タロイモ
2025-02-10 23:13:17
7034文字
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甘い誘惑

パーバソワンドロライ、お題 バレンタイン🍫をお借りしました。タイトルは副題です!
カップケーキを作ろうとする船長とパさんの話。
船長が雄です。パさんは可愛い。
でもパーバソです!!!

 自慢では無いが、私、バーソロミュー・ロバーツは、器用な性質である。

 そのお陰で、生前は何も持たない身一つの所から沢山の仕事や技術を身に付け、何とか二等航海士の地位まで登り詰めることが出来た。正直なところ、あの頃の労働者階級の中では最高位レベルと言ってもいいポジションだ。
 しかし、当時は時代がそれ以上の出世を許さなかった。不当な扱いにかなり不満を抱いていた私は、それも相まって最終的に海賊に鞍替えした経緯があったりする。

 まぁそれは昔の話だから横に置いておいて。
 要は、私は一般人よりは幾分か習熟が早く、それなりにそつ無くこなせる部類の人間であるという事だ。記憶力だって悪くない。
 船団を率いるに値する豊富な経験と知識を有していたし、そのスキルを利用して縦横無尽にカリブ海を掠奪し尽くしたのが、その証左であると言えるだろう。
 つまり私は、多芸多才の有能な男なのである。

 いや、そう思っていた、と言うべきか。
 今現在、その多芸多才なはずの私は、目の前のちっぽけな、しかし重大な現実に頭を抱えていた。
「この私がこんなものに翻弄されるなどとッ!」
 器用で洒落た男で鳴らしたはずの私をもてあそび、目の前のにちょこんと鎮座する『それ』。
 お可愛いらしいサイズのカラフルな型紙に入って、卵と小麦粉の焼けた香ばしい匂いを漂わせるカップケーキに、私は苦い視線を投げた。
 本来であればキツネ色に僅かに色付いているはずのその色合いは、限りなく残念なことになっている。
 そう、焦げているのである。
「どうして
 某現場で労働する猫よろしく、項垂れてオーブンの前でしゃがみ込む。何度やっても焦げて出てくる紙カップに入ったソレは、五度目の挑戦の犠牲者だった。

 よくマスターの国では、英国はメシマズの国と揶揄されるらしい。
 近年ではかなり解消されているものの、曰く、英国人は料理の味に頓着しない所があり、質より量、調味料はやるから味は自分でどうにかしろ、と言ったスタンスからそう言われるようになったようだ。
 (まぁ厳密には違うけれど)同じ王や女王を戴くその国の出身者として、そんな訳あるかとレシピ本片手に挑んだ結果が、コレである。もはや何かに呪われているんじゃなかろうか。私自身、悪事に手を染めまくった上でサーヴァントとして現界しているので、心当たりはあり過ぎた。

 焦げた小麦粉と卵と砂糖のなれの果てに手を伸ばして、薄い紙のカップを剥ぎ取り、もそりと口に含む。途端に広がる何とも言えない焦げた風味と匂い。意外に味はそこまで悪くないが、いかんせん見た目がすこぶる悪い。
 目標は、ほんのり茶色く色づいた程度の黄金色である。生焼けにならないように、けれどもしっかり火は入るように焼かなければならない。
 しかし悲しいかな。目の前のカップに入ったソレは、私の肌の色よりもさらに黒かった。勿体無いので食べるけども。何度か餓えたこともあるこの身は、材料が無駄になる事を許さなかった。



 バレンタイン。大元は古代ローマのルペルカーリア祭の流れを汲み、聖ウァレンティヌスに由来するクリスチャンの祝日。時代が降るにつれ、その後様々な文化が派生したと聞く。
 私の出身国であるカムリウェールズでも、確かに類する文化はあった。ラブスプーンなんてものも流行ったし、せっせと作っている船員も見た事があったけれど、終ぞ私はそんなものを作った事がなかった。そこまで心を砕いた相手もいなければ、そんな時間も余裕も無かったもので。
 現代のマスターの国では、恋人や友人など、親しい者にチョコレートや菓子などを贈るのが習慣化しているらしい。あまり重たく考える必要も無いらしく、日頃の感謝も込めて、気軽に気持ちを通わせるツールとなっているようだ。
 それはこのカルデアでも同じで、この時期になると厨房や各部屋から、甘い香りと雰囲気が漂ってきていた。
 なるほど、これはいい機会である。軽さが特に丁度いい。

 ドバイで過ごした夏を境にうっかり一線を超えて成立してしまった、私と清き騎士との愛は、この冬に差し掛かってもまだ続いていた。心配症の恋人どのは、いつだって私に愛を伝えてきてくれていたけれど、私にはソレに十全に返せている自信が無かった。
 でも許してほしい、根っからの臆病者で演じる者であるこの身は、ストレートな好意に弱く、本心や思いを伝えるのはそこはかとなく苦手な分野であるのだ。

 だから、このライトなイベントに乗じてならば、普段伝え足りていないであろう、こちらの気持ちを形にしてちゃんと伝える事が出来よう。
 そう思ったのだ。

 贈り物には何がいいかと色々考えはした。
 ラブスプーンも一瞬考えたが、流石に重すぎるだろうと早々に脳内で除外した。サーヴァントという仮初の兵器のような我々だ、後々の事を考えれば、残ってしまうものはあまりよろしくない。ならば、消え物であれば色々と煩わしいしがらみもあるまい。カスほどではあるが、魔力の足しにもなるし。

 そう考えて、とりあえず菓子でも作るか、と一念発起したのが二月の初旬ごろである。
 それからカルデアの厨房を深夜にこっそりと——もちろんキッチンの守り人らには、材料を含め使用許可を得ている——借りて、計四回の試作をした。

 そして今日、ニ月十三日いや、日付が変わったので十四日。
 本来ならば完成品が仕上がってないといけない今日この日、私は五回目の失敗作を口に放り込んでいたのだった。



「はぁ〜〜〜……
 オーブンの前で膝を抱え、深いため息をひとつ。
 本気で原因が分からない。オーブンの調整も少しずつ変えている。最初よりは大分マシになったのだ、これでも。
 しかし、何故か上手くいかない。全く何がいけないのか分からない。何となく厨房の番人らにアドバイスを聞くのは憚られた。ここまで来たら、自分で答えに辿り着きたい。
 口の中でそれなりの味になっているカップケーキ生地に、もうGOサインを出してしまえと脳内の打算的な部分が囁く。上にトッピングを載せればバレないだろうと。しかし、こと創作物などの作品については完璧主義的なところのある私としては、その妥協案は最終手段に取っておきたかった。
 カップケーキに戴く王冠もといトッピングは、実はすでに出来ている。チョコレートクリームに、ラズベリーソース、フリーズドライのクラッシュストロベリー。それから、ホワイトチョコクリームに、レモンソース、アラザン。
 あとは土台が焼けるだけ、なのだが。
まさか自分にこんな苦手分野があるとはなぁ」
「へぇ、それはどんな?」
 思わずまろび出た独り言に、不意に真後ろから疑問が返ってきて、私はびくりと肩を跳ねさせて尻餅をつきそうになった。
 その勢いのまま振り返ると、そこには今ここで一番会いたくない、しかし最も愛おしくて仕方ない英霊がいた。
「ッパーシヴァル!?」
「しぃ、お静かに。他の部屋に響いてしまうよ」
 苦笑され、口元にそっと白い指を寄せられて、私は黙る他なかった。
 それはそうだ、今は深夜十二時過ぎ。ここには睡眠を必要とする人間のスタッフも幾人もいるので、確かに大声を出していい時間ではない。
 だが、目の前の聖槍の騎士がうろついているのも不思議な時間帯であった。普段の彼は早寝早起きで、基本的に規則正しい生活を送っている。こんな深夜に、厨房にいること自体が不自然なのだ。
 どうしてここに、何故君が。困惑しているのが知れたのか、騎士は先程レイシフト先から帰ったんだ、と説明してくれた。
「彼方(あちら)との時差の関係で、帰ったのがこの時間になってしまったんだよ。不要だとは承知しているんだけど、少し小腹も空いてしまってね。何か摘めればと厨房に来たのだけれど驚かせてしまったようだ」
「全くだよ、この食いしん坊め。大体霊体化して近づくなって言ってるだろう!」
 声をひそめつつ、私は彼を詰った。
 そう、この騎士。どういう意図だか知らないが、霊体化してこっそり(それも後ろから)私に近付いてくる事が割と多いのである。何度注意しても止める気配がないので、もしかしたらこちらの反応をいちいち楽しんでいるのかも知れなかった。中々いい性格をしていやがる。すみません、と笑う白銀の騎士は、こう見えて思いのほか強かで傲慢な男であった。
 まぁ、何だかんだソレを容認している自分も、大概ではあるが。恋とか愛とかいうものは恐ろしい。悪辣を極めた海賊を、とんだ腑抜けにしてしまうのだから。
「もしかして、何か作っていたのかい?」
 騎士は、残りのカップケーキの生地が入ったボウルと、準備したトッピングを指差して尋ねてくる。その目は少しだけ期待にきらきらしていて、ゔ、と私は言葉に詰まった。
そうだよ。カップケーキを焼いてたんだ」
 何となく、君にあげるものだよ、とは気恥ずかしくて言えず、私はなるべく表情を変えずにとりあえずの返答を返した。騎士はそれに特段落ち込むでもなく、にこりと微笑んだ。
「成る程。なら、上手く焼けずに試行錯誤していた所だね?」
 どうしてそれを、と言おうと思って、はたと気付く。そうだった、二つ焼いたうちのもう一つの失敗作が、テーブルの上にはまだ居たのだった。見られた、失敗を。ちくしょう、この伊達男たる私が何たることだ。顔に熱がのぼる。
君、ホントいい性格をしているよな」
「え?あぁっ、誤解させたならすまない、失敗を糾弾したい訳ではなくて!」
 じろりと睨むと、騎士はわたわたと慌て出した。それからいつもの霊衣を編み直しというか鎧一式を消して、彼は存外に器用に動く大きな身体を私の横、オーブンのスイッチの前に滑り込ませた。
ここのオーブンはコツが必要なんだ。特に焼き菓子を作る時はこのモードで時間はこのくらいライトをオンにして予熱、はこのくらいかな
 ぽつぽつと独り言のように言葉を紡ぎ、騎士は大きな手で手際よくボタンを押していく。大きな業務用オーブンは、彼の命令に従ってゴウンゴウンと動き出した。
 その様を横で見ていて、私は驚きに目をぱちくりさせた。君は厨房の盛り担当じゃなかったのかい?
 流石にこちらの視線に気付いたのか、パーシヴァルは少し照れたように笑った。まるで無垢な少年のようなその顔は、ちょっと反則だ。私がやかましいエーテルの心臓を深呼吸でいなしていると、騎士は立ち上がって厨房の奥にすっと消えた。おや、どうしたのだろうか。
 戻って来ると、彼の手には小さないや、訂正しよう。小さく見える、青い紙箱が一つ握られていた。十インチ程度の長方形の箱は、華美ではないが小洒落ていて、嫌いではない見目をしていた。
 しかし、そんな物を持ち出して、一体何のつもりだろうか、この騎士は。
「ふふ貴方に贈り物をしたくて、少し前から準備していたんだ」
 ハッピーバレンタイン。受け取ってくれるかい?
 そう言ってへにゃりと笑いながら、騎士は紙箱の蓋を開けた。中には緩衝材代わりにマシュマロが敷き詰められ、マジパンで子綺麗に装飾された焼き菓子が二つ入っていた。黄金色のそれは、もしやマフィンと言うやつか。私が作っているものと材料はほぼ同じだが、醗酵の工程を経るため難易度が少し上がる焼き菓子だ。
 それを、彼は少し前から準備していたという。
「少し前、ってどれくらいだい?」
「これは昨日作った物だけど練習期間を入れるのなら、えぇと半年くらい前からかな」
 半年。
 そりゃ手つきが玄人じみているはずだ。恐ろしいことに、この騎士は、半年も前から練習を含めてバレンタインの準備していたのだ。
 半年前というと、ギリギリ私たちの付き合いが始まるか否かというタイミングである。そんな頃から、この可愛いらしい焼き菓子を作るために、彼は厨房で何度も試行錯誤を重ねていたらしい。愛が清い。そして、めちゃくちゃに重たい。
 負けた。何もかも負けた。悔しい。悔しい。悔しくて——何もかもが愛おしかった。さっき落ち着かせたはずの心臓が、耳の真横に来たかのようにうるさかった。グッときた、なんてもんじゃない。
 無言で私は彼の手から美しい装丁の箱を受け取り、中身をまじまじと見るでもなく、蓋をそっと閉めてテーブルの上に置いた。うん、噛み締めるのは後にしよう。
 そして、そのまま疑問符を頭の上に浮かべている騎士の肩を掴んで、私は彼を膝立ちに跪かせた。厨房の外からは見えないようにシンクの前で。それから……

 それはもう、熱烈なキスをしてやった。
 厨房の中に音が響くぐらいの深さの。
 目を白黒させている騎士の形のいい頭を両手でがっちりとホールドし、後頭部を引き寄せて僅かに上を向かせて。純潔の騎士の貞淑な口に無理矢理舌を捩じ込み、彼のそれと絡ませて。私のものよりもやや厚く柔らかい唇を食んでやれば、熱っぽいくぐもった声が喉の奥から聞こえた。口内をそのまま蹂躙している内に、踏ん張りが効かなくなったのか、ややあって大きな背中はシンクにがたりとぶつかった。
 そのままずるずると脱力して床に座り込んだ騎士の、長い脚を挟み込むようにして膝立ちになり、私はキスを続ける。ベッドの上ではわりかし一方的に貪られるばかりなので、その意趣返しだ。自分優位に事が運ぶ様は、支配欲のようなものが満たされて気持ちの良いものだった。
 卑猥な水音は、オーブンの音に掻き消されて厨房の外には聞こえはしまい。しかし、もういっそ、誰かに聞かれてもいいとは思った。この一等美しく清廉な男を、今まさに薄汚れた海賊が汚しているのだと、吹聴して回りたいような衝動に駆られていた。秘匿性を好むはずのこの私が、である。
 溢れてきた唾液を魔力と共に送り込んでやれば、長い睫毛をふるりと震わせて彼はそれを従順に飲み込んだ。健気な仕草に、私は喉の奥でくつくつと笑うのを隠せなかった。
 ひとしきり貪って満足して口を離してやれば、真っ赤になってぼうっとした表情の騎士と目線がかち合った。常ならば理性的な色を湛えた瞳は、今や熱が灯ってどろりと深い色になっていた。海とも空とも違う、欲の色だ。
 まるで極上の宝石を、ベルベットの布地の上に検分のために転がした時のような愉悦が、私の脳裏を掠めた。
「パーシヴァルパーシィ。私の騎士、私の宝石。こんな下品な男に捕まってしまったのに、その相手に愛を渡すなんて、君はどうかしているねぇ」
 わずかに息が上がった騎士の頬をするりと撫でて、目尻に滲んだ涙を拭う。されるがままになっている騎士は、ゆっくりとその目を閉じた。
どうも、していないよ。私はそういう貴方をこそ、愛しているのだから」
 そう言って、両手で私の身体を抱き寄せた騎士は、心を落ち着けるためなのかふぅー、と長く細い息を吐いた。それが肩口にかかって、少しこそばゆい。
「ならば私の愛は、受け取ってもらえるんですね?」
 少し痛いくらいにぎゅう、と背中に回した腕を締められて、私はふふ、と声を漏らした。
「私は世紀の大海賊、バーソロミュー・ロバーツだぞ?強欲なならず者の長が、贈り物を拒むとでも?」
「貴方はそう言いつつ、するりと躱して逃げるから
「それが私というサーヴァントの在り方だからね」
「ならば私は、そんな貴方をずっと追いかけましょう」
 まるで睦言のような、ともすればストーカー予備軍のような台詞を吐いて、パーシヴァルは懐くように私の肩口に額を擦り付けた。仕草がまるきり大型犬のようで、私はくふくふと笑ってその銀糸の鬣を梳いてやった。
さて、パーシヴァル卿。もう白状してしまうが、あのカップケーキは君のために作っていたものだ。焼き加減がどうも上手くいかないんだが、貴殿に指南をお願いできるかな」
喜んで。私などが指南とは烏滸がましいけれど、オーブンの使い方ならばこの半年で学びましたので」
「ふふありがとう」
 ぽんぽん、とその大きな背中を色を感じさせないやり方で叩けば、あっさりと純潔の騎士は身を離した。その目はいささか、名残惜し気ではあったけれど。
さぁ、立ってくれ騎士様。この子達をちゃんと黄金色の肌にして、クリームの王冠を授けてやらなければ」
 先に身を起こして左手を差し出せば、騎士はその手を取って身体を起こした。それから握ったままの手を自分の方に引き寄せる。思わず身体ごと寄せられると、彼は音がするように私の薬指に口付けを落とした。
誓って、この子らを美しく仕立てますとも」
 ユア・マジェスティ、なんて冗談を言って。
 くつくつと笑い合いながら、騎士と私はキッチンで隣り合うようにして立った。大男二人が並んで、キッチンをカップケーキの戴冠式場に変える様は、なんともシュールな絵面だった。

 一時間後、可愛らしくデコレーションされた白と銀、チョコレート色と赤のカップケーキがテーブルに所狭しと並んだものの、できた端からその殆どが騎士の胃袋の中に消えたのだった。
 それから、勢いあまって私まで騎士にぺろりと平らげられたのは、また別の話。