ミズクラゲ
2024-11-28 23:40:33
4855文字
Public
 

Let's get down!

【支部再録済:例えばそんな日常だとか】
ロラちゃんとデプちゃんのバトルに秋の空気を添えて、ほんのりウルデプの香りを纏わせたようなお話です。

 ギイン、と金属のぶつかる鋭い音が木々の中に響く。ビリ、と痺れが腕を伝って、ひと呼吸。視界の隅に振り上げられた足が映って、咄嗟に後ろに飛んだ。鼻先を掠めたブーツの先には仕込みナイフの先端が光っている。
「っは、いい反射神経」
 さすが、若いね、と笑う男は息ひとつ上がっていない。腕を支柱に体を反転させ、もう一度距離を詰める。お返しのように振り上げた足はほんの半歩だけの体重移動で避けられた。着地からの右、薙いだ腕が弾かれる。左、今度は真っすぐに。突き出した爪がサイと呼ばれるらしい武器の、三叉の隙間を通り抜けた。これは偶然。だけど、運も実力の内ということにしておきたい。
「っ、ぶね……ッ」
 仰け反った体が体重を感じさせない動きで後方宙返りを決める。眼の前で跳ね上がった足と仕込みナイフが追撃を一拍遅れさせるが、当然、逃がす気なんて無い。姿勢を低くしながら着地点を目掛けて地面を蹴って、わざと落ち葉を派手に巻き上げながらスライディング。目眩ましを期待しながら仕掛けた足先の刃は空を斬って、目よりも先に耳と鼻が男の方向を知らせた。
 着地した勢いのまま跳んだ体が木の幹を掴んでポールダンサーのように一回転。地形を活かす戦い方は男の方が何枚も上手だ。宙を舞った長身がすぐ目前に着地したので、その圧に耐えかねて飛び退る。大きくて、分厚くて、筋肉の塊のような体はこうして向き合うとひどく威圧的だった。畳み掛けろ、と息切れする体を叱咤する。止まっていては勝てない。四肢の爪をスパイクにして一気に地面を蹴ると、常より数段上の速度で景色が流れる。これならどうだ。足の爪でしっかりと地表を捉えて、体を大きく捻りながら斜め上方に鉤爪を振り上げる。金属の音。また防がれた、と心のなかで舌打ちをひとつ。勢いを殺さずに走り抜け、手頃な木に向かって跳ぶ。足先の刃をしっかり刺して地面と平行に着地。曲げた膝は次に跳ぶための準備でもあった。一瞬の間に目標を見定めて、最短距離から重力を乗せた両の爪を振り下ろす。
「いいね、今の」
 ヒュウ、と軽やかな口笛とともに襲ってきた衝撃に息が止まった。頭上からの一撃をクロスさせた武器で防いだ男は、凄まじい体幹でもって跳ね返した体に向かって駄目押しの回し蹴りを放ったのだ。爪先の刃物ではなく、踵による強烈な打撃。体重の足りない体は容易に吹っ飛ばされて、でも辛うじて受け身を取る。すぐに跳ね起きて、両手の武器をクルクルと回している男を見据えて、悔しさに喉がグルルと鳴った。まだ、まだ一発も通ってない!
「あ、――時間切れだ。昼飯にしよう、ローラ」
 闘志に燃える瞳をあえて無視して、赤いスーツの男はクルリと回した両の武器を無造作に腰のベルトに挿した。その視線を追って振り向けば、落ちた枝葉を踏み分けて近づいてくる大柄なシルエットがある。片手にデリバリーの袋を抱えたローガンは、枯れ葉まみれになっている少女を見て可笑しそうに瞳を細めた。
「白熱したみたいだな」
「まーね。何度か冷やっとしたかな」
……嘘つき。ぜんぜん歯が立たない」
 思いのほか拗ねたような声が出た。ローガンの大きな手が片手で簡単に覆えてしまう頭を撫でて、ついでに長い黒髪に絡みついた葉を払っていく。興奮が収まっていくと酷使した四肢が疲労を訴えて、同時にひどい空腹感に気がついた。ローラの心を読んだように「動いたら腹減っちゃったぁ」と気の抜けた声をあげるウェイドはマスクを取って、思い出したようにブーツの先から突き出していたナイフを仕舞った。
「なんだそれ。前は無かったよな?」
「特注してみた。子クズリちゃんとお揃いだよ」
 ね、ローラ?とウインクが飛んでくる。ローラはまだそれに応えられるほど機嫌を戻せていなかったが、大きくため息をつくと「ウェイドが合わせてくれてるの」と言ってローガンが抱えた袋を覗き込んだ。
「武器も、爪に似てるやつにしてくれて。普段使ってないものなのに……
「や、でも昔からけっこう好きなんだよ。エレクトラとキャラが被るから最近使ってないだけで」
 ウェイドは事も無げに言うと近くの切り株に腰を落ち着けた。いくつも並んだトルティーヤの中から肉の匂いが濃いものを選んで手に取ると、ローラも少し離れた丸太に腰掛ける。「器用な奴だな」と呟いたローガンはウェイドに向かっていくつか包みを放り、ローラの隣にどっかりと腰を下ろした。

 稽古をつけてほしい、と頼んだとき、着々と映画鑑賞の準備を進めていたウェイドは大いに驚いた様子だった。土曜日の夜には家族が揃ってテレビの前に座る。と、いうのが習慣になってしばらく経つ。取り落とされかけたポップコーンの箱を受け止めたローラが駄目押しに「お願い」と付け加えると、「は、え、でも……」と言いながらエプロンを脱ごうとして、後ろ手に紐を雁字搦めにした男は心底困った顔をした。
「俺、教えるのとか向いてないよ。ていうかやったことない」
「やったことないなら、向いてないか分からないでしょ」
「別に俺じゃなくても。……ローガンに頼んだら?」
「ローガンじゃ駄目なの」
 言い合いながらポップコーンの箱と人数分の飲み物を持ってリビングに向かうと、突然娘から駄目出しを受けたローガンは思わず眉間に皺を寄せたが、すぐに先だって聞いていたトレーニングの話だと気づいて傍観の立場を取った。
「ウェイドがいいの。ローガンは足技を使わないし、私とは体重が違いすぎる」
 黙ったままのローガンがテーブルに並んだ飲み物の瓶を開けていく。自然と定位置に腰を落ち着けながら、ウェイドはなおも渋っていた。
「手加減できるか分からないし」
「しなくていい。私だって治るんだから」
「だからって。学園でも戦闘訓練くらいあるんだろ?」
……ウェイド。私、もっと強くなりたいの」
 貴方を守れるくらい、とはローラは言わなかった。けれどローガンには伝わったらしく、穏やかな笑みが「少しくらい付き合ってやれよ」と援護をくれる。
「お前は戦闘のプロだろ」
 憧れのヒーローからの手放しの賛辞を受けてウェイドの唇はふにゃりと緩みかけ、それでももごもごと反論を呟いた。
……でも。俺のは殺すための手段だ」
 堂々巡りになりかけた議論を収めたのは「いい加減にしな」というアルの一喝だった。
「言いたいことがあるならハッキリ言いな。デカいチンポしゃぶりすぎて顎でも外れたのかい?だいたい年頃の娘に頼られてるってのに、聞いてやらなくてどうするんだいこの甲斐性なしが!」
「ッと、年頃の娘って分かってんならその前でオーラル・セックスの話なんかするんじゃねぇよクソババア!」
 精神面に甚大なダメージを受けて肩で息をするウェイドが、嫌な沈黙をどうにかしようと「とりあえず映画観ない?」と提案する。その隣で下品極まりない口喧嘩の流れ弾を受けたローガンは無言で頭を抱えていた。ウェイドが「デカいチンポをしゃぶっている」こと自体を否定していないことに気づいていたが、何を言っても藪蛇になることを察したのだ。少なくとも名指しはされていないが、今まともにローラの顔を見る気にはなれなかった。
 表面的には場を仕切り直しつつも各々が複雑な心境で画面を見つめる中、始まったのは往年の師弟物アクション大作だった。その日はローラが上映作品を選ぶ日だったので、エンドロールが流れる中、ウェイドが小さく笑いながら「随分俺の扱いが分かってきたね」と囁く。にんまり笑ったローラは返事をしなかった。「そうすれば確実に落とせる」と入れ知恵をしたのは、素知らぬ顔でポップコーンに手を伸ばしているアルだったのだが。

 そうして約束の時間、待ち合わせた森林に現れたのは全身真っ赤なスーツに身を包んだ男だった。念入りに準備運動をしながら「分かっててほしいんだけど、俺ちゃんをいつものウェイドとは思わないでね」と言った男は、頷いたローラの前で芝居がかった仕草で両手を拡げた。
「さぁ、デッドプールのダンス・レッスンといこう。マナーは要らない、どっからでも……
 口上は途中で金属同士のぶつかる音にかき消された。腹を裂く勢いで向けられた爪を事も無げに防いだ男は、マスクのままニイ、と笑ってみせた。
「いいね、そう来なくちゃ。さぁ、思いっきりぶちかませ!」

 それは思い返せばほんの2時間ほど前のことだった。あまりに密度の高い時間だったので、もっと長かったようにも、ほんの数刻だったようにも感じる。見渡せば地面のあちこちに抉られたような痕が残っていて、戦闘の激しさを物語っていた。……と言っても、地面と仲良くなっていたのは片方だけだが。
「まぁでも、本当に基礎は出来てるし。あとは経験だけなんじゃない?って俺は思うけど」
 むしゃくしゃする心のままに口いっぱいに食事を詰め込んでいるローラに代わってローガンが「基礎?」と眉を上げる。ウェイドは頷くと指を折った。
「一番大事なのが敵から目を離さないことだろ。受け身も取れるし、五感と身体能力がバツグンなとこは父親にそっくり。体が軽いのを活かしてスピード重視の戦い方もできてるし、何より覚えも早い。俺のやり方見てすぐに自分の動きに組み込んでくるのには正直言って驚いた」
「駄目なとこは?」
 空腹が満たされつつあるローラはすっかり機嫌を直していた。身近な“強い人”に褒めてもらえて純粋に嬉しかったのも大いにある。それでも出来る限りクールに「そっちの方が大事でしょ」と言うとウェイドはあからさまに言葉を詰まらせた。
……それを言葉にできてたら教官になれてる。あー、俺がトニー・スタークぐらい金持ちだったらな。知り合いに丁度いい教官がいるんだけどなぁ」
「ウェイド」
「んん……そうだな、やっぱり直線的な動きが多いかも?あとは……やっぱり足かなぁ。足に武器がついてるなんてスーパー・パワーの中でも珍しいから、そこがローラの強みだろ」
 やっぱりウェイドに頼んでよかった。真剣に頷くローラの横で、ローガンがぽつりと呟いた。
……お前にもヒーリング・ファクターがあるのは分かってるが。俺やウェイドみたいな戦い方は覚えるなよ」
 ローガンは自身の手の甲を叩き、「お前が傷つけるのはここだけで充分だ」とローラを見遣った。ウェイドも珍しく真面目な顔で頷く。
「もし、将来的にローラの体重が200ポンドになったとしてもだ。自分のことを重戦車だと思い込んでる誰かさんみたいに、マシンガン相手に突進したりしないでくれよ」
「自分の腕をサイレンサー代わりにするアホにもなるなよ。お前の肉体は“道具”じゃない」
 互いに発した棘のある言葉に睨み合いながらも、痛みになんて慣れる必要はないと二人は口を揃えた。“X-23”の生い立ちも、今までにどれだけ人を殺めてきたのかも、きっと知っているはずなのに。
……そうだね。気をつける」
 ローラは生粋の戦闘兵器に向かって“俺の後ろに居ろ”と言い放った、ある年老いた男の背中を思い出していた。誰かを傷つけるための力を、大切なものを守るために使うことを教えてくれたひとの、温かくて、大きくて、寂しい背中を。
 強くなりたい。あのひとみたいに。自分の大切な、目の前にある家族を守れるように。ローラはひっそりと決意を堅くすると、勢いをつけて立ち上がった。
「ウェイド。もう一回やろう」
「え?……あー、うん。その顔で言われたら、やらない訳にはいかないな」
 ウェイドは苦笑して、膝の上に落ちた食べ滓を払いながら立ち上がった。のんびりと足を組んで傍観の姿勢を取っていたローガンは「ウェイドから一本取れるようになったら、貴方にも相手してもらうから」と真っ直ぐな瞳に宣言されて表情に戸惑いを浮かべたが、落ち葉を踏みしめて歩き出した小さな背中を見送って微笑んだ。
「そうか。……それは、楽しみだ」