西浦
2025-02-09 11:23:27
6362文字
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不孝者のバラッド

不孝者のバラッド カルマ・ルデルマ×夢主(容姿名前有り) 死ネタ
私の大好きな相互の逆噴射檸檬太郎さん宅の『カルマ・ルデルマ』さんの夢小説です。許可取済み。自由を与えられたので自由に書いてしまいました。後悔はない。申し訳なさはあります。
好きの気持ちは確かですがキャラ詳細を受動喫煙すら満足にできてないので解釈違いがあるかもしれません。その際はそういうもんかと笑って忘れてください。誤字脱字がありましたらスミマセン。
無駄に長いですが好きと好きをいっぱい詰めました。よろしくお願いします。


 ああ、天にまします我らの父よ
 何故空が暗いのですか? それは父が眠っているから
 
 ああ、天にまします我らの父よ
 何故地が赤いのですか? それは父が葡萄酒を溢したから
 
 ああ、天にまします我らの父よ
 何故この村だったのですか? 道を塞ぐからです
 何故この日だったのですか? 雨が降ったからです
 何故私たちだったのですか? 特別理由はありません
 
 何故……? 何故………………何故!
 
 土砂降りの雨と、吐き戻した吐瀉物と、私を隠すように倒れた母の血の匂いがする。身じろぎを許さない地鳴りのような死の音が私の心臓を鷲掴んで握り潰して離さない。足音がそばを通るたびに息を殺すと、ほとんど呼吸の仕方を忘れて身も心も死んでいくようだった。
 
 母の体温が冷えていき、死の音はやがて止む。
 
「皆殺したな? 皆倒したな? 皆踏みつけたな?」
 
 声が聞こえた。冷え切った心と指先をほぐすような声が。
 
「この村に命の一つも残しちゃあだめだよ? ちゃんと、ぜんぶ、まるっきり擦り潰すんだ」
 
 肌触りの良い声だ。お姫様のドレスに使うような、品のある響きの低い声だ。鼓膜を震わせて、脳髄を啜るような甘さを孕んだ声だ。
 
「ルマのだあいすきな赤色がいっぱい……あは、雨と、泥と、火薬と、血と……いろんなものが混じった戦争の匂い……
 
 きょろりと、目だけを動かした。
 
 首も、指先も身体の僅かも動かさないで、目だけで私はそれを見た。
 
「さあ次の戦場に行こう! 銃弾を撃って、砲弾を撃って、散弾を撃って、地雷を埋めて! 肉を割いて、頭を弾けさせて、心臓を擦り潰して、命を踏み荒らして!」
 
 獣だ。獣がいた。美しい獅子の如き獣が。
 
 赤と黄金の豊かな髪が血と泥で汚れている。一生見ることもないような上等な軍服が元の色のわからないほどに赤色に染まっている。
 甘い双眸に笑みを湛える口元と、興奮に膨らんだ恵体が演劇のように悠々とぬかるんだ地面を踏みしめた。雨に濡れて、血に濡れて、泥に汚れて……それでも、獣は笑っていた。笑っていたのだ。楽しそうに、嬉しそうに、幸せそうに。
 
 …………みんなをころしておいて?
 
「全部、全部ぜんぶぜんぶ真っ赤に染めるんだッ!」
 
 恍惚を乗せたなめらかな声が咆哮に変わる。
 
 ビリビリと空気が震えても、私は目を逸さなかった。
 目に焼き付ける。脳に焼き付ける。魂に焼き付ける。
 私はずっと見ていた。瞬きもせずにじっと見ていた。皆を殺した獣を、皆を踏みつけた獣を、皆を擦り潰した獣を…………気付かれないように心を透明にして、気付かれないように憎しみを乗せないで。
 
 獣が去り、雨が上がり、すっかり地面が乾いてしまった後で……私は漸く身体を起こした。
 
…………るま、るま、るま、……………………
 
 赤と黄金の髪。血に濡れた軍服の色。場違いな甘い表情。恍惚の声と……るま、おそらく、獣の名前。
 
「ころしてやる」
 
 その日、蹂躙され尽くした村から一人の鬼が生まれた。
 
 雲一つない空を嵌め込んだような、青い目をした鬼が。

   ☆
 
 晴れやかな朝だった。
 
 小鳥が囀り、爽やかな風が木の葉を揺らす。柔らかな日差しは心地よい温もりを地に降らし、新たな一日の始まりを祝福しているかのよう。
 
……るまさま、……かるまさま。カルマさま」
 
 ベッドに均整の取れた恵体を横たえ、気持ちの良さそうに寝息を立てる男を起こす、澄んだ水面のような女の声がした。
 
「ン、ぅ……、んむ、…………まりあちゃん……?」
「はいカルマさま、マリアです。あなたのマリアです。朝なので起きましょう? 今日はとても良い天気ですよ」
「え〜〜……おきたくない、……まりあちゃんも一緒に寝よ? ぽかぽかできもちいよ」
「使用人の私がご主人さまと寝るなんてできません」
「そんなこと言わないでさぁ……
 
 ゆるりと伸ばされた手を女……マリアは柔らかく握り、揺籠の声音で「お戯れを」なんて、優しくカルマに笑いかけた。
 
 ふわふわと夢見心地な意識に滲む柔い声を聞きながら、カルマはもに、と唇を動かした。すべすべとした女の肌をしたマリアの手が、硬くなった己の手のひらを包む感触……あまりにも繊細な指の細さが、カルマの心をじわじわとくすぐる。カルマにとって、マリアはライナスの毛布だった。
 
 ——数年前に使用人を増やした際にカルマの元へ現れたマリア。彼女は星のような銀髪を短く切り揃え涼しげな目元に赤い双眸を嵌め込んで、痩せすぎに片足を突っ込んでいるのか僅かに鋭い頬の輪郭すら気にならないほどの輝く美貌だけを持ったただの女の姿で、その他の有象無象に紛れて雑用の辛さにも負けず立っていた。
 
 スッとした立ち姿はただそこにあるだけで美しい芍薬のようで、花のかんばせはカルマを恐れることなく真っ直ぐに前を向いている。凡そ荒事など出来そうもない華奢な身体の輪郭と凛とした表情、カルマに対しての悪感情を滲ませない雰囲気は、恐れや媚びや……ぐらぐらと煮立った悪意に晒されることの多いカルマに安心感を覚えさせた。
 
 ——きみ、名前は?
 ——……マリア。マリアと申します、カルマさま
 
 星のような髪、血潮の瞳とか弱い身体つき。それに加えて、雛芥子のような声音のなんて心地よいこと!
 
 マリアをすっかり気に入ったカルマは、その日からずっとマリアをそばに置いている。
 髪を梳いてもらったり、シャツのボタンを留めてもらったり、口元に付いたソースを拭いてもらったり……マリアと手を繋いで庭を散歩する時間は、何物にも変え難い幸福をカルマに与えてくれた。時が経つにつれやわさを取り戻したマリアのまろい頬へちう、と口付けをした時なんて身体がぽかぽかしてなかなかどうして気持ちが良かったのだ。
 
 マリアはカルマのすることを受け入れてくれる。
 己の大きな身体をすり寄せても、仕方がないと眉を下げふわりと微笑み抱きしめてくれるマリアが好きだった。
 
 今はまだ明確な肉欲を伴っていないものの、マリアの甘い首筋はカルマの歯を疼かせる。うっとりとマリアの血潮の瞳を見るたびに確かに輪郭を作る愛と呼んでも良い熱の温度は、最早今更手放せないほどにカルマを構成する一部になっていたのだ。
 離れがたい肌の感触。幼子が握り込む毛布の端。それがカルマにとってのマリア。
 
 さて、そんなカルマであるから、マリアと共寝をしたい気持ちは戯れなどではなかった。
 
 別に、夜に沈むような深い口付けをしたいわけではなく……マリアのやわい身体を抱きしめて眠ることができたら、それはなんて素晴らしいことだろうと思う。
 カルマが「まりあちゃんもぉ、ねるん、だよー……」と、眠気にもつれそうな舌で話し、このままマリアの手を引いて隣に転がしてとろとろとした微睡みへ再び身を浸してしまおう……とふと湧いた案を実行するために力を込めた時、「ふふ、」としなやかな笑みがカルマの耳へするりと身を寄せた。
 
……今起きてくださったらサンドイッチをお作りしますよ。ふかふかのパンにお肉をたくさん挟んで、ぽかぽかのお庭で食べるんです。どうですか? カルマさま、まだ眠いですか?」
「え! ぅ、むぅ……、お肉いっぱい?」
「ええ、いっぱいです」
「じゃあ起きる!」
 
 がばりと上背を起こし、そのままの勢いでベッドサイドに立つマリアをぎゅう、と抱きしめたカルマは「ね、おはようのちゅう……して?」ととろりと笑う。
 甘い目元は僅かに紅潮し、弧を描く唇から肉食獣の牙のような犬歯が覗く。マリアの血潮の瞳をうっとりと見つめながら口付けを強請る様は、獅子のような美貌に狂暴な本性を秘めた肉体、肌を撫ぜる天鵞絨の声音と似合わずまるきり子供だった。
 
「もう、仕方ない人」
 
 ——ちゅ
 
 態とらしいリップ音を立てながら、マリアは強請られるままにカルマの額に口付ける。
 
……おでこ?」
「あら、お気に召しませんでした?」
「うーん、ちょっと……?」
「まあおませさん」
 
 女の婀娜な指先がカルマの額をトン、と突く。
 
 幸せだった。穏やかな日差しに浮かぶマリアがまるで天の御使のように美しかった。
 暴力からの束の間の休息。穏やかな時間に目をきゅう、と笑みに細めると、まるでマリアと己だけの世界になったようで気分が良い。
 
 荒事や、血、火薬の匂いから程遠い、何の力も持たない女の華奢さが好きだった。
 数多を赤く擦り潰すカルマのことをご主人さまと呼ぶ口で、酷い悪意を使うことができない女の弱さが可愛かった。
 ご主人さまと呼ぶ声を、カルマさまと呼ぶその雛芥子の声を愛していた。
 
 晴れやかな朝だった。
 
 空は雲一つなく澄み渡り、起き出したカルマ越しにマリアがじっと見上げればその青が濃いことに主の慈愛すら感じさせる。
 
 晴れやかな朝だった。
 スモアみたいに甘ったるい朝だった。
 永遠を望ませる朝だった。
 
 幸せなんて、続きっこないのにね。

   ☆
 
 酷い天気だった。
 
 鈍色の空、土砂降りの雨が庭をぬかるみに変えて咲いたばかりの花を散らしていく。
 
 マリアは、自室の床にぺたりと座り込み、目元の酷い隈を撫ぜながら思う。
 
 ——ああ、主が、我らの父が私をお叱りになられている
 
 マリアは母の……村のみんなの仇を取るためにカルマの元へ潜り込んだ。たくさんの有象無象に紛れるように、母が一等褒めてくれた青い目を隠して。雑用をこなしながら来る日を虎視眈々と待つマリアはしかし、男を狙い撃ちするのに簡単な商売女にはなれなかった……この後に及んでプライドが邪魔をしたのだ。獣に肌を許したくない! と、マリアの中の女が頑なだったから。
 
 皆を踏みつけた獣が私をそばに置くようになった時、しめたと思ったのだ。これで仇を取りやすくなる、獣が皆にした様に惨たらしく殺しやすくなると。
 
 殺すつもりだった。仇を、とるつもりだった。
 
 獣の名はカルマ・ルデルマ。大層な名前だなと鼻で笑ったこともある。紙に書いてめちゃくちゃに破いたこともある。
 
 さぞ趣味の悪い悪辣な男なのだろうと接してみたら、その姿は巨躯と低く響く声に似つかわしくないものだった。あっけに取られるほど思ったとおりじゃない……無邪気な口調に幼気な笑み、大振りだが悪意を孕まない仕草の全てがあまりにも子供であった。
 
 酷い冗談だと思った。こんな男にみんなは、母は殺されたのかと。
 
 絶望は悲しみに変わり、悲しみが燃え上がり憎悪をぐらぐらと煮立たせる炎になった。殺すつもりだったし、仇を必ず取ると、血が滲むほど拳を握りしめた筈だった。なのに、……だというのに!
 
 カルマはマリアにひたすら優しかった。マリアが浮かべたニセモノの笑顔に嬉しそうに答え、マリアが口にした空っぽの愛に純な気持ちを返してくる。力の強さを感じさせない様に、そろそろと手を握ってきた時、振り払えなかったのが終わりの始まりだった。
 
「カルマ……カルマ・ルデルマ…………カルマさま」
 
 あなたが私の名前を呼ぶから。あなたが私に笑いかけるから。あなたが、あなたが私を抱きしめたりするから!
 
「薄情な女……不孝者ね、わたし……
 
 しばらく俯いていたマリアは、ふと顔を上げると穏やかな心地で部屋を出た。
 手に無骨なナイフを握りしめて、まっすぐ前を向いたまま。
 
 ————……カルマは深く、深く眠っていた。
 
 マリアのやわい胸に包まれる幸せな夢を見ながら、窓を叩く雨音など瑣末ごとだと寝息を立てる。
 
 カルマは穏やかな心地だった。微睡の中、ひどく濃密な幸福に沈んで、もうこれ以上ないくらいに心がぽかぽかしていた。このまま起きたくないくらい。
 
 あるいはカルマが只人であったなら、起きたくないなんて願いはあり得たかもしれない。でも、そうはならなかった。カルマは軍人で、将軍で、獣だったから。
 
 一瞬の出来事だ。
 
 殺気に反応した身体が跳ね起きて、暗闇に浮かぶ鮮烈な青に全身が悲鳴を上げる。軋む心臓が突き動かすまま恐ろしい青色を排除するために無駄の一つもない動作で振り上げられていたナイフを取り上げて、青い青い怖いものを掻き切った。
 
 はっ、ハァ、は、……弾む息、ひきつれる喉、必死に呼吸を整えるカルマは暫く真っ黒な目でナイフをぎゅうと握りしめていた。大した時間はたっていない、ほんの数分のあとふわふわと意識が戻ってきたカルマは、ようやく視線の先をはっきりと認識できた。できてしまった。
 
……はぇ、?」
 
 綺麗な星の銀髪、柔くて甘い華奢な体躯、まろい肌が青ざめて……マリアが真っ赤になっていた。
 手足を投げ出して、喉からぜろぜろと酷い音を出しながら、カルマのマリアは赤く染まっていた。
 
「あ、……え? マリアちゃん? ま、りあ……まりあちゃん……?」
 
 ふと、酷い喘鳴に紛れて声が聞こえてきた。マリアの美しかった声が、雛芥子の声が。
 
「か、るま……、さ……
 
 ほとんど反射だった。カルマはもはや助からない血の海に沈むマリアを抱き締めて、青い目と視線を合わせる。
 
 全身に走る怖気、だが、今だけは振り払った。血の真っ赤に心臓が震えた、だが今だけは邪魔だった。恐怖も興奮も今だけは煩わしかった……ただマリアの声だけを聞いていたかった。そうしないと後悔すると思ったから。
 
「なに? どうして……どうしたの、何でも聞くよ、なんでも…………まりあちゃ、まりあ……
 
 戦慄くカルマの唇にふっ、と笑ったマリアが無理やり身体を寄せて真っ赤な唇を触れさせた。
 
………………
 
 ——お元気で。地獄で待っています
 
 口だけでカルマに伝えたマリアはそれきり、ぱったりと動かなくなった。
 
 もうマリアは微笑まない。カルマを起こしにきてくれないし、抱きしめることもおでこにキスをしてくれることもない。柔い手は温もりを失い、やがて腐って骨になる。
 
 酷い天気だった。
 
 空は厚い雲に覆われた鈍色、土砂降りの雨音と赤い赤い血潮と死の匂い。
 
 雨が降っていた、土砂降りの雨が。
 
 主は眠っていた。葡萄酒を溢して。
 マリアは眠っていた。血潮に塗れて幸せそうに。
 カルマはただマリアを抱いていた。死の匂いが濃くなっても、温もりが消え去っても、雨が上がっても、ずっとずっと抱いていた。
 
……まりあちゃん、あさだよ。おきてよ、おきよ? おきよう、よ…………
 
 雨音はなく、朝日が昇る。
 
 カルマの声は天には届かない。蘇りの軌跡などなく、ましてや獣に主の奇跡が授けられることもない。彼はあまりにも殺しすぎた。隣人を殺し、無辜の命を殺し、ついには愛する女をも殺した。彼は戦場で、死で、血潮の海でこそ生きる獣であったから。
 
……まりあちゃん、サンドイッチを食べようよ。お肉をいっぱい挟んだ、さんどいっちを、……おにわで、ふたり、で……、ねぇ……
 
 マリアは話さない。マリアは笑わない。マリアはカルマを抱きしめない。
 
 晴れやかな朝だった。
 氷みたいに冷たい朝だった。
 夢であれと、奇跡よおこれと望む朝だった。
 
 そんな都合のいいこと、おきっこないのにね。