夢篠
2025-02-10 03:41:01
1747文字
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「私には勿体無い」

またしても何も知らなかった尊奈門の話

ナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエナマエ「また縁談を断ったそうだな」

五分咲きの桜を見上げるナマエの背に声を掛ける。その口調が図らずもナマエを責めるような物になってしまった事に、自分自身の事ながら頭を抱えたくなってしまう。いつも、こんな物言いしか出来ない。幼馴染として、私はただ、ナマエを心配しているだけの筈なのに。ナマエは吐息を転がすように笑った。風がナマエと桜を攫って、その光景が少し恐ろしかった。ナマエが消えてしまいそうな気がして。

……だって、私には勿体無いお話なのよ」

振り返って私を見詰めるナマエは困ったような顔をしていた。私が、ナマエを困らせている。何も言えなくなって自分の唇に歯を立てた。こっちの気も知らないで、ナマエは寂しそうに笑った。

「尊奈門だって、縁談が来てると聞いたわ」

「っ、私の事などどうでも良い!私は、……っ、当分家族を持つ気は無いからな!」

声を荒らげてから失敗した、と思った。ナマエの顔が悲しげに歪んだから。それでも、こっちの気も知らないで、と彼女を詰めたくなる気持ちも並行していた。

まだ何も知らなかった幼い頃、私とナマエは将来を誓い合った。親の意思の介在しない、飯事の延長線上のような、取るに足らない、特別で大切な約束事だった。ナマエは頬を真っ赤にして笑ってくれたから、だからナマエが年頃になった時、一番に話を持って行ったのは私の家だった。ナマエも当然その気なのだと思っていた。だがそう思っていたのは、私だけのようだった。

こちらには勿体の無い、ただそう言われただけだった。私だけがあの約束に舞い上がっていたのだと知って、頭を殴られたような感覚だった。あの寝苦しい夏の夜に幼い小指と小指を絡めて笑い合った、児戯に等しい約束を本気にしたのかと嘲笑われているような気がして。

ナマエにこの話が伝えられたのかは知らないが、あれからも私たちは何食わぬ顔で幼馴染として顔を合わせ言葉を交わしているのだから、恐らく彼女には縁談について何も伝えられなかったのだろう。私はずっと、いつか誰かの物になるナマエを、隣で見ていた。ナマエが誰かに嫁ぐまではきっと、諦め切れぬだろうなあと感じていた。だから早く、諦めさせて欲しかった。

「良い加減に腹を括れ!お前のお父上もお母上も心配しておられるだろう!」

だからこれは正論のはずなのにナマエは泣きそうな顔をして、「そうだね」と力無く笑った。何故かそれだけは覚えている。そしてそれが、きっと止めだった。

ナマエが里を出て行ったのは私が長期の忍務に出ている間だった。別れも告げられなかった。全てが終わってからそれを知らされた時、間違い無く私は私の世界から色が消えた事を感じた。何を言われているのか分からなくて、即座に彼女の後を追おうとした私を組頭が引き留める。いつも泰然としている組頭の気遣わしげな目が、「これはもう、取り返しのつかぬ事なのだ」と私に教えた。

ナマエは病でもう長くないよ。……最期の時を『一緒になる』と約束したお前にだけは、見られたくないと言ってた」

でも、だって、言葉にならない言葉が口から出てきてそして消えた。だって、私たちは約束したのに。大人になったら一緒になるのだと、約束したのに。私はずっと、その積もりだったのに。どうして、私を信じてくれなかった。どうして私に一緒に背負わせてくれなかった。ただ、ナマエの事を愛していたのに。

ふらふらと組頭の部屋を下がり、何処をどう歩いたのだか。ふと顔を上げたらあの桜の木の下にいた。私の気も知らないそれは満開の美しい花を咲かせていて、そう言えば、あの日がナマエと最後に言葉を交わしたひと時だったのだと気付いて、私は私がナマエに掛けた言葉を思い返して、あの時ナマエが何を思ったのかどう感じたのか、想像を巡らせようと思ったのに恐ろしくなって思考が働かなかった。あの日のナマエの泣きそうな顔が、私が見たナマエの最期の顔だったのかと気付いてしまったら、私はナマエを愛しているのだと想う資格ももう、無いような気がして。