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Hizuki
2025-02-09 22:00:50
3439文字
Public
あんスタ[零薫他]
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温もりを求めて
【あんスタ】零薫。冷えた手を温めてほしい零と、とあることに気付かなかった薫の話。寮出て一人暮らししてます。温めてほしいとは言ったけれど。
冬という季節は、どうやら自分の雰囲気に似合うらしい。シーズン中に二度三度と撮影があるのもザラで、おまけに『夜闇の魔物』というユニットの方向性もあり、その時間帯は夜になることが多かった。日中よりも気温は下がり、スタッフができる限りの対策をしてくれたとしても、当然ながら身体が冷えることは避けられない。終わると同時に暖を求めるのは自然な成り行きだった。
「薫くんや~寒いから温めておくれ〜」
「え~冷たいからやだ〜」
外気で冷え切った手を薫くんの方に伸ばせば、そんな無慈悲な言葉でばっさりと切り捨てられる。とはいえ本気で断るような調子ではなく、代わりに自身の手に触れたのは人肌よりも温度の高いそれだった。
「ほら、こっちの方が温かいでしょ?」
薫くんから渡されたのは白くて四角い形の不織布のそれ、中では黒い砂がざらりと音を立てる。いわゆる、使い捨てのカイロだ。自身の撮影上がりに合わせて温めておいてくれたのだろう。
「我輩、薫くんの方がいいんじゃけど
…
」
「はいはい。さ、スタッフさんに挨拶して帰るよ零くん」
こうして薫くんに流されるのはいつものこと。確かにカイロの方が温かいことは間違いないし、外で人目を気にしているというのも分かる。けれども、人工的なそれよりも薫くんの温もりの方が欲しいと思ってしまうのも、人肌が恋しくなるこの寒い季節ならではのことだった。
冬の夜のしんとした空気の中で鳴り続けていたシャッター音が止んだ。スタッフ達がモニターの前に集まり、写真を確認し始める。自身もそちらに向かい、ずらりと並ぶそれに目を向けた。これがいい、という満場一致のものがあったようで、スタッフ全員の同意の元、予定していた時間よりも早めに終わることとなった。
今日の仕事は薫くんと一緒で、自分の方が後の撮影だった。テーマの都合で自分より先に撮影を済ませた薫くんは『零くんが終わるまで待ってるよ』と言って、暖を取るために置かれたストーブの側に座っていた。終了の声が飛んだことで、撤収作業も始まる。少しだけ温まってから楽屋に戻ろうと、そのまま薫くんの元に向かう。お疲れさま、と互いを労う声をかけ、泣きつくように手を頬へと伸ばした。
「薫くん温めておくれ~」
もちろん演技ではあるのだけれど、衣装の関係で素手だったこともあり、手が冷えているのは本当のことだった。いつものようにひょいとかわされるかと思いきや、薫くんは予想もしなかった行動に出た。
「零くんの手ひんやりしてて気持ちいい〜
…
」
「
…
えっ」
あろうことか薫くんは頬を自分の手に寄せてきたのだ。
しかも、予想外の言葉を添えて。
「
…
どうしたの零くん?」
間抜けな声を発した自分に、薫くんはきょとんとした顔で首を傾げる。今日の撮影の時の真っ白の衣装でその可愛らしい表情と仕種をしようものなら、今この場で自分は心臓を押さえて倒れていたかもしれない。惜しいとは思うものの、ちゃんと着替えて、防寒用のコートを着ていてくれてよかったとも思う。
…
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
「どうしたのはこっちの台詞じゃよ
…
。いつもは冷たいと言って逃げよるのに
…
」
「ん~
…
でも気持ちいいんだもん
…
」
戸惑っている間にも、薫くんはこちらの手に自分の手を添わせ、じんわりと温もりを移してくれている。目を細めてほっとしたように息を吐いた。ストーブの側にいた薫くんは、間違いなく今の自身よりは熱を持っている。けれど、これはきっとそれだけで説明がつくものではなかった。
「
…
薫くん、おぬし熱あるじゃろ」
「
…
え?」
今度は薫くんが不思議そうな声を上げる。頬から手を外して額に当てれば、外にいることを差し引いても明らかに温度が違うことが分かった。こんな寒いところで悠長にしていられない。薫くんが座っている隣の椅子は自分が座っていたもので、同じように防寒用のコートがかけられていた。そのポケットから自分のスマートフォンを取り出すと、発信履歴から普段から使っているタクシー会社に連絡を入れる。到着までの時間を確認して、手早くスタッフに挨拶を済ませると、薫くんを連れて楽屋に戻った。着替えるのは自分だけで、メイクを落とすのも後回しでいい。今はとにかく薫くんを家に帰してベッドに寝かせることが最優先事項だった。
二人分の荷物を持ち、ぼんやりとした様子の薫くんを支えながらタクシーに乗り込んだ。安全第一で、けれどできる限り急いで車を飛ばしてもらい、鍵を借りて薫くんのマンションのドアを開ける。ベッドでそのまま眠っても大丈夫な状態を調えて熱を測ってもらえば、案の定体温計は38度台というなかなかお目にかかれない数値を示していた。よくこんな状態で動いていたものだ。ベッドの側のテーブルに水を張った洗面器を置き、小さなタオルを沈める。それを絞ると、薫くんの額にそっと乗せた。
「
…
どうして先に言わんかったんじゃ?」
「言わなかったっていうか
…
全然平気だったんだよね
…
」
問い詰めるつもりは一切ない。ゆっくりと問いかければ、薫くんはさっきよりも辛そうな声でそう返してくれた。
「
…
っていうか、言われるまで本当に分かんなかった
…
」
本人が口にした通り、本当に気付いてはいなかったのだろう。自分が指摘したことで、薫くんの中で意識と感覚が一致した、というところか。今日の仕事が薫くんと一緒でよかったと心から思う。もしかしたら現場で倒れていた可能性だってある。
「最近立て込んでおったからのう
…
それで感覚が鈍っておったのかもしれぬな」
ここしばらくはUNDEADとしての仕事ではなく、個人の仕事でスケジュールが慌ただしかったことを知っている。そして、今日の仕事がこの猛スケジュールの最後の仕事だったことも。
「
…
久し振りに零くんに会えてほっとしたのもあるのかも」
「全く
…
」
薫くんは普段よりも幼く見える表情をこちらに向ける。予想もしなかった言葉が返ってきて、口元が緩んでしまった。それをごまかすように薫くんの額からずれてしまったタオルを乗せ直す。
「少し買い物に行ってくるけれども、何か欲しいものはあるかえ?」
とにかく寝かせることを優先させたが故に、必要な物の買い出しまで手が回っていない。さっき軽く冷蔵庫も覗かせてもらったけれど、ほとんど空っぽと言っていい様相だった。本来明日からのオフでそちらは補充をするつもりだったのだろう。
ざっと買うべきものを頭に思い浮かべる。ひとまずは薬とスポーツドリンク、数日分のレトルト食品、それとゼリーやアイスあたりもあった方がいいだろうか。自分も明日がオフならば最低限のものだけを揃えて、薫くんが眠ってからもう一度出るということもできるけれど、流石にそこまでうまくは回らない。他に欲しいものがあれば、と尋ねてみれば、薫くんは小さく首を横に振った。
「ううん、特にはない、けど
…
」
「けど?」
そこで言葉を切ると、被っていた布団を口元まで引き上げる。続きを促すように問い返すと、様子を窺うように上目遣いでこちらに視線を向けた。
「
…
できたら、早めに帰ってきてほしい
…
」
弱々しい声で続けられた控えめな願い事に、思わず手で顔を覆う。この状況で不謹慎だと思いながらも、あまりの可愛さに深い息が漏れてしまった。顔を背け、頭を振って意識を切り替えると、そのまま薫くんの頭に手を伸ばしてそっと撫でる。
「
…
すぐに戻る」
「
…
ありがと。待ってるね」
ヘッドボードの端にちょこんと立っている手のひらほどの大きさのぬいぐるみを薫くんの側に置いた。赤い瞳に紺がかった黒い髪、淡いクリーム色の熊の着ぐるみを着たぬいぐるみは、自分をモデルにされたものだ。体調が悪い時はどうしても心も弱ってしまう。代わりにはなり得ないけれど、せめてこの場を離れている間だけでも薫くんが寂しくないようにと。
自分の鞄を持って立ち上がって部屋を出ると、静かに玄関のドアを閉めた。普段は困らないものの、こういう場に出くわすともう少し自身が電子機器を使えたらと痛感する。食事のデリバリーだけではなく、今は買い物さえもスマートフォン一つで頼めるご時世だ。そうすれば、弱っている薫くん一人を残して外に出るなんてこともせずに済む。一度ちゃんと教えてもらって覚えるか、と思いながら近くのドラッグストアへ足を向けた。
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