彼の主人は意地悪で、庭の草刈りのときに手袋を与えてくれなかった。頑丈な革の手袋がなければできない仕事だと知っていたはずなのに、わざと忘れたのだ。
その悪意をわかっていて、彼は黙って飲み込んだ。その泣きも笑いもせずひたすらに辛抱強いところが、気に食わないと思われていたのだろう。わかっていても、どうしようもないことだった。
だからと言って意地悪な主人の気を紛らわせるために、芸をする猿のように泣いたり怒ったりするのは、いかにも馬鹿らしいことだからだ。
素手で庭の雑草を掴む。それは硬い棘が生えたいらくさで、しかもその棘には毒があるのだ。手は真っ赤に腫れ上がった。
それでも痛いなどと不平を言えば、打擲される。仕事を終えねば給金も食事ももらえない。
だから彼は、素手で草刈りを続けた。
手は真っ赤に腫れ上がり、痒みを発している。しかしものが触れたら痛むのだ。体はぼんやりと熱を帯びてくる。毒を伴う怪我をするとはそういうことだ。
朦朧としていた彼は、背後に人が立っていることに気づかなかった。
「痛そうだな」
後ろに男が立っていた。
彼は地面にへばりつくように、頭を下げた。大人が目の前に現れたら、ともかくそうしておけと言われていたのだ。
着物の裾から、良い匂いがした。香を焚きしめてあるのだろう。
話しかけてきた大人は泥が少しもついていない沓を履いていた。着物の裾の色は、桔梗ににた紫色だった。
それは最も位の高い人に飲み許された色だったが、地面に伏す彼はその色を知らない。生涯知らずに生きていく身分のものである。服に色がついていたら、それだけで偉い人だ。
一体、何の用なのか。何の要件であったとして、応じようがないに違いない。使う言葉が違う。日頃使っている道具ですら丸ごと違う。たとえここに水を持ってきて欲しいというような単純な願い事であったとして、下働きの少年には答えられるはずがないのだ。
「そこに座って少し指先を冷やしなさい。軟膏を取ってきてあげよう」
男は彼に、井戸水で冷えた手巾を差し出した。訳もわからず、手に乗せられたそれは雲に触れたかのように重さがない。
男の哀れみは、一人の貧しい子供のその後の人生を変えたのだ。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.