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みすず
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創作
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くもうん
ハンドクリーム。
「翔の爪、最近ちょっと荒れてない?」
休み時間、自身の手を取ってしげしげと見ながら言った恋に翔は目を丸くし、すぐに「ごめん」と謝った。
「え、なにが」
「痛かっただろ
……
? やすりかけたりはしてたんだけど」
自分でも確認したところ、欠けたりささくれてはいないように見えるが、それでも繊細な部分に触れられる恋にとっては違ったのかもしれない。
小声で申し訳なさそうに言えば、ぱちぱちとまばたきをした恋の顔がさっと赤くなり、ゆるゆると横に振られる。
「ち、違う
……
痛くない、ほんとそれは平気
……
」
そうじゃなくてね、と恋は赤い顔のまま細い指先で翔の爪を撫でる。擽ったさから跳ねた指先をやわく握っては離し、もう一度爪を撫でた恋は眉を下げて「やっぱり」と困ったようなため息を吐いた。
「ほら、白くなってる
……
」
比べるように並べられた恋の手は自分のものよりもひと周り小さく可愛らしい。小さいものは可愛いと清少納言も言っている。
思考が横にずれたものの、恋の指摘に改めて自分の爪を見つめた翔はやっと恋の言った通り爪が磨り硝子のように白く傷ついていることに気づき「なんだこれ」と呟いた。
「乾燥じゃない? でも手自体はそんなでもないよね
……
なにか心当たりある?」
心配そうに言われて考えた翔はひとつ思い当たることがあり、ぎゅっと眉を寄せた。
「國正だ」
「小宮くん? なにかされたの?」
恋の顔が愛廻の机に手を突いてでれでれと彼を見ている國正のほうへ向き、翔の爪と見比べて困惑した表情になる。翔と國正は親しさからくる小突き合いをすることも多いが、あくまでじゃれ合いであって陰険なやり取りはしていない。ましてや爪の表面という針の先で狙ったような場所を攻撃することなどないと恋もきっと分かっているだろう。
「あいつ、不来方さんにネイルできるようになりたいって俺を練習台にすることあるんだよ」
普段であれば恋を送ったりそのままデートすることもある放課後、昨日は偶々恋に用事があったため翔には時間があった。それを知った國正が文字通り手を貸せと言ってきたのだ。
「へえ
……
でも落としちゃったんだ」
「大分がたがただったから
……
」
「ふふ、そっか。え、でもこんな乾燥してるのやばくない? オイルとかクリームちゃんと塗った?」
「
……
塗ってない」
「なんでっ?」
「お菓子作りするから
……
すぐに手洗って落ちるし」
「あー
……
そっかあ。でも、だめだよー。いまは白っぽくなってるだけでも、そのうち欠けたり指自体も乾燥するから」
「絶対に塗ります」
爪と指の状態が悪くなるのは看過できない。これは翔だけの問題ではないのだ。
神妙な顔で頷いた翔に「ちょっと待って」と机の横の鞄にごそごそと手を入れた恋は小さなチューブを取り出した。ハンドクリーム。
「桃の匂い平気?」
「大丈夫だけど
……
」
「じゃあ塗ってあげる」
ふにゃりと笑う恋は自身の手にハンドクリームを取り出すと軽く擦り合わせてから翔の片手を握り、丁寧にマッサージを始めた。ふんわりと香る甘い桃の匂いは恋の髪色や目の色を想起させて翔の顔は自然とほころんでいくし、その手も自分より少し体温の低い恋の手にもちもちと揉まれ、指先へ重点的にハンドクリームを塗り込まれてつやつやになっていく。
「ほら、こっちと全然違うでしょ」
「うん
……
」
気持ち良くてぼんやりとした声で返事をしつつ、翔の目は反対の手も同じようにマッサージを始めた恋の手元に釘付けである。翔とは違って日頃から気をつけているのだろう、指先まで柔らかくて爪はぴかぴかの桜色。いまはハンドクリームもあって一層しっとりすべすべで、翔はつい指を絡めるように恋の手を握った。
「んふふ、これじゃちゃんと塗れないよー?」
「ごめん、つい」
「いいけどね、塗り終わってからね」
もちもちと改めてハンドクリームを塗り込められ、互いの手がぽかぽかになった辺りで恋が「終わり!」と翔の両手をきゅうっと握った。潤った手は吸い付くようで、ただ繋いだだけでもいつもより恋の肌を近くに感じるのが翔の胸をそわそわさせた。
「ありがとう。めっちゃすべすべになった」
「でしょ? こまめに塗らないとすぐにかさかさになっちゃうから気をつけて」
「うん、気をつける
……
今日ハンドクリーム買って帰るわ」
「
……
オレがまた塗ってあげよっか?」
握り合ったままの手、すり、と指が擽るように絡められる。
「いいの
……
?」
「
……
うん。オレにも関係、あるし」
俯いた恋の髪が頬へ落ちる。覗いた耳は桃よりも赤い。
翔は何故ここが学校なのか、教室なのか心底意味が分からなくなった。人目さえなければ今すぐ恋を抱き寄せて唇を喰んでそれ以上のこともできていたし、していた。
ぐ、と鳴る喉。
「
……
今日、用事ある?」
「
……
ない」
「じゃあ、うち来てくれる?」
「
…………
うん」
こくん、と首を上下させた恋の潤んだ目。翔はやはりどうしてここが学校なのか教室なのか意味が分からない。恋人のこんなに可愛らしい様子を見てなにもしないのはなんらかの法に触れているとしか思えないのだ。
確認した時計の針はまだ昼も指していない。帰ってしまうには面倒な教師の担当科目がある。恋と手を握り合っていなければ、翔はそれこそ爪が白くなるまで拳を握りしめていただろう。
そして誠に残念閔子騫。休み時間の終わりを告げる鐘も鳴る。
名残惜しさを隠さず放した恋の手、離れて感じる冬の空気は前よりも冷いが交わした視線は雪も溶かさんばかりに熱っぽく。
果たして今日の授業は真面目に受けられるだろうか。まったく自信のない翔に恋が一瞬顔を寄せる。
「昼休みにね
……
」
──昼休みまでの授業、翔は指されてもまともに答えることができなかった。
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