに置いてある小さなデジタル時計の時間は正午にほど近い。ローから連絡がいつ来てもいいように携帯端末はマナーモードにはしていないが、ポケットの中でしんと静まり返ったままだ。果たして恋人は今日中に帰ってこられるのだろうか。
そう考えていると、端末が振動と共に軽快な通知音を鳴らした。上着から取り出せば、画面にはローの名前とおにぎりのアイコン。付き合い始めた当初にゾロが握ったおにぎりだ。いままで食べたおにぎりで一番美味いとたいそう気に入ったローはわざわざ写真を撮って、アイコンにまでしている。大袈裟な、とその時は思ったが、現在もローの中のおにぎりランキング一位は不動らしい。
アプリを起動して、トーク画面を開く。表示されたメッセージは至ってシンプルだった。「いまから帰る」のたった六文字。
「昼はいらねェ。帰る」
「ん、そうか」
「なんだ、ゾロ帰んのか?」
どこから会話を聞いていたのか、いつの間にか傍までやってきていたルフィがゾロの背中に抱きついた。
「ローが帰ってくるからな。疲れてるだろうし、家で迎えてやりたい」
「お前、意外と健気だよな」
「他人のことなんていっさい興味ありませんてツラしてたのになァ」
「うっせェ。
……
そういうことだ、ルフィ。また今度ゆっくり話そうぜ」
振り返って肩越しに笑えばルフィは少しだけ不満そうな顔をしたが、それでもすぐに明るく笑った。なにも二人の仲に割って入りたいわけではない。ルフィにとってのゾロは友人とも家族とも違う、特別な枠にいるだけだ。
「ん、なら仕方ねェな。トラ男によろしくな!」
「おう。言っとく」
頷いても背中から下りる気配がないところを見ると、あまり話せなかったからぎりぎりまで着いてくるつもりのようだ。本当であれば今日は会えない予定だったから、余計にルフィは物足りないのだろう。
おんぶお化けよろしく背中にルフィを引っ付けたまま玄関へ向かうゾロに、リビングにいたナミが頬を膨らませる。
「なによ、もう帰るの? 珍しくこっちに合流したと思ったのに」
「元々はトラ男くんと一緒にいるはずだったものね。わかってはいるけれど、少し妬けてしまうわ」
「えっ、ゾロ帰っちゃうのか!? おれほとんど話せてねェのに!」
「悪ィな。月末の飲み会は参加すっから」
じっとりと睨むナミと微笑むロビンにたじろぎつつ、腰にしがみついてくるチョッパーの頭を撫でてやる。同じ大学のルフィやナミ、サンジとウソップはともかく、チョッパーは二ヶ月ぶりだ。先月の飲み会はローとの約束が先にあったので参加できなかった。ゾロは用がなければ電話もしないし、そもそも筆無精なので、メッセージアプリでのやり取りも乏しい。だからきちんと会話をするのは、今日が久しぶりだ。それなのに恋人を優先するのは申し訳ないと思うけれど、ロビンの言う通り本来ならローと一緒に過ごせるはずだったのだ。半日過ぎてしまったとはいえ、貴重な正月休みを二人で満喫したかった。
「おや、ゾロさんもうお帰りですか?」
「気をつけて帰るんじゃぞ」
「家まで送ってくぜ。どうせそこの二人も着いてくんだろ?」
ひっつき虫状態のルフィとチョッパーに笑みを浮かべつつ、フランキーはテーブルに置いていた愛車の鍵を掴んで立ち上がった。一緒に談笑していたブルックとジンベエも微笑ましそうな顔でゾロ達を見ている。ブルックに至っては年齢が年齢なので、もはや孫を見守る目だ。
「ああ、そうそうゾロさん」
ブルックはおもむろに懐から封筒を取り出し、ゾロに手渡した。細長い封筒は骸骨のイラストが描かれており、ソウルキングのロゴが入っている。
「これ今度のツアーのチケットです。よろしければトラ男さんと、ぜひ」
「いいのか? ありがとう。ローも喜ぶよ」
ソウルキングことブルックは世界的ミュージシャンであり、ローもまた彼のファンだった。音楽のことはわからないが、ゾロもブルックの曲は気に入っている。日本で開催する時は関係者席が身内で埋まるのはいつものことだ。
封筒を大事にしまい込むゾロへ、今度はジンベエが酒瓶を掲げる。
「これも持って帰るといい。お前さんの好みだと思うぞ」
「お、酒か? ジンベエが言うなら間違いねェだろ。ありがとな」
二人から貰ったものを大事に抱え、ぱっと表情を明るくするゾロは誰が見ても嬉しそうだ。大人達の周りの空気にも、ほんわかと花が咲く。
(
……
甘やかされてんなァ)
一連の流れをキッチンから眺めていたサンジは、煙草の煙を吐き出しながら内心で呟いた。普段なかなか身内にすら甘えないせいで、ここぞとばかりに大人達はゾロを甘やかしたがる。大学生といえどゾロはとっくに成人しているのだが、彼らにかかってしまえば子供のようなものらしい。ゾロのことを甘やかしたくて堪らない筆頭は恋人であるローだろうけれど。
ランチバッグに小さな重箱とボトルを入れサンジが玄関に向かうと、ちょうどチョッパーが靴を履くのを待っているところだった。ルフィは上り框から下りず、裸足のまま。わずかな送迎の時間はチョッパーに譲ったようだ。
「おいマリモ。これだけでも持ってけ」
「なんだ」
「さっき飲んでた甘酒。そんで、おせち詰めてやったからトラ男と食え」
「ん」
こくりと頷いて、ゾロがバッグを受け取る。本当は昼食を食べて行けたら良かったのだけれど、その時間がないのでしかたがない。帰った時に家にいてやりたいのも本心だろうが、少しでもローと過ごしたいのがなによりもの理由なのだろうから。
「でも、安心したわ」
三人が出て行ったのを見届けて、ロビンが小さく息を吐いた。その向かいで、そうですねえ、とブルックも同意する。
「トラ男さんと出会ってから明るくなりましたよね、ゾロさん」
「別にそれまでが暗いわけじゃなかったけど。私達にすら一線引いてたのがなくなったわよね」
「拠り所を得て安心したんじゃろうか」
かもね、とナミが肩を竦めて、ティーカップを傾ける。サンジは紅茶を淹れるのも上手い。なのに昔から日本茶に関してはゾロが淹れたほうが美味しかった。二人の淹れ方に違いがあるようには見えなかったのに、不思議だ。せっかくだから緑茶でも淹れてもらえばよかった、と思いながらナミはキッチンカウンターを見やる。
「あんたは着いてかなくてよかったの?」
さきほどまでゾロが座っていた席にはルフィがいた。ゾロ達を見送って戻ってくるなり腹が減ったと騒いだので、お汁粉がどんぶりで提供されている。
「いいんだ。おれよりチョッパーのが話したそうだったし」
「ゾロの誕生日会、あんなに楽しみにしてたのに来られなかったもんね」
「修学旅行じゃあなァ。先月は先月で、とっととトラ男と約束しちまってたし」
「恋人相手だもの、仕方ないわ。しかもあのトラ男くんがクリスマス当日に休みが取れることなんて、めったにないもの」
そう言いつつも、ロビンの声はどこか寂し気な響きを伴っている。実際寂しさを感じているのはロビンだけでなく、着いていったチョッパーも、この場にいる全員が同じ感情を抱えていた。いままで集まりにはかかさず参加していたのに、ローと出会ってからは格段に回数が減った。遊びの誘いも、ローとの先約があるから断られることが増えた。同居し始めてからなんてローが仕事の日に出かけていても彼の帰宅に合わせて帰ってしまうし、逆にローが迎えに来ることもある。まるでいままで会えなかった期間を埋めるようにローはゾロを求め、ゾロも決して拒むことはない。
友人が幸せであることは嬉しいのに、ゾロの心のいっとう深い場所にロー以外の誰も入れなかったことが、寂しかった。そういえば、出会った頃からふとした瞬間に薄いグレーに混ざる懐古と諦念が、穏やかな懐古だけを浮かべるようになったのはいつからだろう。
「まあ結局は、ゾロが幸せならそれでいいかって思っちまうんだよな」
「おれは最初からそう思ってるぞ?」
「あんたは逆になにも気にしなさすぎよ」
「だって、何があってもゾロはゾロだろ」
咎めるようにじとりとナミに睨まれるが、ルフィは歯牙にもかけない。出会った頃から互いに特別枠にいる二人だ。初めて会ったにもかかわらず、それが当然だと言わんばかりに息の合ったコンビネーションを見せられた時は、運命なんて言葉が浮かんだほどだった。そのルフィが言うのだ。ゾロの心にローという人間が入ったところで、彼が彼であることに疑問の余地はない。
にかっと太陽みたいに笑うルフィに、違いねェ、とサンジも煙草に火を点けながら笑い声を上げた。
「ただいま
……
」
「おかえり。お疲れさん」
玄関を開けるなり抱きついてきた長身を支えながら、ゾロは苦笑を浮かべた。昨夜見送った時よりもやつれたように見える。よほどの激務だったらしい。
「悪いゾロ屋、少しだけ寝させてくれ
……
」
「おう。ちゃんと起こしてやるから安心しろ」
普段なら考えられないほど大雑把に靴を脱ぎ、コートをフローリングに落とす。それを回収しながら、ゾロはふらふらと寝室に向かう背を追いかけた。ぼふんとベッドに転ぶように落ちた体の下敷きになった布団を引き出して、冷えないようにかけてやる。念のため暖房はかけたままなので部屋は暖かい。ゾロとしては少し暑いが、冷え気味のローにはちょうどいいだろう。
ベッドの端に腰掛け、ぐしゃぐしゃになった黒髪を梳かすように撫でてやる。意外とローの髪は硬い。ふわふわしているゾロの髪質とは正反対で、実家で飼っている犬を思い出す。
ぐずる子供をあやすように、指の腹で額から上へ撫で上げる。丸見えになった形のいい額に唇を落とすと、渓谷のように深く刻まれた眉間の皺が消えた。前髪を梳いて整え、仕上げに布団の上からぽんぽんと叩いてやれば、そのうち静かな寝息が聞こえてくる。
「おやすみ、ロー。またあとでな」
一度だけ手の甲で頬を撫で、ゾロは音を立てずにベッドから離れる。電気を消すのもドアを閉じるのも慎重に。激務から解放された恋人を起こさないように、一人リビングに戻った。
「
……
なんだ?」
テーブルに置きっぱなしの端末が低く振動している。すぐに切れたのでメールか何かだろう。ローといる時に他に気を移したくなくてマナーモードにしているので気づかなかったが、メッセージが何件か入っていた。メッセージはペンギンとシャチ、ベポからそれぞれ、ローを呼び出したことへの謝罪と無事に帰宅できたかの確認だった。まさか彼らもオフ一時間前に呼び出すことになろうとは思っていなかっただろうし、医者である限り急患は仕方がない。ローも呼び出し自体には頭を抱えていたが、患者への悪態は決してつかなかった。昔から、自分が救えるのなら持てる力すべてで救けようと手を伸ばす男だ。ゾロは何度もその恩恵を受けているから、ローが医者という在り方にどれだけ真摯なのかをよく知っている。
たぷたぷと三人に一言二言返信して、その間に新しくきたメッセージに目を通す。旧い友人からだ。あちらは否定するだろうが、しがらみがなくなってからは年に一・二回は必ずゾロを訪ねて来ては酒を酌み交わし、ローと喧嘩していた。近いうちに呑みに行かないかという誘いに了を返しておく。ローの機嫌は下がってしまうが、こちらもあちらもただの友人だ。それに、他人に共有できない話というのもある。その部分に関してはローも同じだから、何も言わない。本当に自分は正気なのか疑ってしまう気持ちを、ゾロもローも、よく理解している。
時折来るメッセージを返しながら、のんびりローが起きてくるのを待った。家事はあらかた出かける前にしてあるから急ぎの必要はない。二人ともあまりテレビを見る人間でもないので、ソファーにごろんと転がる。どうせならローの隣に潜ってやればよかったな、と頭の隅で思う。いまさら起こすのも嫌なので実行はしないけれど。
ローが起きてきたのは、それから二時間後のことだった。
「おはようゾロ屋
……
あけましておめでとう」
「おはよう。あけましておめでとう、ロー」
額と頬に落ちてくる唇を受け入れながら、ゾロはローの顔を覗き込む。少し睡眠を摂ったからか、帰ってきた時よりは顔色がましになっている。徹夜には変わりないのだから、まだ眠っていてもよかったのに。そう言うと、ローは不満げな顔をしながら「少しでもゾロ屋と一緒にいてェ」とぎゅうぎゅう抱き締めた。
「おれは逃げねェぞ」
「わかってる。わかってるが、出会えなかった十五年分を取り戻したい」
「それどんだけかかるんだ?」
「十五年かかるな。さらに取り戻すためにかかった十五年も追加される。ちなみに前の時のも繰り越しで五十年くらいある」
「一生終わんねェな」
「だからずっと、おれの傍にいてくれ」
ぱっと顔を上げたゾロの両目がしっかりと、ローの金にも見える目に合わさる。はっきりとした二重と、長い睫毛が縁取る薄いグレーはいつ見てもきらきら輝いて眩しい。片方には縦に通る傷があるものの、それすらゾロの双眼を引き立てる要素でしかなかった。一揃いの両目が放つ星のような煌めきは、いまも昔も本人の気位の高さそのものだ。
「
……
ずっとってのは」
髪と同じ色をした睫毛が上下する。太陽の下で見ると、影が薄緑に透けることを知っているのはどれだけいるだろう。願わくば、ローだけであってほしい。
「来世でも、ってことか?」
瞳のうつくしさに惚けているローが映った両目の奥底で、薄いグレーの夜空に緑色の一番星が光った。
「
――
本当に最高だな、ゾロ屋は」
もちろんだ、とローは微笑んで、睫毛が触れ合うほどに近づく。ゾロもそうか、と少し口角を上げて、恋人を受け入れるべく目を閉じた。
ぺったんぺったん、と白い餅が跳ねる。庭で杵を振るっているのはゾロで、向かいで餅を返しているのはモモの助だ。ゾロが来るというので遊びに来たらしい。ローよりも歳上のはずだが、まるで子供のようにゾロに懐いている。
「なんだもうへばってるのか」
縁側に腰掛けるローの近くにやってくるなり、牛マルがからからと笑った。ゾロの前はローが餅をついていたのだが、思いのほか重量のある杵と力加減の難しさに長くは持たなかった。一応ジム通いは欠かしてはいないし、多忙な医師にしては充分すぎるほど鍛えられているのだが。パートナーが現役の大学生であり剣道大会常連のゾロなので、あまりに分が悪い。まだ剣道をやっていた学生時代なら良い勝負だったかもしれない。
ちらりと庭を見やって、牛マルはどかりとローの隣に腰を下ろした。用があるのはこちららしい。
「あれとは長いと聞いたが」
「出会ったのは六年前になります。ゾロ屋
……
ゾロくんが高校に入学したばかりの頃に」
「昔のことは」
「だいたいは。私も話せることは話しています」
「そうか。おぬしはよほど許されているらしいな」
目を細め、牛マルは感心したように呟く。風にそよそよ揺れる群青色の髪はゾロとは似つかない。以前見せてもらった写真に映るゾロの父は、彼と同じ髪色をしていた。春の緑をした髪は、前の時と同じく母譲りなのだとその時に聞いていた。
「あれには、親がおらんだろう」
ゾロの両親は、彼が幼い頃に事故で亡くなっている。ゾロの目と胸の傷はその時のものだ。後遺症もなく、片目を失わずにすんだのはゾロの強運と当時治療した医師の腕がよかったのもあるが、なにより、彼の両親が必死に我が子を守ったからだった。そのおかげでゾロと出会えたので、ローは彼らに感謝してもしきれない。
「
姉
フリコ
か
義兄
あに
のどちらかでもおればまた違ったんだろうが」
「
……
ゾロ屋は、あなたを実の親のように慕っています」
「知っているとも。拙者も、あれのことは我が子だと思っているさ」
顔は庭に向けたまま、牛マルはスピードの増した餅つきを微笑ましそうに眺めている。ああ、親の顔だ、とローの胸に故郷にいる両親の姿が浮かぶ。
「あれは、昔から他人と距離を置く子供だった。いつもつるんでいる子供らにも深くは踏み込ませなんだ」
麦わらの坊主は特別だったようだが、と続く言葉に一人の顔を思い浮かべる。いまも昔も、ゾロとは深い場所で繋がっている男。前は何を置いてもゾロが一番に優先するのはその男の言葉で、ひどく忌々しいと思ったものだった。今回だって、何も覚えていないくせにあの麦わら帽子はローとは違う場所に陣取っている。
「そのあれが、おぬしを選んだんだ。あれは一途だからな。共に在るのなら、おぬしも生涯の覚悟を決めてくれ」
髪と同じ色をした両目がローを射抜く。真正面から決して逸らされることのない鋭さは抜き身の刃のようだ。
ずっと、遥か昔から。ローはゾロと生涯共にする覚悟を決めている。ゾロを見送ったあの日、次も必ず共にいると約束した。それをゾロが覚えていようがいまいが、ローはゾロと共に在ることを出会うまでの十五年間に改めて誓っている。どれだけ重いと言われようが、ローの心臓はたったひとりのものだった。
「何があっても、おれがゾロ屋を離すことはありません。おれの生涯はゾロ屋のためにある。もしおれの存在がゾロ屋のためにならないのであればその時は身を引きますが、そうでないのなら、おれが、ゾロ屋を幸せにしたい。
――
おれと、幸せになってほしいと、思っています」
きっとゾロも同じことを考えていたのだろう。何度か、折に触れて「おれでいいのか」と問われたことがある。前もいまも、答えは変わらない。
「おれは、生涯共に在るのはゾロ屋がいい。ゾロ屋でないと、だめだ」
その言葉を聞いたゾロは、おれもだ、ときらきらと笑ってくれた。ローの一番星は初めて出会った頃から輝きを増してばかりいる。
牛マルはほんの少し目を見開いて、そうか、と静かに目を伏せた。
「どうか末長く、ゾロをよろしく頼む」
静謐に満ちた、けれど何物にも揺るがない真っ直ぐな声。牛マルの性根そのものを表した音は、まさしく心の底から我が子の幸せを願う、祈りでもあった。
ぎゅ、とローは膝の上で拳を握る。前の時もいまも、ゾロはちゃんと大切にされている。故郷の先生や友人、目標と仰ぐ師匠に姉のように世話を焼く元同居人、家族のような同じ船の一味。恋人が誰かに大事に思われていることが嬉しく、なによりも自分がいっとう大切にしなければと身が引き締まる。
「
――――
はい」
しっかり頷いたローに、牛マルは口角を上げて満足げに笑った。その顔がまたゾロそっくりで、目の前の男がゾロと血が繋がっているのだと、ローは改めて実感した。
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