toko-honey
2025-02-11 00:00:00
5515文字
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ドキドキ☆交換日記3【前途洋々】

レオン×タクミ。交換日記で仲良くなっていくレオタクのお話。1日1話の連載で全7話です。
Japanese Only
#leokumiweek2025

☆の月●日
 あんこのことは別に許してもらわなくてもいいよ。きっと暗夜の豆のスープだって君の口に合わないと思うし。
 それより君が出稽古に行く姿を見かけたよ。「解放されたい」なんて書いていたけど、意外と楽しそうだったじゃないか。どういう心境の変化なんだ?
 今日資料館に行く途中でオーディンを見かけた。元気がなさそうだったので声をかけたら、特別な任務を任されたいなんて言い出した。何か頼むようなことがあったかな。考えてみようと思う。

☆の月○日
 暗夜のスープって汁物のことだろ。僕の口に合うかどうかなんて飲んでみないとわからないじゃないか。
 僕が出稽古に行くの見てたんだな。心境の変化なんて大層なものじゃないよ。ただヒナタの話をちゃんと聞いたら、出稽古は僕のためにやっていたんだってわかったんだ。そう思ったら、楽しんでもいいかなって思っただけだ。
 一応言っておくけど、あんたの「臣下を信頼しろ」って言葉とは無関係だからな。
 
 追伸:オーディンの任務のこと、もし困っているんなら一緒に考えてやってもいいけど。


 タクミは筆を置いた。自分の書いた日記の文面を読み返す。誤字脱字はないか、文章はおかしくないか。そして、必要以上に喧嘩腰になっていないか。
 レオンとの交換日記を始めて一週間が経っていた。明日はカムイに交換日記をチェックされる日だ。
 初日の夜に日記と向かい合ったときはレオンに対する罵詈雑言しか浮かんでこなかった。面倒なことを命令してくるカムイへの苛立ちもあった。でも一週間経った今、タクミの心境は少しずつ変わり始めていた。あんこを侮辱された怒りはさすがにもう落ち着いていたし、日記を面倒だと思う気持ちも何度か書くうちに薄れていた。
 タクミは一つ前のレオンのページを開いた。文章を読み返す。
 彼のその日の日記は、今までに比べると嫌味の成分が薄かった。彼はタクミの出稽古のことについて触れていた。拠点でタクミを見かけて、日記の内容を思い出したようだった。特に書くことがないからとタクミが適当に書いた日記を彼はちゃんと読んでいて、内容も覚えていたのだ。臣下への扱いをたしなめる彼の一文が、タクミの心に引っかかっていたように。
 あの追伸を見た瞬間、かっと怒りが燃え上がった。そのままの勢いで日記の返事を書いたから攻撃的な内容になってしまったし、朝レオンに渡しに行ったときも思い切り不機嫌な顔を作ってやった。
 でもいくら攻撃的な日記を書こうがその一文はタクミの心に引っかかったままだった。そしてタクミにヒナタへの態度を省みさせ、もう少し優しく話しかけてみようとか、ヒナタの考えも聞いてみようとかいう気を引き起こさせたのだ。
 それを素直に日記に書くことはためらわれた。彼が正しかったと認めることは自分が間違っていたと認めることであり、癪だったし怖くもあった。それでいつもの意地っ張りでひねくれた書き方になってしまった。情けないことだがこれが精一杯だ。暗夜の豆のスープについても興味があったが「飲んでみたい」と素直に書くにはあまりに障害が多かった。
 この日記を読んだら、彼はどんな反応を示すのだろう。心境の変化についてしつこく聞いてくるだろうか。それともオーディンの話を続けるだろうか。自分の書いた日記に返ってくるレオンの反応は、今やタクミの楽しみの一つになっていた。それは静かな水面に小石を投げて、波紋が広がる様子を眺めたくなるような衝動に似ていた。
 カムイに見られても問題ない文面か、今日の内容をもう一度確かめる。初日のような小競り合いが続くようなら交換日記はもうしなくてもいいと言われそうだし、十分仲良くなったと判断されてもやはりもうしなくてもいいと言われるだろう。
 そのどちらにも引っかからない内容にちゃんとなっているかをタクミは何度も確かめた。

 翌日の朝、タクミは日記帳を持ってカムイの部屋に行った。レオンも一緒だ。三人でテーブルにつく。
 カムイは二人の交換日記を読むと、満足そうにうんうんとうなずいた。
「なかなかいい感じになってきているじゃないか。このまま続けるように」
 それだけ言って、カムイは日記帳をレオンに渡した。タクミは密かにほっとしたが、不満そうな顔を作るべきだったかと一瞬迷った。
 ちらっと隣のレオンの様子をうかがう。彼が不満そうな顔をしていたらそれにならおうと思っての行動だったが、彼の様子を見てタクミはぎょっとした。レオンはその場で日記帳を開き、タクミの書いたページを読み始めていた。
「ちょっ、こんなところで読むなよ」
「別にどこで読んだって同じだろ」
 読みながらレオンは「ふっ」と気になる笑いを口の端に乗せた。日記帳をパタンと閉じ、タクミを無視するように部屋を出る。
「おいっ」
 何なんだよ、今の笑いは。
 タクミは椅子を鳴らして立ち上がった。あわててレオンを追いかける。
 ツリーハウスの階段を駆け下りると、階段の陰になる場所でレオンが待ち構えていた。びくっとして立ち止まる。
 レオンはじいっとこちらを見てきた。
「な、なんだよ」
 切れ長の目に無表情で見つめられ、緊張で心拍数が上がる。何か言ってくるんじゃないかと思うと立ち去れなかった。例えば、さっきタクミの日記を見て笑った理由とか。
 レオンが口を開いた。
「夜、食堂当番なんだ」
「えっ、いや、違うけど」
 タクミはドギマギしながら答えた。朝は確か道具屋の店番があるが、夜に当番はなかったはずだ。
 レオンが軽く眉を寄せた。
「僕がだよ。僕が今日の夜の食堂当番なんだ」
 恥ずかしい勘違いに気づいて体温が上がる。言い訳をしようとしたら、それより早くレオンが言った。
「スープを作るんだ」
「う、うん」
 タクミは取りあえずうなずいた。
 食堂当番は軍全体の食事の責任を負うだけでなく、自分でも何か調理することになっている。だからレオンはスープを作るのだろうが、それがどうかしたのだろうか。
 にやっと笑ってレオンは言った。
「飲んでみなよ」
「はっ?」
「大豆で暗夜風のスープを作るから、口に合うかどうか試してみなよ」
 レオンは日記帳を持ち上げ、タクミに見せつけるようにひらひらと振った。
「飲んでみたいんだろう? 暗夜のスープ」
「なんでそれを」
 思わず本音が口から出て、タクミはぱっと口を塞いだ。きょろきょろと目が泳ぐ。
 レオンはまた「ふっ」と皮肉な笑みを浮かべ、タクミを置いて立ち去った。その笑い方は彼の前回の日記と同じように、今までよりも嫌味の成分が薄まっているように感じられた。

 午後になってタクミが食堂の厨房に入ると、レオンはゆでた大豆をザルに上げているところだった。作業の手を止めずにタクミをちらっと見る。
「楽しみにしているところ悪いけれど、完成まではまだだよ」
 それは言われなくてもわかっていた。決められた夕食の時間まではまだ一時間以上ある。
 タクミはレオンに近づいた。たっぷりの水を吸って膨れ、つやつやになった大豆がザルいっぱいに入っている。
「次はどうするんだ?」
「何? 手伝いでもしてくれるの?」
「そうだよ」
 タクミがあっさり言うと、目を細めて意地悪そうににやついていたレオンの顔がちょっとした戸惑い顔になった。あまり見ない表情を引き出せたことに気分がよくなる。
「なんだよ、僕が手伝っちゃ悪いのか」
「いや……。じゃあ、この豆を潰してくれ」
 わかったと言って、タクミは大量の豆の一部をすり鉢に移した。すりこぎで潰し始める。レオンも別のすり鉢に豆を入れ、すりこぎを手にした。二人で黙々と豆を潰し、潰した端から鍋に入れる。
 レオンが鍋をかまどに吊るし、別の鍋から濃い色のスープを加えた。水と牛乳も加え、熱をかけながらゆっくりと鍋の中をかき混ぜる。タクミは使った調理器具を片付けながら話しかけた。
「暗夜の汁物って、具材を潰すんだな」
 てっきり豆のまま汁に入れるのだと思っていた。サラダになって出されたときはそうだった。
 レオンが視線を鍋からこちらに向けた。
「潰さないスープもある。潰すのはポタージュっていうんだ」
「大豆を潰すのって味噌を作るときみたいだ」
 すりこぎで大豆を潰している間、味噌作りに似ているなとずっと思っていた。毎年冬になると、シラサギ城の使用人たちは城で使う一年分の味噌を仕込み始める。タクミ自身も子どものころ少し手伝ったことがあった。白っぽい豆がどうやってあんなに茶色くなるのかと不思議に思ったものだ。
「ミソ? あの茶色いベタベタした泥みたいなもの?」
 レオンが怪訝そうな顔になった。
「泥じゃない。大豆で作る調味料だ。味噌汁に使うんだ」
「ミソシル?」
 レオンがもっと怪訝そうな顔になった。
「ちょっと待ってろ」
 タクミはやかんに水を入れて火にかけた。厨房にある味噌樽を開け、中身を少し椀に取る。沸いた湯を椀に注ぎ、味噌を溶いて味噌汁を作った。馴染みのあるいい香りがふわっと鼻に届く。
 このまま飲んでしまいたい気持ちを抑えて椀をレオンに差し出す。レオンはそれを受け取り、代わりにお玉をタクミに渡してきた。鍋の底をかき混ぜるように言われる。レオンは椀を鼻に近づけて匂いを嗅ぎ、やはり怪訝そうな顔をして口を付けた。
 鍋をかき混ぜながら、タクミは固唾を呑んでレオンの反応を見守った。あんこのときは甘い豆だったから、口に合わないと全否定された。だったら塩辛い豆ならば文句はないだろう。それとも彼はまた別の不満を言うのだろうか。
「あっ、おいしい、これ」
 意外な反応が返ってきて、えっと驚く。
 レオンを見ると彼も彼自身の発言に驚いているようだった。思わず漏らした本音だったのかもしれない。タクミは得意になってにんまりした。
「おいしいだろう? 本当は魚の出汁も入れるんだ。これよりもっとおいしくなる。具材はどんなものを入れてもおいしいよ。味噌汁は僕の好物なんだ」
 タクミは機嫌良く味噌汁について語りながらレオンの手から椀を受け取った。浮かれている自覚はあったが多少は仕方がない。レオンに白夜の食べ物のおいしさを認めさせることができたし、しかもそれは自分の大好物なのだ。
「タクミ王子は味噌の汁物が好きなんだな」
 レオンはスープの鍋に調味料を入れてぐるぐるとかきまぜた。小皿に取って味見をし、塩を少し追加する。
 味見と調味が終わるとレオンはまた小皿にスープを入れた。先ほどよりも多めだ。そしてそれをタクミに渡してきた。受け取って、ふうふうと冷ましてから一口飲むと、牛乳ベースの優しい風味と肉由来の旨味が口の中に広がった。その後に豆の旨味が残る。
「どう?」
「おいしい。味噌汁とは違うけど、これはこれでおいしいな」
 タクミは小皿に残っていたスープを飲み干した。飲みたかったスープが飲めて、しかも期待していた通りにおいしくて、自然と笑顔になる。夕食にはいつも数種類の汁物が出されるが、今日はこのスープを選ぼうと決めた。
「そうか、よかった。実は僕も食べ物ではスープが好きなんだ」
「えっ、そうなのか」
 レオンも笑顔を見せていた。いつものような皮肉のこもった嘲笑ではない。タクミと同じように、彼も自分の好物を褒められたのが嬉しいようだった。しかも自分で作ったスープだ。誰だって嬉しいに決まっている。
「さっきの味噌汁、おいしかったよ。白夜のスープなんだろう? 次は出汁と具の入った味噌汁を食べたいな」
「わかった。今日のスープのお礼に次の食堂当番で作るよ」
 楽しみだ、とレオンは目を細める。
 その表情は何の含みもなく、純粋においしいものを期待する顔だった。いつもの厳めしい顔よりずっと年相応に見える。その裏表のない表情を見て、タクミは胸の奥がじわっとなるのを感じた。
……あのさ、日記にオーディンの任務のこと書いていただろ。あれって、どうなったんだ」
 胸の奥に広がったものをごまかすように話題を変える。
「ああ、一緒に考えてくれるんだったね」
 レオンはスープの鍋を火から遠ざけた。
「忙しかったら今でなくてもいいけど」
「時間はあるよ。タクミ王子が手伝ってくれたから」
 食堂に移動して並んで椅子に座る。レオンの相談に耳を傾け、タクミは自分なりの考えを話した。レオンの話を聞いているうちに、気づけば夕食の時間ぎりぎりになっていた。
 夕食では予定通り、タクミはレオンの作った大豆のポタージュスープを選んだ。一杯目を飲み干し、もっと欲しくなっておかわりもした。

 翌朝受け取ったレオンの日記には、嫌味の成分が薄れるどころかすっかりなくなっていた。手伝いと相談事への礼と、彼がどれだけスープが好きか、どれだけ白夜の味噌汁に期待しているかが書かれてある。タクミが味噌汁を作るときには自分が手伝おうかとの申し出もあった。そして最後に、なぜ手伝いに来ようと思ったのかと質問があった。
 タクミは日記を閉じて文机に置いた。この日記にどう返答すべきだろうかと考える。
 レオンを手伝いに行ったのは、スープに興味はあるけれど作ってくれることへの礼を素直に言えそうにないから、手伝うことでその代わりにしようと思ったからだ。でも今ならそんな回りくどいことをしなくても、感謝の気持ちを素直に書けそうな気がする。
 それから、食堂当番で作る味噌汁の具を決めるため、彼の好きな食材を尋ねてみるのもいいなと思った。