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桜霞
2025-02-09 16:49:46
11871文字
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【RKRN】しのぶれど【雑夢】
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【RKRN】しのぶれど【ZAT夢】3
MVPは尊奈門です。拍手。
※つどい設定があります。
※雑高(稚児)要素があります。
※夢小説です。
地雷の人は回れ右よろしく。
全然進まないよママーーーーッ!!!!
気乗りしないながらも、彼女はしぶしぶと馬借と共に里に顔を出した。雑渡の家には人の気配がなく、馬借は慣れた風情で薬や包帯、食材や炭などを置くと、次の仕事があるからと早々にいなくなってしまった。
彼女は嘆息して、数ヶ月ぶりの、どこかよそよそしい屋敷の引戸に手をかけた。少しだけ建付けの悪くなっている引き戸の向こうには、こざっぱりとした、生活環の無い土間や勝手場、板間が広がっていた。
「
……
よし」
雑渡に文句を言われたら高坂と山本のせいにしようと決めて、彼女は主人のいない間に屋敷に勝手に押し入る無礼と居心地の悪さを横に置いた。
襷をかけて、木桶を持つ。井戸から水を汲み、彼女は掃除から始めることにした。
雑渡が帰っていないのは本当らしく、屋敷の高いところ、尊奈門の手の届かないところは特に、埃がうっすらと積もっていた。
床の間からは花器が消えていた。彼女は花器が仕舞われていた納戸を確かめたが、花器の類はそこにはなかった。
余計なことをしたと暗に突きつけられているようで、つきりと痛む胸をごまかすように、彼女は深く息を吸って、吐いた。
無心で埃を叩き、建具を拭いて、床を履き、磨く。
一通りの作業を終える頃、がらりと引き戸の音がして、桶で手拭いを絞っていた彼女は、反射的に顔を上げた。
記憶よりほんの少し大きくなったこどもが、ポカンとして固まっている。
みるみるうちに笑顔になったこどもは、喜色に息を呑んだ。
「───姉上!!」
ダッと音を立てて彼女に飛びついた尊奈門をしっかと受け止めて、彼女は破顔した。
「諸泉殿。お元気でしたか」
「はい!!」
ぎゅう、と彼女に抱き着く尊奈門。彼女は応えるように抱き締めて、しばらく尊奈門の好きにさせてやった。
「姉上にお会いできて嬉しいです。はじめは、ご病気だったのかと、心配しました」
寂しそうな声音で言われて、彼女は罪悪感を覚えた。高坂だけではなく、尊奈門にも何かしら一言伝えるべきだった。
「挨拶もせず、ごめんなさいね」
彼女が謝ると、尊奈門は首を横に振った。
「良いのです。姉上も大変だったのだと知っています」
どこか険しい顔で言う尊奈門に、彼女は「
……
ん?」と内心首を傾げたが、瞬いて言葉を探している間に、「では、私は荷を解いて片付けます!」と尊奈門は張り切って駆け出してしまった。
「
……
まあ、いいか
……
」
彼女は荷解きと片付けを尊奈門に任せて、洗濯をすることにした。
溜まっていた洗濯物は案外少なく、包帯と着流し程度のものだった。彼女は知らなかったが、忍装束の類は諸泉の家へ事前に預けられていたためである。
予想よりも早くに洗濯が終わってしまったので、彼女は薪割りに手を着けた。運ばれてきた薪では大きすぎるので、手斧で扱いやすい大きさに割るのだ。割った傍から尊奈門が片付けるので、彼女は尊奈門のはしゃぎように、こっそり苦笑した。
一通りの家事を終えて、彼女が夕飯や数日分の食事の調理を始める頃に、再び引き戸が音を立てた。
「雑渡さま! おかえりなさい!!」
「ただいま」
「高坂さんも、山本さんもおかえりなさい!」
ただいま、と笠を脱ぐふたり。尊奈門は三人分の笠を受け取った。
「お邪魔しております」
ぺこりと頭を下げる彼女に、雑渡も礼を返した。
「御足労、まことにかたじけなく」
「とんでもございません、
……
」
ふと、彼女にじっ、と見つめられて、雑渡は「なにか?」と首を傾けた。
「
……
いえ。なにも」
彼女は踵を返して調理を始めた。山本に「風呂の支度を」と指示された高坂と尊奈門が返事をするのを聞きながら、雑渡は部屋に戻った。
まな板を叩く軽い音が鍋のくつくつと煮込まれる音に変わり、空腹を刺激するような香ばしい匂いが漂う頃、勝手場の様子を覗き込んだ尊奈門は眉を寄せた。
「姉上、姉上のぶんの膳は無いのですか?」
「え、」
勝手場に用意された膳は四人分。雑渡、高坂、山本、尊奈門のものである。尊奈門は、しょん、と眉を下げて肩を落とした。
「姉上とも一緒に食べたいです
……
」
きゅう、と尊奈門の袴に小さな皺が寄る。彼女は瞬いて、どうしよう、と顔を上げた。もうすぐ冬を迎えるとあって、日はもう沈みかけている。
「高坂に送らせましょう。宜しければ、是非」
「ですが
……
、」
申し訳なさそうに眉を寄せる彼女に、山本は穏やかに続けた。
「高坂は城下町の長屋に部屋を借りているのです。どうせ帰る方向は同じですから」
「
……
左様ですか
……
、
……
では、ご相伴に預かります」
「!」
ぱっ、と尊奈門の表情が輝く。
「膳を出してきます!!」
尊奈門はピャッと駆け出してすぐに彼女の膳と食器を用意した。
囲炉裏の周りに五人分の配膳を終え、山本が雑渡と高坂を呼んでいる間、彼女はなんだか少し、据わりの悪さのようなものを感じながら、にこにこと機嫌よく正座する尊奈門の隣に座った。
視界に自分以外の膳があることが、どうにも違和感を生じさせる。よく考えなくても、こうして誰かと食事をするのは久しぶりである。それでなくとも、雑渡は彼女の存在を不快に思うかもしれない。
三人はすぐに板間に顔を出した。雑渡は山本から経緯を聞いたのか、彼女をちらりと見ただけで、何も言わなかった。
席に着いた雑渡が手を合わせる。
「いただきます」
いただきます、と皆の声が揃う。彼女は緊張を加速させる心臓を宥めながら、皆が食事に箸をつけたのを見て、自分も吸い物を手に取った。
「おお
……
、尊から聞いておりましたが、まことに料理上手でいらっしゃる」
山本の言葉と、優しく皺を刻む眦に、彼女は思わず首を竦めた。
「え、あ、ありがとうございます
……
」
ちらりと尊奈門の方を見ると、にこーっ、と自慢気に笑って胸を張っている。彼女は思わず苦笑した。
「私は、姉上の吸い物が一番好きです! 今日のは、特に美味しいです!」
「
……
ありがとうございます」
尊奈門のおかげで、彼女の緊張もどこぞへ溶けて言った。尊奈門の言う通り、今日の料理は一番出来が良いかもしれないとさえ思える。
「雑渡さまは、何が一番好きですか?」
「うーん。雑炊かな」
「またあなたはそういうことを
……
」
山本が呆れて口をへの字に曲げる。高坂が眉を顰めて雑渡の方に身を乗り出した。
「城や屋敷にいるときくらい、ちゃんとしたものを食べてください」
「食べなければ、往時の膂力も戻りませんぞ」
「ちゃんと食べてるでしょ」
「雑渡さま
……
」
山本が嘆息混じりに苦言を呈すが、雑渡は飄々と食事を続ける。山本と高坂からチラリと視線を向けられて、彼女は思わず、咀嚼を止めそうになってしまった。なんとか口の中にあるものを飲み下して、緊張に張り詰める胸の内を宥めながら、「雑渡殿」声をかけてみる。
「なんですか?」
「雑炊だけでは、栄養が偏ります。胃腸も、消化の機能が悪くなります」
「そうなのですか?」
意外そうに言ったのは尊奈門だった。味方を得た気分で心を楽にしながら、彼女は神妙に頷いてみせた。
「天ぷらなど、油を使ったものを食べるのがしんどくなります」
「そんな
……
! 天ぷら美味しいのに
……
!」
「全く、もったいないことです。ねえ、山本殿」
「は、おっしゃる通りかと」
「
……
」
雑渡は半眼で山本を見遣るだけで、何も言わなかった。
「雑渡さま、雑炊の次にお好きなものはなんですか?」
「んー。なんだろうねえ」
気のない返事にもめげず、尊奈門は「雑渡さまの雑炊の次に好きなものを見つけてみせます!」と張り切っている。
尊奈門のおかげで張り詰めることのない空気に、彼女は心底からホッとした。
食事の後、彼女は尊奈門と洗い物をし、雑渡に挨拶をして、屋敷の外に出た。
山本が見送りに立ち、高坂と彼女の気配が遠くなると、雑渡はやれやれと肩の力を抜いた。
部屋に戻ろうかと腰を上げたところで、山本が戻ってくる。
「小頭」
「ん?」
「ご無礼仕る」
「んん?」
すぐさま雑渡との距離を詰めた山本は、雑渡の額に手のひらを乗せた。
雑渡がきょとんとしていると、山本の眉間に皺が寄る。
「小頭」
「なに」
「熱がおありではありませんか」
「平熱だよ。最近、ちょっと高めなんだよね」
「───無理はなさらぬお約束だったでしょう」
山本の声がどろどろと低く地を這う。雑渡は思わずそっぽを向いた。その視線の先に、唖然とした尊奈門が立ち呆けている。
「雑渡さま、
……
お熱があるのですか
……
?」
「あ、いや、」
うりゅ、と尊奈門の瞳の輪郭がぼやけた。俄かに慌てる雑渡に、「小頭」と山本が迫る。
「陣内、そんな大したことじゃあ、」
「昆」
「、
…………
」
雑渡は思わず閉口した。山本に昆と呼ばれるのは、幼い時分以来である。
「明日は、休め。良いな」
「
……
はい
……
」
不承ぶしょう、口を尖らせながら諾を返した雑渡に、山本は嘆息しながら立ち上がった。
「尊」
「はっ、はい!」
「部屋に布団を敷け。その後は水を汲んで、手拭いを絞っておけ」
「はい!」
山本に指示をされて、尊奈門は弾かれたように駆け出した。山本は調薬の棚から幾つか材料を見繕い、いつもは尊奈門が使う器具を取り出し、熱冷ましのための薬の調合を始めた。
「
……
ねえ、陣内」
「なんです」
「いつ気付いたの?」
「
……
いつでもよろしいでしょう」
ぶっきらぼうな兄貴ぶんに、今度は雑渡が嘆息した。
先ほどまで、尊奈門はもちろん、山本や高坂にも、雑渡の高熱に気づいた素振りはなかった。ということは、誰かに教えられたということだ。消去法で、彼女が雑渡の異変に気がついたことになる。
彼女に、雑渡の体の変化を伝えたことはない。山本と高坂も、医師から「発汗による体温の調整が難しくなっている」以上のことは聞いていないだろう。
だが、山本と高坂は馬鹿ではない。体温の調整が難しいということは、熱が篭りやすいということだ。人間の体は一定以上の体温になると、活動に支障が出る。だから雑渡が回復訓練(リハビリ)も兼ねて復帰する際には、無理をしないよう、散々言い含められている。ちょっと鬱陶しいと思ってしまうくらいには。
雑渡は、自分の体のことなので、どこまで無理が効くか、きちんと把握している。加えて、ある程度の高熱でも動ける程度の体力は戻っていると自負している。
問題ないと判断した。まる一年も休んでようやく復帰したのに、また病床に戻ったと知れたら心配をかけるし、配下たちに負荷をかけることになる。
だから平気だということにしたのに。
「目端の効きすぎる姫さまだこと」
「
……
昆。失礼だぞ」
否定しない山本に、やはり彼女が気がついたのだと、雑渡は確信した。
「雑渡さま、お布団の用意ができました」
「ありがとう」
雑渡が腰を上げる。山本は調合を再開させた。
「今日はお側にいても良いですか?」
「陣左が戻ってくるまででいいよ」
二人の会話が遠くなっていく。ゴリゴリと、薬剤がすり潰される音だけが響く。
山本は、彼女が帰る前に山本たちにこっそりと伝えたことを思い出していた。
一つは、雑渡に高熱があるかも知れぬこと。
もう一つは、雑渡が好んで雑炊を食べるのは、大口を開けたり、強く噛んだりすると、頬や首の皮膚が痛むのではないかということ。
言われてみれば確かに、今日の雑渡は、煮物なども箸で小さく切り分けていたし、白米も小口で食べていた。彼女は以前から、身をほぐして食べる焼き魚のようなおかず以外は、できるだけ一口大の大きさになるよう、心がけていたのだという。
山本はもちろん、高坂さえ気が付かなかった。尊奈門もおそらくは知らないだろう。対して、彼女に気遣われていた当人の雑渡は、先ほどの言から、もしかすると気がついていたのやもと山本は思った。
目端の効きすぎる姫さまだと、雑渡は皮肉を言った。自分に対する気遣いに礼を欠いた態度を取る雑渡を、山本は知らない。
一方で、彼女が、屋敷を訪うことに、遠慮がちな態度を取っていた理由は分かった気がする。雑渡の刺々しい気配を、彼女が敏感に察しているのだ。
婚儀の理由以上の政略を持って来られるか、雑渡が嫌と言わなければ約束を破棄しないとまで宣言した姫さまである。何故、雑渡が彼女の気遣いを厭うのかは定かではないが、これを雑渡の嫌と彼女が受け取ってしまえば、彼女は二度とこの里に足を踏み入れることはないだろう。
しかし、山本たちでさえ気がつけぬ雑渡の変化に気づくことのできる彼女を失うのは痛い。尊奈門という足枷がなくなれば、雑渡はさらに自由になってしまって、いくら山本たちが休めと言っても聞かなくなるだろうことは必至だ。
「
…………
うーん
……
」
調合した薬を薬包紙に包みながら、山本はどうしたものかと首を捻った。
山本が今後について思案している間に、雑渡の復帰は延期された。勤務実態を知った医師が血相を変えて「これでは折角拾った命を摩耗しているのと変わりない」と黄昏甚兵衛に進言したのも相俟って、雑渡は今しばらく屋敷での養生を命じられた。
雑渡は不満を隠さなかったが、尊奈門が申し訳なさそうに、「でも、雑渡さまのお話を聞けるのは嬉しいです」とはにかむので、またしても何も言えなくなってしまった。
尊奈門は、これ以上、忍になるための訓練が遅れてはいけないとあって、家事や雑渡の看病の傍ら、教本を読み込んだり、手裏剣の練習をするようになった。蝉時雨が聞こえるようになる頃には、尊奈門が忍術について雑渡にあれこれと質問するのが、最早当たり前の風景になっていた。
しかし、彼女がその様子を目の当たりにすることは一度たりともなかった。雑渡が尊奈門に対して、いの一番に、忍びの心得と称して、己が忍であることは仲間以外に教えてはならないし、自分に任された仕事は家族にさえ告げてはならぬと教えこんだからである。
尊奈門は雑渡直々に指導を受けているとあって、一切の疑問も持たず、雑渡の言う通り、忍に関わることは彼女に対して秘密にした。また、雑渡の意向で、彼女は尊奈門の訓練が休みの日に里を訪れるよう、秘密裏に差配されることになった。
差配を任された山本は、「またお伺いしても良いのですか
……
?」と戸惑いを隠せない彼女と同様、雑渡の心情を測りかねていた。
「雑渡殿はやはり、気心知れた方でなくては、心底からお休みになれないのでは
……
」
「しかし、それならそうと、言わぬ性格でもございませぬゆえ
……
」
「あらぁ
……
」
彼女はどうしたものかしらといった風情で口元に指を添えた。
「では
……
直接のお世話は諸泉殿にお任せして、私は家事などに専念致します」
「は
……
お手数をお掛けして、申し訳ない」
「とんでもございません」
こうして、彼女は十日に一度、尊奈門を休ませるためにも、雑渡の家に、再び通うことになったのである。
雑渡が大火傷を負った戦から、三度目の冬がやってきた。
日差しは明るく、しかし空は灰色に覆われる日が続く。夜の間に積もった雪を掻き分けて、彼女は畦道を越え、山間の道を進み、隠れ里を訪れた。
「姉上!!」
雑渡の屋敷が見えたところで、甲高い子供の声が雪の上をぼんやりと漂う。彼女は笠を上げて笑おうとして、頬が冷えて強ばっていることに気がついた。
寒さをものともしない格好で駆け寄ってきた尊奈門は、彼女の肩に掛けていた風呂敷包みに手を伸ばした。
「今日はいらっしゃらないかと思ってました
……
これ持ちます!」
「ありがとうございます。ごめんなさい、遅くなって」
「そんなことないです!! お会いできて嬉しいです!!」
先をゆく尊奈門の足跡を辿るようにして、彼女は雑渡の屋敷に辿り着いた。笠や蓑を脱ぎ、案外積もっていた雪を払い落とす。
「雑渡さまは、今日は雪だから、馬借は来れないと仰っていたんですが」
「でも、もうすぐ炭がなくなるでしょう」
彼女が背負って持ってきた荷の種類は、普段から馬借が運んでいるものと謙遜なかった。彼女ひとりで運べる限界まで数が減っているが、次の荷運びまでは町に買い物に行く必要は無いかもしれない。
「姉上は、随分と力持ちなんですね」
「まあ、それほどでもあります」
ふふん、と彼女は力こぶを握って見せた。おお〜、と尊奈門が拍手する。
「さあ、まだ暖かいうちにいろいろと済ませてしまいましょう」
「はい!」
尊奈門に片付けを任せ、彼女は掃除から始める。誇りを叩き、棚や床を磨き、囲炉裏に火を炊いて、竈で米を炊く。すっかり馴染んだその光景に、尊奈門はニコニコしながら彼女の後を着いて回り、あれこれと手伝った。
全ての作業が一段落したら、囲炉裏で沸かしていたお湯で茶を淹れて、彼女が町から持ってきたお土産の饅頭を食べる。この日は珍しく、尊奈門に袖を引かれて、雑渡も顔を出した。
雑渡は、彼女が家事をしている間は散歩などに出掛けていることが多いので、彼女は素直に意外に思った。彼女の無言の疑問を感じとったのか、尊奈門が饅頭を取り分けながら言った。
「実は、お医者さんに、絶対にしもやけになってはいけないと言われているんです!」
「まあ。どうして?」
「肌に悪いからです!」
瞬きした彼女に、雑渡が補足した。
「今使っている薬と、しもやけの薬の相性が悪いんだとか」
「まあ。それは大変ですねえ」
「だから、暖かくしなきゃいけないんです。なのに、雑渡さま、半纏を嫌がるんです!」
「あらあら」
「だってお前の方が温いからね」
長い腕が、小さな体をひょいと抱き上げる。膝に座らされた尊奈門は、「私は温石じゃありません!」とじたばたもがいたが、雑渡に饅頭を口に入れられると、すぐに静かになった。もむもむ、小さな口が饅頭を食べる。
「外の様子は如何でしたか」
「これ以上ひどく降る様子はありませんでした。雲もしばらくはこのままかと
……
」
「そうですか」
「お加減はいかがですか」
「まあ、ぼちぼち
……
町では病が流行っているとか」
「毎年この時期はどうしても
……
喉の風邪でしょうか、咳をする方が増えました」
饅頭を食べ終えた尊奈門の耳朶を、低く落ち着いた声が優しく通り過ぎる。
「目付殿や兄君はご息災で」
「おかげさまで」
山本殿や高坂殿はと彼女が訊ねる。おかげさまでと雑渡が返すのを、尊奈門はぼんやりと聞いた。腹が満たされ、囲炉裏に爆ぜる火が手足までもをじんわり温めてくれる。自分を包み込む体躯は分厚く、暖かく、尊奈門の眦はだんだんと緩んでいった。
「年が明けたら、本格的に復帰に向けた準備を始めることになるでしょう」
「おめでとうございます」
「
……
婚儀についても、また、同じく」
はっ、と尊奈門は息を呑んだ。微睡みに力の抜けそうになっていた体を叱咤して、むりやり力を入れて起き上がる。
うつらうつらしていた尊奈門が寝ぼけ眼のまま急に起き上がったので、雑渡も彼女も瞠目して会話を止めた。
「雑渡さま、私、ずっと思っていたことがあります」
「うん。どうした?」
「雑渡さまのお嫁さまには、雑渡さまがお怪我をなさってから一度も見舞いに来ぬようなどこぞの姫君より、姉上の方が、ぜったい、ふさわしいと思います!!」
「───」
「───」
雑渡が目を見開く。その表情に、寧ろ尊奈門の方が驚いて瞬くと、直後、雑渡は、ふっ、と噴き出した。
「はっはっはっはっは!!」
「え、ええ!? なんで笑うのですか!!」
「ふっ
……
ふふ、」
「姉上まで!?」
「あはは、もう、」
堪えきれなかったのか、彼女も肩を揺らして笑い出す。
「もーっ、どうして二人とも笑うんですかーーーっ!!」
私は真剣なんですよ!! と訴える尊奈門に、しかし大人ふたりはいつまで経ってもまともに取り合わない。拗ねて頬を膨らませた尊奈門は、雑渡の中で蹲っている間に、いつしか夢路に旅立ってしまっていた。
「ふふ。可愛らしいこと」
まろい頬に、雑渡の腕の中を覗き込んだ彼女が、柔らかく微笑む。
「いつばらしましょうか。きっと驚きますね」
悪戯をするこどものように、けれども尊奈門を起こさないよう、静かにはしゃぐ彼女。
そんな彼女を見て、雑渡は一度、唇を引き結んだ。
「
……
本当に、宜しいのですか」
隻眼が、じ、と彼女を見つめる。
彼女は居住まいを正した。
ぱちりと、炎が爆ぜる。火の粉が、どこか切なそうに微笑む、彼女を照らす。
「普通から外れる私を、私らしいと仰ってくださった、あなたさえ、宜しければ」
「
………………
」
雑渡は、静かに奥歯を噛み締めた。同時に、見目に自負のあった己を圧殺した。
彼女は、雑渡の見目故に政略を受け入れたのではなかった。ただ己の置かれた立場故に、雑渡を世話しているのでもなかった。
現世に戻ってきて初めて相対した日に、あのどこか晴れやかな諦念を笑みの形にした彼女を見た時に。
婚約破棄はしないと言ったその口で、それでもどこかでこの約儀は破棄されるのだろうと悟っていたかのような気配に。
雑渡は、幼子のような癇癪を、大人気ない態度に出すばかりで。
彼女は、雑渡が何の気もなしに紡いだ言葉ひとつで、どこまでも誠心を注いでくれたのに───
「
…………
これまでの、あなたの気遣いに、失礼な態度を取りました」
「何のことやら存じ上げませんが、常の通りに動かぬ体を抱えていれば、気が迷うのは当然です」
雑渡は苦く笑った。
「謝らせても、もらえませんか」
「謝っていただくようなことではございません」
きっぱりと言い切られて、雑渡は仕方なく口を閉じた。瞼を伏せた雑渡に、小さく嘆息した彼女が、眉を下げて微笑む。
「では、今度お邪魔する時も、一緒におやつを食べましょう。私達、こうやって、ちゃんと話していませんでしたから」
「
……
はい。是非」
綻ぶように微笑む雑渡に、過日、町でいろいろな話を聞かせてくれた姿を垣間見て、彼女の瞳が優しく揺れた。
◆
立春も過ぎる頃、雑渡は再び詰所に復帰した。
どうせまた熱を出すのでは、膂力も体力も落ちているのでは、などと心配から声が上がることもあったが、雑渡が姿を見せるとそれらは全て「療養してたんだよな
……
?」という疑心に変わっていくこととなった。
以前復帰した際は、体の線が多少細くなっていても変わらぬ動きを見せて忍達を驚かせたのに、今回の雑渡は往時の姿を取り戻していた。体力もすっかり元に戻ったのか、疲労の色が見え隠れすることもない。ご無理なさらずと声をかけようとした隊員は、見舞いの言葉が本当に適切なのか小一時間ほど躊躇することになった。
雪もすっかり溶けて、春の陽気が濃くなる頃になると、雑渡の体調を心配する声はほとんど聞かれなくなった。
「誰ぞの精気を吸い取りでもしたかのようだ。なあ、高坂」
別隊の同僚に揶揄するように言われた高坂はしかし、瞬くだけで答えなかった。
「贄は誰だ? お前か、目付の娘とやらか」
「目付との婚儀は白紙になったのではなかったのか?」
別の者が口を挟む。いいや、と同僚が勿体ぶるようにして言った。
「雑渡小頭に惚れた娘の方が駄々を捏ねて押しかけているんだろう? お可哀想なことだ」
「目付の娘は小頭と歳が近かったよな? 行き遅れているから必死なんじゃないか」
ははは、と野太い笑いが木霊する。高坂は「小頭に呼ばれている」と二人の前を辞した。
「
…………
」
高坂は少しだけ顎を上げ、そして脱力した。溜息をつきたいのを全力で堪えて、当てもなく移動する。
忍軍の監察に対する印象は、あまり良いものではない。忍達が仕えているのはあくまで黄昏甚兵衛個人であるにも関わらず、彼らは武家と忍という立場のみで忍達を見下し、顎で使おうとする。
忍達が命懸けで忍務を遂行しなければ戦一つまともにできないくせ、主人然と振る舞うのが気に食わないのだ。
婚儀をきっかけに、互いに合理に寄って、歯車のように噛み合いながら仕事をしてはいるが、それだけである。一部では友好を持っている者たちもいるようだが、忍たちはうっすら監察の家を嫌っていた。
目付の当主の娘が嫁ぐなら高坂が嫁になった方がマシだと、聞こえよがしに言う者もあった。その度に高坂は、情があるなら雑渡と高坂の方だと静かに微笑んだ彼女のことを思い出していた。
彼女が雑渡に惚れているのか、高坂には分からない。けれど、雑渡の心に添うように振る舞おうとしていたのは知っている。雑渡の心一つで彼女は身を引いて、あの屋敷で一人静かに生を終えることを受け入れただろうと、高坂は確信していた。
晴れやかに笑う、その陰に、拭いきれぬ、覆い隠せぬ諦念があることを知っている。故は知らずとも、彼女がひとりの人として雑渡を、高坂を、里の皆を慮ってくれた時から、高坂は彼女の味方をすると決めている。
だから高坂は、声を上げないことを選ぶ。騒ぎを起こさず、陰口が雑渡と彼女に届かなければ良いと思う。
二人の間で何があったのか、彼女は雑渡の前でよく笑うようになった。雑渡も彼女を避けることなく、どちらかと言えば積極的に会うようになっていた。婚儀の前だからか、二人きりにならぬようには、互いに気をつけているようだが、彼女が料理をしているところを雑渡が覗き込んだり、床の間に彼女が花を生けたりしているのを、高坂は何度か目の当たりにしている。尊奈門が、綺麗だったからと持ってきた椿を取り上げたのは記憶に新しい。
「あ、陣左」
「はい」
不意に声を掛けられて、無意識に雑渡に与えられている部屋まで来ていたのだと悟る。手招きする雑渡の傍で膝をつくと、雑渡は珍しそうに高坂を見やった。
「ぼーっとしてたね。何かあった?」
「いえ、何も」
「お前がそう言う時は大抵何かあるじゃない」
「左様でしょうか」
すっとぼける高坂に、雑渡は嘆息した。
「明日、おまえ、休みだよね」
「はい」
「悪いけど、姫さまをウチまで送ってくれる?」
「かしこまりました」
頭を下げる一方で、高坂は雑渡の指示を意外に思った。雑渡が彼女の護衛まがいのことを指示するのは、今回が初めてである。
翌日、高坂が迎えに行くと、彼女は事前に雑渡から聞いていたのか、「今日はよろしくお願いします」きちりと礼をした。
彼女は何やら風呂敷包みを抱えて里を訪れた。包みの中身の正体を高坂が知ったのは、彼女が尊奈門に袖を引かれて、里で一番大きな桜の木の下に連れて来られてからだった。
はらはらと、薄紅が舞う。見事に咲き誇る桜の下には、里の人間が勢揃いしていた。
「あ、こっちこっち!」
「尊! ちょっと行って器とお箸持っておいで!」
「はぁーい!」
尊奈門が駆け抜けて行く。入れ替わるようにして、楽な格好をした雑渡が現れた。
「雑渡さま、これは
……
」
「お花見。言ってなかったっけ」
「聞いてません、」
手招かれていた彼女は、どこか恐縮しながら包みを差し出した。包みの正体は重箱で、中には色鮮やかなおかずと炊き込みご飯が敷き詰められていた。
「おおーっ、美味そうだな」
「あなた器用ねえ、こんなのどうやって切るの」
「大根ってこんなに細く切れるの
……
?」
「そんなもんのおねーちゃん、」
彼女がこどもに気を取られているうちに、重箱は各所へ散らばり、それぞれが好きなものを皿に取り分けた。雑渡が持ってきた酒が行き渡れば、ぐだぐだと花見が始まった。
「昨日の昼頃、急に決まったみたいでね」
近くに山菜を採りに顔を出した者が、「明日が見頃だ!」と矢羽音を飛ばしたのだという。
どこかポカンとしている高坂に、雑渡は意地悪く口端を吊り上げた。
「お前にも聞こえたのだと思っていたのに」
「
…………
修行不足です。申し訳ありません
……
」
歯噛みする高坂。雑渡は「何がそんなにお前の気をそぞろにしていたのかね」と興味なさそうに独りごちた。高坂は答えず、静かに瞼を伏せる。
「
……
姫さまは、矢羽音をご存知なのですか」
高坂と違い、彼女は花見のことを知っている風情だった。矢羽音について教えていると言うことは、忍についても教えているということになる。しかし雑渡は、「いいや、教えていない」と答えた。
「諸泉の夫妻がね、尊を走らせたらしい。迷わず行けました、だってさ。帰りがけに、私から伝えようと思っていたのに」
憎まれ口を叩く雑渡は、どこか楽しそうだった。隻眼が、里の子供達とはしゃぐ尊奈門を、優しく見つめている。
「
……
お伝えしないのですね」
「元から、その予定だったしね」
大人達が笑う。穏やかな風が、優しく木々を揺らす。きゃらきゃらと、こども達の声が遠くまで運ばれてゆく。
「知らなくていいよ。こちらのことは」
高坂の、はい、という応えは、麗らかな陽光に紛れて、溶けて消えた。雑渡にさえ届かなかっただろうことが、どこか、高坂の胸中を軽くした。
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