アユム
2025-02-09 22:25:21
3404文字
Public khmdワンドロワンライ
 

早春の日に寄せて

初恋を自覚した斑がこはくの誕生日を祝おうと考えるはなし/ES3年目妄想

 その日を意識したのはいつだったか。時間的に考えればつい最近なんだろうが、もう遠い昔のようにも思えるなあ。それだけの関係を、築いてきたと思っていいんだろうか――俺と、こはくさんは。

 干されているとはいえ、それでも忙しかった年末の歌番組ラッシュが終わる。年が明けて、Jと出会って。こはくさんも加わって束の間の三人家族になったりもした。
 そして、俺たちは離れることを決意して。

 たくさんの難しい感情や割り切れない気持ちも、それらを含めて門出であると送り出してくれたのは、他ならぬたった一人の相棒だった。


 春にはCrazy:BもMaMも仕事が舞い込み、トラブルもありながら彼も彼らしく元気にやっているようだ。それがなによりだ! 奮起一番! 意気軒昂!

 勇気を胸にそんなことばかりを考えていたES二年目の春先から、更に驚くほど早く一年近くの歳月がすぎた。
 例によって年末の歌番組ラッシュ、年始のバラエティラッシュの仕事を無事に納め、ようやく年明けらしい休日を手に入れたのは、一月の半ばのことだった。仕事があるのは有難いなあ! なんてしみじみと思いつつ、お祭り男も疲れはするんだなあと今更ながらに自覚したりもする。
 ……あの子は、――こはくさんは、今どうしているだろうか。


 年末年始特番は控え室もメイク室も、当然ながら彼とは別だった。
そんな忙しい日々の喧騒の中で、一度だけ、ゲネプロの舞台袖で桜色の髪を見つけたことがあった。軽く手を振れば、一歩半程距離を詰めてきたこはくさんが〝どうや?〟と口を開いた。〝うんうん! なかなか格好いい男の子になってきたんじゃないかあ?〟と返せば、〝そういう意味で言っとらん。そっちは最近どうやっち意味や〟と少しだけ語気を強める彼を見て、ああ、もう格好いいと言われることにも慣れた頃なのかと。
 ふと、胸に冷たく痛い風が通った気がした。

 結局俺は例によってふざけながら当たり障りないことを言ってしまったから、こはくさんはいつものように不満そうにした。そして、〝まあ、そこそこ元気やっちことやな。楽しそうで安心したわ〟と、そう残して蜜蜂の群れの中に戻って行く。
 その背に手を伸ばしかけて引っ込めた。

 ふわりと瞬間に吹き荒れた春の嵐のようなあたたかくて強い風が俺を包んで、胸が高鳴る。
 痛いほどに熱く感じる鼓動。
 吹き荒れる風に、柄にもなく少しだけ頼りなくよろけそうになった足をしっかりと地面につける頃には、晴れやかな気持ちが目の前に広がっている。

 ――ああ。俺は。こはくさんのことが好きなんだ。

 この足掛け三年の不確かな気持ちに、ついに名前をつけてしまった日。


 あまりにすとんと腑に落ちてしまったわけだが、それからの日々は大変だった。
 まず常に頭に顔が浮かぶ。こはくさんを彷彿とさせる桜色のものに目が行って、つい手を伸ばしてしまう。スバルさんには〝最近マム先輩がかわいー!〟と騒がれ、宙さんには〝楽しくて幸せの色な〜♪〟とにこやかに声をかけられ、渉さんには〝薔薇の花を贈りましょう〟とAmazingなブーケを差し出される始末だ。
 我ながらかなり、かなり、こはくさんにまいっているらしい。

 そんな折。ふと、誕生日の話題が持ち上がった。なんともない日常会話の中に紛れた〝誕生日〟の文字に、すっかり桜色に染まってしまった俺の胸が跳ねる。
 もうすぐだ。二月五日だ。こはくさんの誕生日。

 知る気もなかった、Double Face結成の頃。しかしビジネスパートナーである相手のプロフィールに目を通せば、持ち前の記憶力で即座に覚えてしまった。

『No name yet』を披露したあのライブの頃。こはくさんが〝Double Faceの結成10周年〟なんて言うから、いつかお酒を飲み交わす日が来るんだろうかなんて、わかりもしない不確かな未来を夢想してしまった。

 こはくさんがあんまり意地らしく可愛く見えて微笑ましくて、揶揄いながらうさぎダンスの動画を取った。その頃には、こはくさんの誕生日を共に祝おうという気持ちが、当たり前に芽生えていたんだ。

 そう気づいたらいても立ってもいられない。そのまま身一つで星奏館を飛び出していた。
 誕生日までに、なにか贈り物を……なんて。あまりにらしくない行動を行き当たりばったりでしてしまっている。
 行きつけのサロンやブティックに入ってみたものの、こはくさんとは趣味が違う。
 こはくさんの好きそうなものを探そうと、休日の渋谷と新宿、原宿、横浜方面までと矢を射るような勢いで歩き回った。

 ない。
 なにもない。わからない。

 結局俺はこはくさんのなにを知るでもなく、ここにいる。

 空っぽの両手で虚しさを抱えて星奏館に近づく頃。
……ああ」
ふと、自分の頬が綻ぶのを感じた。


「で? なんの用や?」
肌寒いどころか極寒の空中庭園にこはくさんを呼び出したのは、誕生日をすぎてしまった二月十日のことだった。
「緊急ミッションなんっち言いよったけど、結局野暮用と違うんか?」
そう揶揄うこはくさんは、多分もう俺の目的なんかとっくに知っている。けど、その耳と頬が少し赤いのは風が冷たいせいだけじゃないと、そう思ってもいいかなあ?
……こはくさんが察しているとおりの用事だなあ?」
〝君にプレゼントだ〟と、感謝とお祝いを伝えるつもりだった唇は皮肉を込めた言葉を紡ぐ。ああ、もう。しかたがないなあ俺は。こはくさんを前にすると出てくるこの手の言葉は、DoublFaceで活動していた間から続くものだ。天邪鬼にも程がある。随分素直に話せるようになった自覚はある。が、いかんせん今日は上手くいかない。うーん、まいったなぁ……
「どんなええもんか楽しみやわ♪」
独特の笑い声を響かせながら俺の顔を覗き込むこはくさん。その距離が、出会った頃より一センチだけ近づいた。そんなことが微笑ましくて嬉しくて、恥ずかしくて、つい揶揄う言葉を零してしまって怒られたのは一年ぐらい前の頃だったかなあ。
浮遊しがちな頭で、
「はは! 期待してくれていいぞお☆」
また大袈裟に見栄を張ってしまった。
 ウキウキとよく分かりやすい表情で、和紙の紙袋をつつくその指はがあの頃より少しだけ力強く映る。
「わぁ……
そしてあの頃から変わらない純粋なその感嘆の声。少しだけ低くなったというのに。可愛らしく響く無邪気な声。
……おおきに」
少し俯き加減に告げるその声が小さくなって掠れているのは、寒さのせいだけじゃなくて。
……君に、似合うと思って。……いや、」
俺と同じだと、
「君と、……こはくさんと食べようと思って」
思っていいかなあ?

 藤色の包みの中から現れる、瓶に詰められた桜色の琥珀糖。そして同じく瓶の中を彩る桜色の金平糖に、少しだけ混じる緑色の金平糖。

 明らかに誰かを思わせてしまうその小瓶に詰めた想いは、今や数知れず。幾重にも折り重なって複雑なそれを、あまいあまい砂糖に託した。

「ふふ」

 やっぱり、君はそうやって笑うんだなあ。幼くて、純粋で、少しだけ切なそうに。それでも真っ直ぐにこちらを向いて、春先に花を綻ばせる桜の木のように凛と。

「おおきにな、斑はん。それにしても、斑はんからの贈り物にしては随分可愛らしいやないの」
「年上を揶揄うのはやめなさい」
「なんや? もうおっさんの仲間入りしとるんか?」
「いくらママでも怒るぞお?」
……案外かわらんね、わしら」
……そうかあ? 随分違うと思うけどなあ」
「確かにぬしはん、飼い慣らされた猫みたいになったわ。前言撤回しとこか」
「こはくさんの反抗期だか暴力亭主だかわからないところも収まりがついたみたいでなによりだ☆」
「やかましいわ! こんボケナスが」
「それそれ! 懐かしいなあ!?」

 そんな、くだらない、なんでもない、実のない、たわいない会話が心に染み入る。

……誕生日おめでとう、こはくさん」
「おおきにな。……来年も、隣で祝ってや」
「その任務、確かに引き受けたぞお!」

 ああ――贈り物を貰ったのは、俺の方かもしれない。

fin.

こは斑ワンドロワンライ
【誕生日】
60min+15min