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彌夜
2025-02-09 19:11:50
4390文字
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景丹
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銀猫は未だ夢の中
拙作は景丹🦁🍁となります。
現パロ転生記憶なし年下🦁×記憶あり年上🍁の捏造設定でやりたい放題。嫌な予感、地雷を察した方はご遠慮ください。
大丈夫という方は楽しんで頂けますと幸いです。
端的に言うと🍁が🦁を可愛い可愛い言って甘やかしているだけ(?)のお話。
【銀猫は未だ夢の中】
膝上を猫に占拠されている。
正しくは猫科の動物を彷彿とさせる子供に、か。おかしい。深々と夜の帳が下りる中。確かに丹恒はソファで一人読書に勤しんでいた。だが気付くと、銀の仔獅子が我が物顔で丹恒の膝を陣取っていたのだ。
幼子は丹恒の腹へ顔を埋め、押し退けても無駄だと太腿に小さな手でしがみついている。服越しに丹恒の薄い腹筋へかかるのは、煮詰めて砂糖を足したミルクのように甘い寝息。妙な角度でよく眠れるものだ。ぱちぱち仮初の焔を燃やす暖炉で照らされた頬はまろい。熟練の匠が手掛ける餅菓子より白くもちもちした輪郭。薄く頼りない耳が飛び出る梳られた髪は、ゆるく波打つまま、その毛先へ朱金の火の花を咲かせている。暖房で温まった部屋と自分の体温が相まり熱くなったのか。しっとり浮かぶ汗でこめかみへ貼り付く髪を掬うと、細く癖のある銀が指に絡みつく。むぅ、とむずかり声すら愛おしく、ついつい丹恒の口端も仄かに緩んだ。
姿が同じだと反応も似るのだろうか。
記憶にある大人の彼も丹恒の膝を借りて憩う度、こうしてぐりぐり臍目掛けて頭を擦り付けたものだった。くすぐったくて形だけ咎めると、照れ隠しはお見通しとばかりに透ける金の瞳の中で、丹恒はぎこちなく笑っていた。
何の因果か再び巡り合ってしまった今世、丹恒は現在の景元に記憶がないのに、信じてもいない神へ感謝した。そう。本当は丹恒は酷く怖かったのだ。知り合いが増えるほど、景元が近くで呼吸している可能性が浮き彫りになるほど。
一度目はきちんと見送れた。ようやく安らぎを得た魂が弔われるのを喜べた。愛されたからこそずっと辛かったひと。優しすぎて、自分を置き去りにしたものすべてを捨てられず、水面下で足掻き続けたひと。丹恒が慕ってやまない気高き黎明。まだ共にいたいのだと、無理矢理引き留めたがる龍の嘆きには、必死に聴こえぬふりができた。旅の途中で崩折れるのを丹恒の矜持は許さなかったから。
だから再び目の前に現れたら。二度目を看取れるなんて、到底想えなかったのだ。
誰よりもわかっている。故人と今を生きるいのちを同一視するのは、最悪の罪だと。心臓を掻きむしってもまだ追いつかぬ生々しい痛みを知っている。なのに影と重ねるのはやめてくれと叫び、古傷を慈しむ男に我儘を言い募ったくせに、立場が逆転したら未練がましくこの体たらく。愚か極まりないと自嘲は尽きない。
辿り着いた終幕。不朽に溶けて微睡んだ薄暮れに、あの時代の恋も終わったのに。
救いなのは今世の景元が丹恒よりも齢がずっと下で、過去を思い出す素振りが無いことだ。でなければもっと早く離れていた。これなら不慮の死さえなければ、少なくとも、先に逝くのは丹恒の方である。
丹恒は決めたのだ。もう運命に葛藤せず、当たり前で幸せな生涯を景元に謳歌させると。今度は己が普通の人として笑い、怒り、泣いて、そうして歩いていくのを波打ち際で見守るのだと。それが夢から醒めた丹恒の白昼夢めいた現実で、側に身を置く建前だった。
引き締まった膝を占める子供の体温は泣きたくなるほど暖かい。それは丹恒を包みこんでなお余りあった逞しい体躯には届かないけれど。愛おしいから哀しくなるのは変わらないのだ。ぐんにゃり凭れる体重を支える太腿が、じんわり汗ばむ。幼いいきもの特有の高い熱は、昔と変わらぬ低体温の丹恒にはやや辛い。けれど揺り起こす気にはなれなかった。想い人をそのまま小さくした姿はいつになっても見慣れず不思議で、同時に、胸の奥から滾々と庇護欲が湧いてくる。龍の本能が護れと囁く。否。龍ではなく、他ならぬ丹恒自身としての願いだった。例え大事に過ごした思い出が筐の隅で風化しても良いのだ。つい同一視してしまうのは、悪い癖でしかないのだから。
(あの人とこの子は別人。
…
だけど、同じ見た目、同じ考え方。俺へ向ける声の響きさえ寸分違わない。こんな風に俺と丹楓の面影で苦しんだあの人の気持ちを、身を以て知るなんて)
さぞ悩んだだろうな。よくこの想いを成就させてくれたと空笑う。もう傷つく隙間さえなかった心臓でよくぞ。丹恒が色づけた恋慕は、哀愁の前に報われぬ勝算の方が高かったのに。
あの時代。共に過ごせた時間は星が燃え尽きるよりずっと短かったけれど、充分に愛したし、愛された。再びはないと、幸福の裏で深々と積もる切なさすら分け合えた。もうこれ以上無いくらい。
だから今世、愛の形は違っても良いだろう。
「
………
」
吐息で名を呼び、身を屈める。むきゅう。膝頭と腹に挟んで少しだけ潰れた景元の呻きは幻聴かもしれない。覗き込むと変わらぬ寝顔。付き纏う憂いの影を拭い、あの人が本当は浮かべていて良かった筈の、ひどく穏やかな表情。やや躊躇い、それでもゆるゆるその目元のほくろに唇で触れようとして。
薄っすら瞼を上げる金色に動きを止めた。
「
…
残念。目を開けるのが、早かったかな」
ふくふく綻ぶ笑みは春の申し子。悪戯が失敗しても開き直るふてぶてしさは歳の割に板につき、つい笑って許してしまう可愛げがある。
老獪で、でも懐深かったあの人に似通わなくていい。どうかこの利発で愛嬌溢れるがまま育てばいいのだ。
口づけの代わりに、柔らかな頬を突っついた。
「こら、遊ぶな。気が済んだならどいてくれ。こどもは部屋で寝る時間だ」
「丹恒がちゃんとおやすみのキスをしてくれたらね」
「今しようとしていただろう」
「する場所が違うよ」
「最近の子供はませている。何処からの入れ知恵だ
…
。はぁ、頼むから安売りだけはしないでくれ」
「勿論だとも。君にしかせがまないさ」
ツンと尖らせる花唇は瑞々しく熟した野苺。ぱぁっと鮮やかな赤は、手慰みに読んだ神学書の一文にある、聖母が好んだ恩寵だ。荒野を彷徨う巡礼者の喉を潤した果物に似ているそれが、さあお食べと丹恒を優しく誘う。口にすれば胸に空いた虚ろも愛しみも癒えるのだと。
ふらふら操られるように、丹恒は顔を近付ける。半開きになるあわい。くつりと仔獅子の喉が鳴るも、餌にありつけはしなかった。
「
…
いつかに、取っておけ」
「
………
私に分別がないわけではないよ?」
「知っている。だが、貴方の為だ」
指一本。二人の間を遮る丹恒の人差し指を、不満を露わに景元がなじる。対する丹恒は何処吹く風。
昔は逆だった。唇を優しく逸らしたのは男の方。丹恒が仕掛けるのを、何時だって景元は余裕綽々にはぐらかした。好意が刷り込みや気の迷いでないか測られていたのだ。当時は腹立たしくて仕方なかったけれど、あの獅子なりの執行猶予。鎖巡らされる水槽を離れた丹恒が再び檻へ戻るのを複雑に想っていたのだろう。血を吐きながら手にした自由が、自分の側ではまた喪われると信じきっていた。あながち杞憂でもなかったけれど、丹恒は唯々諾々と、運命の織り手へ従ったりしない。結局頑固な男と結ばれたのは、力尽くで押し負かしたようなもの。
今考えると向こう見ずな己の青さに感嘆する。あんな無茶苦茶はもう出来ない。況してや今の彼は、別の彼なのだから。
そう。他人の空似だから違って当たり前。だから丹恒は子供と唇同士を交わせない。この唇はあの時代愛し、愛してくれた男のものだから。まっさらになった幼子の初めてを奪ってはいけないのだ。
まだ傷つくのを知らぬ蜜の瞳が狡くなった丹恒を見上げる。
「いつかとはどれほど先を指すんだい?」
「さあな。貴方がもっと成長して、大人になったら分かるだろう」
「私は立派な大人になるとも」
「ああ。貴方はきっと誰からも好まれ、誰かを慕って、幸せな生涯を送ると約束する」
「そこに君は居るのかな」
「
…
ああ。貴方が健やかにあれるよう、いつでも手を尽くす」
そういうことではないのだけど、と物言いたげな形良い頭を撫でてぼかす有耶無耶。美しく澄んだ景元の目は見返せなかった。ちらちらかげろう火の影を呑んだ金は、雷君を召喚する神々しさを思い起こさせる。硝子玉に儚い金の燐粉を集めたよう。だが現実で彼を載せた膝はまだ痺れもしていない。それほどまだ軽いいのちを、これから巣立ちゆくまでとぐろに抱き、守り抜くのが今生の命題だ。
だからどうしたって丹恒の感情は懸想でない。
恋ではない。恋であってはならない。
今度こそ彼が何のしがらみなく、幸せになって欲しいから。
膝に座り込んだまま、くうっと仔獅子が伸び上がる。成長途中の腕でしがみつくのは丹恒の首周り。抗議のつもりか、可愛いものだ。頸動脈沿いに生えた鱗を隠すハイネックがずれぬよう気にしつつ、柔らかくあたたかな生き物を、落とさないようしかと抱きとめる。ふわふわした銀のたてがみからオリバナムに似た昔の男の残り香がした気もするが、すぐに霧散し幻だったと自分を納得させた。
生まれ変わる前よりずっと自分に素直なこどもが、大人びた口調で言い募る。
「真実かい?少なくとも今君は、口約束を破ったから信用ならないよ」
「すまない。だが貴方にとっての最善を俺は選び続けるだけ。これを譲るつもりはないんだ」
「仕方が無いな、今宵はそういうことにしてあげよう」
本当かなぁ、と首を傾げる疑心を誤魔化すように、擦り合わせる頬と頬。鋭く削げ始めた丹恒の肌に、白くもちもちの肌がくっつく。そのままで居るとふふ、と。楽しげな忍び笑い。良家の子息と評するのが相応しい容姿に似合わず、天真爛漫な悪童らしい角度へ、こどもは口端を上げていた。流されてはくれないようだ。
猫科の猛獣は、梃子でも膝の上から降りようとしない。
「罰として、このまま寝室まで運んでおくれ」
「とんだ駄々っ子だな
…
だが先に約束を破ったのは俺か、謹んで拝命しよう」
がっしりと景元がしがみつく力を強める。支点が安定しているのを確かめてから、ゆっくり腹筋に息を矯め、立ち上がる。ふらり揺れる足の指。途中で本に栞を挟み忘れたのに気付くも後回し。内容の頁を覚えておけば問題ない。今は抱き上げた仔獅子を連れて行くのが優先事項。年嵩の丹恒に懐き、無邪気にちょっかいを出してくる幼年期の方がすぐに終わるだろう。
暖炉の明かりに照らされ、白皙の頬は古海の朝焼け色に染まっている。夢見る薔薇の花びらと同じ彩り。明日が必ず続くと無条件に信じている暖色。他愛無い我儘が叶えられるのを疑いもしないままでいい。もう彼を降り止まぬ冷たい雨に濡らさせないから。
だからふと僅かに不安げな翳りに眉を下げ、らしくなく殊勝に訊ねる景元へ、大真面目に丹恒は頷くのだ。
「でも、駄々を捏ねる私も愛してくれるのだろう?」
「嗚呼。愛しているとも、景元」
(恋が終わって。どんな姿になり、愛の形容詞も移ろおうと)
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