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三崎
2025-02-09 10:55:55
10539文字
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Red Hot Bathroom
2025/3/20 ガタケット180 Raven's Market2のペーパーラリー・無配配布折本のお話です。
RaDのみんなとウォルターと621♂が大浴場でわちゃわちゃする話。チャ6♂前提です。
「はあ
……
今日も寒いねえ
……
」
散らかった作業場のソファで目を覚ましたシンダー・カーラは、のそのそと体を起こして、ぶるりと体を震わせた。暖房をつけっぱなしにしていたとは言え、近年稀に見る大寒波の到来により、底冷えする寒さがグリッド086を包んでいる。
「ったく、こんだけ寒いと、眠りが浅くていけないよ」
いつもより早起きだったのは、きっとこの寒さのせいだ。寝起きのフィーカを入れるべく立ち上がったカーラは、ぶつぶつとぼやきながら汚れの染み付いたマグカップにインスタントのフィーカとミルク、それに砂糖を一つずつ入れ、電気ケトルの湯をだくだくと注いだ。もうもうと立ち上る湯気から、この部屋の寒さがよくわかる。
「あちち
……
」
書類や工具で散らかり放題散らかった作業机に腰掛けたカーラは、ミルクブラウン色の熱々の液体をちびりと飲み、ぐっと一つ伸びをした。寒さで凝り固まった関節がぱきぱきと悲鳴を上げている。
しかし、寒いとは言え、ここグリッド086の寒さはまだマシな方なのだ。工場や大型コンピュータの排熱のおかげで、他よりは暖かく、暖房代も節約出来ている。とはいえ、この寒波はまだしばらく続く予報で、凍死の危険から屋外でのコーラル摂取を禁じられたドーザーたちのストレスも限界に近づきつつあった。RaDの長として、何かしら彼らのご機嫌取りの手を打たねばならない。彼らは破天荒でイカれた連中だが、技術者としては誰も彼もがそれなりに優秀だからだ。
「うーん
……
あたたまる
……
楽しくて
……
RaDらしい
……
そうだ!」
何か〝笑える〟ことをひらめいたらしいカーラが勢いよく立ち上がった時、作業場の扉がガラリと開いた。人型の体に入ったチャティが、驚いた様子で自身のボスを見つめている。
「どうした、ボス。今日は早起きだな」
「チャティ、いいところに来たね。今日は忙しくなるよ。良いアイデアが浮かんだからね」
ボスを起こしに来たはずが、目が覚めるようなアイデアを聞かされるとはチャティも予想していなかった。しかしチャティにとって、ボスのアイデアを聞くのはいつだって楽しく、心地いい。それにこのアイデアは、きっと誰もがハッピーになる。そう、ハンドラー・ウォルターの元で寒い思いをしているはずのビジター、独立傭兵レイヴンも。
――
強化人間C4ー621、通常モードに移行。スリープモードから目を覚ますなり、621は寒さにガタガタ体を震わせた。ここ数日の寒さは異常だった。ハンドラー・ウォルターの拠点は、当然暖房が効いている。しかし、いくら暖房を効かせていても、底冷えする寒さは621の痩せぎすの体には堪えた。
「さ、寒い
……
」
(レイヴン、早く暖かい服を着ましょう。風邪を引いてしまいますよ)
「うん
……
」
アンダーシャツを着替え、以前チャティからプレゼントされた暖かいセーターに袖を通し、その上からストールを羽織って、621はそろりと部屋の外に出た。キッチンで暖かい朝食を用意してフィーカを飲んだら多少は寒さも和らぐだろう。
「うわあ
……
」
廊下に出た621は、廊下の肌を刺すような寒さに思わず声を上げた。
(予報によると、今日の最高気温はマイナス十度を下回るようです)
エアの天気予報はあまりありがたくない情報だった。暖房の効いた自室はともかく、廊下まで暖めるだけの余裕はない。ガタガタと震えながらキッチンに向かうと、すでに起きていたウォルターが、すでに朝食の支度を済ませてくれていた。こんがり焼かれたトーストに、インスタントの野菜スープとフィーカがほかほかと湯気を立てている。
「ウォルター、おはよう、ございます
……
」
「ああ、おはよう。今日も冷えるな。体調は問題ないか?」
「はい。ウォルター、早起き、ですね
……
お手伝い、出来なかった
……
」
最近はなるべく一緒に食事の準備ができるよう、起きる時間もそれに合わせて調整していたから、621は少ししょんぼりした様子だ。
「歳を取ると寒い日は余計に早起きになる
……
。気にするな。食べよう」
「はい」
ウォルターが言うならそうなのだろう。そういうことにして、621も席についた。せっかく用意してもらった朝食なのだから、暖かいうちに食べたほうが良い。バターが塗られたトーストをさくりと齧り、トマト風味の酸味のあるスープを飲むと、体の中から温まってくる。寒いからか、余計に美味しさが身にしみる。
「今日の予定だが、カーラから連絡があった。朝食をとったらグリッド086に行く」
朝食をとりながらその日の予定を聞かされるのはいつものことだが、最近は強烈な寒波のせいもあり、予定のないことが多かった。そんな中、カーラからの連絡とは珍しい。
「どんな、依頼
……
ですか?」
「依頼ではない。遊びに行くようなものだな。全く、あいつはすぐ俺を年寄り扱いする
……
」
「?」
621にはよくわからなかったが、遊びに行くということはわかった。寒波の影響で吹雪の日が続き、グリッド086に遊びに行きたいとも言い出せずにいた621にとって、カーラのお誘いは願ったりだった。
(冷えはしますが、今日の天気は落ち着いているようです。移動するのにはいい日和ですね)
エアの天気予報に621もホッと胸をなでおろした。おそらくカーラも天候を見越して連絡をくれたに違いない。カーラからの連絡ということは何かしらの意図はあるだろうが、久しぶりにチャティに会えると思うだけで、621はわくわくして、気持ちだけは暖かくなってくる。
「着替えと、部屋にあるタオルを持って行くぞ。お前も湯船を経験しておくべき頃合いだ
……
」
「???」
(どういうことかはわかりませんが、ドーザーたちの根城となると私は遠慮しておきます
……
。レイヴン、気を付けて
……
!)
ウォルターが言っていることの意味もわからないまま、食事を終えた621は言われた通りに着替えとタオルをまとめて鞄に詰め込み、ウォルターと共にグリッド086へと向かった。
グリッド086のガレージに到着したウォルターと621を出迎えてくれたのは、いつものガレージ担当のモヒカン頭のドーザーではなく、シンダー・カーラその人だった。その傍らにはチャティもいる。
「やあ、二人ともよく来てくれたね」
「カーラ、こんにちは
……
チャティ、も」
「ああ、久しぶりだな、ビジター。風邪は引いていないか?」
「だい、じょうぶ
……
きみは
……
風邪なんて、引かないん、だっけ」
「アッハッハ! ビジター、今のはなかなか〝笑える〟冗談だったよ」
カーラは冗談というが、621は至って真面目なのだった。三人の賑やかなやり取りを黙って聞いていたウォルターは、和んで良いのかよくわからない様子で切り出した。
「
……
カーラ、それで、例のアレというのは
……
」
「なんだい、せっかちだね。まあ、確かにここは冷える。さっさと移動するとしようか」
「?」
「ビジター、道すがら説明しよう。行くぞ」
ウォルターと621を先導するカーラは、いつになく上機嫌な様子だ。置いていかれないように、621はとてとてと早足でついて行く。その後ろを歩くチャティは、自分が贈ったマフラーを621が身につけてくれているのを見て、こっそりと微笑むのだった。
「お風呂
……
?」
「ああ、ここのところ寒い日が続いてるからね。大浴場を作ったから、あんたたちにもあったまってもらおうと思って招待したって訳さ」
カーラが作ったという大浴場へ向かう途中に説明され、621は少しばかり不安そうな顔になった。621にとっての風呂というのは、なるべく早めに終わらせたい、苦手な時間だったからである。
「風呂は
……
苦手だ
……
」
「おや、そうなのかい?」
ぴたりと足を止めた621に、カーラも歩みを止めて尋ねた。621は気まずそうにおずおずと口を開く。
「風呂
……
だいじ、なのは
……
わかる、けど
……
疲れる、し、寒い
……
」
ウォルターに言われているから、風呂、正確にはシャワーは毎日浴びている。浴槽があれば良かったが、残念ながらそこまでの設備はない。シャワーから温水が出るとはいえ水場は冷えるし、髪を乾かしている間に体は冷えて体力は奪われ、終わる頃には疲れ切ってしまうのだ。最近の寒波の影響で、621にとっての風呂は特に辛い時間になっていた。その反応も無理はない。
「安心しな、ビジター。〝大〟浴場だって言っただろ? 広くてでっかい浴槽に浸かったら、風呂が大好きになるよ」
不安げな621に、カーラは優しく微笑んだ。
「そう
……
かな
……
」
「ビジター、俺も付き添う。安心してついてきてくれ。人間じゃない俺でも十分楽しめる施設だ。きっとお前も気に入るだろう」
「チャティ
……
」
確かに、カーラが作るものは少しばかり癖があるものの、どれも一流の性能を有した逸品ばかり。二人がそういうのなら、きっと心配いらない
……
はずだ。621はこくりと頷いた。
「
……
ふたりが、そこまで、言うなら
……
入って、みる」
「よし。浴場はこの先さ。脱衣所は男女別だから、後でまた会おう」
「わ、わかった」
後でまた会う。風呂なら脱衣所とは言わず浴場も男女別ではないのか。ウォルターだけが不思議に思いながら、三人と一人に別れ、四人はそれぞれ脱衣所へと足を踏み入れた。
「む、むしあつい
……
!」
脱衣所へ足を踏み入れるなり、むわりとした熱気が三人を包みこんだ。外気とは違う湿った暑い空気は、ルビコンでは訪れなくなって久しい梅雨の季節を思わせる。
そこそこの広さのある脱衣所では、ちらほらとドーザーらしい男がおり、いそいそと服を脱いでいる。チャティは三つ並んで開いているロッカーを見つけると、二人を案内した。
「脱いだ服をロッカーに入れたら、そこのシャワーブースで体を洗ってくれ。そうしたら、これをつけて浴場へ行くぞ」
「? これは
……
」
チャティがウォルターと621に渡したのは、黒い男性用の水着だ。伸縮性のあるフリーサイズの水着である。丈は短めだが、はみ出すことはなさそうだ。
「今は全年齢タイムだからな。全裸は禁止だ」
「
……
ぜん、ねんれい
……
」
「全年齢だ、ビジター。安心してくれ」
何を安心すれば良いのかわからないが、ドーザーたちのことだから、あんまり深く考えない方が良いだろう。三人は服を脱ぎ、タオルを手にシャワーブースへと向かった。
シャワーブースは至って普通だった。部屋も暖かく、温水の温度もちょうど良い。滞りなく体を洗った後は、渡された水着を履いて、浴場に向かうだけだ。義足は防水防塵仕様だからそのままでいい。
「621、準備はいいか」
「は、はい」
心なしかウォルターもウキウキとしているように621には見えた。浴場というのはよほど素晴らしいものらしい。風呂は得意ではないが、みんなが良いものだと言うのを見ていると、自分も少しだけ期待してしまう。みんなと同じように風呂を楽しめたら、それはきっと〝普通〟に近づいたことの証明になるはずだ。
「では、向かうとしよう。驚くなよ」
チャティが湯気で真っ白になったガラス製の扉を開けると、そこには。
「わあ
……
!」
「これは
……
」
目の前に広がっていたのは、大浴場の名に恥じぬ大きな浴槽だ。十メートル四方のプールと見紛うほどの浴槽には濃い赤い湯が湛えられ、中に浸かっているドーザーたちは気持ち良さそうに蕩けている。
「まさか
……
コーラルの井戸
……
⁈ カーラ
……
!」
「そんな訳ないだろ
……
入浴剤の色だよ。あんた、随分疲れてるね
……
」
いつの間にか隣にはビキニ姿のカーラが呆れ顔で立っていた。621は珍しそうに辺りをきょろきょろと見回している。浴槽の近くにはいくつかの長椅子が置かれ、何人かのドーザーが居眠りしている。浴場には飲料水タンクもあり、すぐに水分補給ができるようになっていた。
「すごい、な
……
はじめて、見るもの、ばっかり
……
」
「ふふ、風呂ってのは見るだけのもんじゃないよ。さあ、私らも入るとしよう」
「ビジター、足元に気をつけろ」
「ああ
……
」
タイルは濡れている上に固い素材で出来ている。621は慎重に浴槽に向かって歩き、チャティに手を引かれながら浴槽へと足を浸した。
「よい、しょ
……
」
義足だから湯加減はまだ良くわからない。そろりそろりと腰を落とし、621はゆっくりと体を湯に浸していく。
「ん
……
?」
浴槽は尻をつくとちょうど肩が浸かるくらいの深さだ。湯は温かく、確かに気持ち良い。でも、何かがおかしい。頭にタオルを乗せながら、621はカーラに尋ねた。
「なんだか
……
ぱちぱち、する
……
?」
「良く気付いたね、ビジター。これは
……
強炭酸風呂なのさ!」
強炭酸風呂とは。ぽかんとした表情の621と、風呂の心地よさに浸っているウォルターに対し、カーラが得意げに話し出す。
曰く、この風呂は炭酸ガスが溶けこんだ湯であり、浸かっているうちに炭酸ガスが体内に吸収され、血管が拡張されることで血流が良くなり、体も芯から温まる
……
らしい。
「見てみな、ビジター。皮膚に細かい気泡がくっついてるだろ? これが炭酸ガスさ」
「ほんとう、だ
……
」
湯船の中に目を凝らすと、確かに腕に気泡がくっついている。炭酸の入った飲み物
――
先日振る舞われたエールを思い出す見た目だ。
ぱちぱちして、温かく、なんだかいい匂いもする。これはいいものだ。
「どうだい? 風呂も悪くないだろ」
「ああ
……
あったかくて、楽しい」
「良かった。十五分もすれば、かなり体が温まるはずだよ」
621が気持ち良さそうで、カーラも満足げだ。
「
……
しかし、カーラ。湯を赤くする必要はあったのか
……
?」
「ん? ウォルター、わかってないね。ドーザーってのは、赤くてパチパチしてるもんに弱いのさ。これが良いんだよ、これがね」
「はあ
……
」
周囲で聞き耳を立てていたドーザーたちも、うんうんと頷いている。彼らとしても満足のようだ。
これだけの設備を数日で拵えるのには、多大な労力と技術力が必要なはずだ。だというのに、赤くてパチパチしたもの
――
つまりはコーラルに似たものを提供したいという遊び心のもとでこれを作るとは
……
。
「ちなみに、この大浴場はグリッド086の排熱と排水でまかなってる。再利用と発展、まさにRaDのポリシーにぴったりな施設って訳さ!」
「流石ボス! 天才だぜ!」
「ぱちぱちして脳みそ
……
いや、体が幸せだぜボス!」
「ボス! ボス!」
コーラルに酔っている訳でもないのに、湯船の中でデロデロに蕩けたドーザーたちは勢いよく立ち上がり、カーラに賛辞の声を送り出す。
「あんたたち、暴れるんじゃないよ! 炭酸が抜けちまうだろ!」
「スンマセン、ボス!」
「大人しく入ります!」
なるほど、とウォルターは感心した。このパチパチ感を楽しむためには騒いではならない。お祭り好きのドーザーたちも、この施設の中ではおとなしくせざるを得ないという訳だ。そういう面でも良く出来ている。
「そういう訳で
……
ま、好きなように風呂を楽しんでおくれよ。喉が乾いたら水を飲めばいいし、暑すぎたら椅子で休めばいい。外では冷たいフィーカも売ってるから、風呂上がりに買っていっておくれ」
「商魂たくましいな
……
」
「ははっ、どうも。さ、私はあっちのサウナに行こうかね」
「サウナまであるのか
……
」
久しぶりの温浴設備に、ウォルターの心は否応無しに沸き立っている。621が、そわそわした様子の飼い主に、のんびり入っているから好きに見てきて欲しいと告げると、ウォルターはすまんと言って、サウナがあるらしい方向へと向かっていった。
「サウナ
……
ってなんだろう
……
」
「サウナは
……
そうだな、暑い部屋に入って、汗をかく設備だ」
チャティはそう説明してくれたが、ルビコンⅢ以外の気候を知らない621には、今ひとつピンときていないようだ。
「暑い
……
どれくらい?」
「
……
八十度くらいだ」
「八十度⁉」
それは、料理をする時
――
といっても、621がしている調理というのは、湯煎にかける程度のものだったが
――
にしか見ない温度だ。
「やけど、しないのかな
……
」
「意外と人間は頑丈らしいな。俺たちはやめておこう。パーツに不具合が出るといけない」
「ん
……
ここで、じゅうぶん
……
あったかい
……
」
体が温まってくると、だんだんと眠くなってくる。気持ち良さそうにうとうとし始めた621を見て、チャティがふっと控えめに笑う。頭の上からずり落ちそうになっていたタオルを直してやると、621はバツが悪そうな顔をした。
「寒いと疲れも取れにくいらしい。睡眠は取っているだろうが、疲れがたまっているのかも知れないな」
「そう
……
かも。最近、昼でも、眠くて
……
」
「今夜はゆっくり眠れるだろう。ここはよそよりも暖かいからな」
「ん
……
ありがとう
……
」
「一旦上がろう。水分もとったほうがいい」
「ああ、そう、する
……
」
このまま浴槽で眠ってしまうのは良くない。チャティはゆらゆらと船を漕ぎ始めている621を連れて、一旦浴槽の外へと出ることにした。
浴槽の外では、ドーザーたちが思い思いに浴場を楽しんでいた。椅子で昼寝をする者、温まりすぎてぐったりと壁にもたれる者と様々だ。
サウナ室の小さなガラス張りの窓をチラと覗くと、カーラとウォルターが汗だくで項垂れているのが見える。
「
……
大丈夫、かなあ
……
」
「多分な
……
」
サウナ室の側には小さな水風呂があり、カーラは限界まで温まってから水風呂に入るのが好きらしい、とチャティが教えてくれた。せっかく温まったのに体を冷やすとは、風呂には色々な形があるらしい。621は戻ったウォルターにどういう感覚なのか聞いてみようと決め、水分をとって浴槽に戻ることにした
……
のだが。
「ご友人! ご友人と裸の付き合いができるとは
……
感激です」
「あ
……
ブルー、トゥ
……
?」
いつの間にやって来たのか、浴槽で優雅に入浴を楽しんでいたブルートゥが声をかけてきた。621に手招きをするブルートゥの前に、チャティがずいと立ちはだかる。
「今は全年齢タイムだ、ブルートゥ。とっとと出ていけ」
「やれやれ
……
ちゃんと水着を着ていますよ、チャティ」
「信じられるか。脱いだら出禁だからな」
「まあまあ
……
」
やいのやいのと火花を散らす二人をよそに、621はするりと浴槽に入ってしまった。歩き回って少しばかり体が冷えてしまったのである。
「ぐっ
……
ビジター
……
!」
「さあ、チャティもどうぞ」
お前に言われるまでもないとばかりにぎろりとブルートゥを睨みつけ、チャティも621に続いて浴槽に入った。
「ふう
……
あったかい
……
」
「気持ち良いですね、ご友人」
「ん
……
あったかくて、ねむくなる
……
」
「こいつの前で寝るなよ、ビジター」
「だ、だいじょうぶ
……
寝ない
……
」
肩まで浸かると、すぐにじわりと体が温かくなってくる。パチパチの炭酸も心地よくて、いつまでだって入っていられそうだ。
「どうです? この浴場は。私が夜なべしてタイルを敷いたのですよ」
「ひ、一人で
……
?」
「ええ
……
ここには人使いが荒い腹心がいるものですから」
「
……
お前には前科があるからな」
「ああ
……
私が敷いたタイルをご友人が踏んでくださる
……
素敵だ
……
」
「
……
」
ブルートゥの様子のおかしい発言を、621はぽかんとした顔で聞いている。チャティは巨大なため息をつき、こっそりとスキャナーを起動した。そんなことを言われると、何かが仕込まれていないか心配になる。
「
……
わざわざ調べなくとも、変な仕掛けはありませんよ」
「どうだかな
……
」
人間には検知出来ない電磁波なのに、察しの良い男だ。ブルートゥの言う通り、確かに浴場内に異常は見当たらない。
寒くて作業が捗らないのか、浴場には次から次へとドーザーが訪れ、さっきより騒がしくなってきていた。
「そう言えば、カーラも、ウォルターも
……
ずっと、戻って来ない、な」
「
……
! カーラも来ているのですか?」
「ああ
……
今、サウナに
……
」
621の返事を聞いたブルートゥは意味ありげに微笑んだ。
「なるほど、では
……
私もカーラに挨拶をしに行くとしましょうか」
「ボスに変なことをしたら、爪を剥いでミールワームの餌にするからな」
「おお、怖い怖い
……
こんなに人がいる中で変なことができる訳ないでしょう。少し顔を見るだけですよ。では、失礼
……
」
すっくと立ち上がったブルートゥは、くるりと二人に背を向けて浴槽を出て行った
……
のだが。
「
……
!」
「お前っ
……
! 全年齢だと言っただろ
……
!」
二人の目の前には鍛え上げられた立派な尻。ブルートゥが履いていたのは、支給された標準の水着ではなく、Tバックの際どいセクシー水着だったのである。
「
……
カーラ、大丈夫かな
……
」
「まったく、あいつは出禁だ
……
。ビジター、あいつを捕まえてくる。少し待っていてく
――
」
「おおっ、コーラルがこんなに
……
!」
「⁈」
チャティがブルートゥを追って浴槽を出ようとしたその時、がらりと勢いよく開かれた扉から、全身傷跡だらけの大男が姿を現した。
「さっすがボス、こんなに大量のコーラルを用意してくれるなんて
……
」
インビンシブル・ラミー。彼は目をきらきら輝かせ、なみなみと湛えられた赤い湯を凝視している。周囲のドーザーたちは皆、慌ててラミーに駆け寄り出した。
「ラミー! これはコーラルじゃ
……
」
「誰か、ラミーを止めろォ!」
「無理だ! 俺たちじゃ
……
」
「うわーッ! バカ、やめ
――
!」
どぱん、凄まじい音を立ててラミーが浴槽へとダイブした。ラミーの巨体は浴槽内の湯を盛大に揺らし、真っ赤な湯は高波のように、周囲で温浴を楽しんでいたドーザーたちを襲う。もちろん、621も。
「わぷっ
……
」
「ビジター! 大丈夫か」
浴槽内の湯が激しく動き、次から次に湯の波が襲ってくる。お世辞にも体幹が良いとは言えない621は、湯の流れに負けて溺れそうだ。チャティは慌てて621を抱え上げ、急いで浴槽の外へと避難する。
「はあ、はあ
……
びっくり、した
……
」
「全く、コーラルそっくりにするのも考えものだな。見分けがつかない奴も出る
……
」
和やかな雰囲気だった大浴場はたちまち騒然とした様子になり、揺れ動く湯を掻き分けて、何人かのドーザーが浴槽に落ちたラミーの救出に向かう。そうしているうち、サウナ室の扉が開いた。
「何事だい⁈ って
……
ラミー、何してんだい、あんた」
「ボス! これ、コーラルじゃねえんですか⁉」
浴槽から顔だけ出したラミーがカーラに大声で尋ねる。
「あー
……
なるほどね
……
そういうことかい
……
。ラミー、期待させて悪かったけど、こいつはコーラルじゃないよ。ただのお湯さ」
汗だくのカーラが、苦笑しながらラミーに説明する。周りのドーザーたちは呆れつつ、しかしラミーの豪快なダイブが余程面白かったせいか、拍手や口笛、楽しげな笑い声でラミーを称賛した。
炭酸が抜け、だいぶ嵩を減らした浴槽の真ん中で、ラミーが照れ笑いをする。カーラはやれやれと肩を竦め、いつの間にか背後に控えていたブルートゥに、現状復帰のための指示を出すのだった。
「
……
もうちょっと、入り、たかった、けど
……
楽し、かったね」
「楽しんでもらえて何よりだ、ビジター」
ラミーの騒動のあと、二人は一足先に上がることにし、着替えて外に出た。出口で売られていた甘く冷たいコーヒー牛乳を片手に、チャティの部屋へと向かう。冷たい飲み物を飲みながら寒い廊下を歩いているのに、体はずっとぽかぽかしている。
「寒波が収まっても、浴場はそのままにしておくそうだ。いつでも入りに来てくれ」
「ああ、そうする
……
ウォルターも、お風呂、嬉しそう、だった」
「そうだな。サウナ好きとは意外だったが
……
ハンドラーに気に入ってもらえて、俺も嬉しい」
そんな話をしながらチャティの部屋にたどり着いた621は、久々に寒さに震えることなく眠り、翌日も風呂で体を温め、またあの大浴場に入ることを楽しみにしつつ、拠点へと戻って行った
……
のだが。
一週間後、チャティとの通話で、621は残念な知らせを受けることになった。
「ビジター、悪い知らせだ
……
」
「?」
チャティ曰く、あの大浴場はしばらく使えなくなってしまったらしい。あるドーザーが本物のコーラルを浴槽に混ぜたせいで、循環設備や炭酸発生装置に不具合が生じ、盛大に爆発を起こしたそうだ。現在修理中とのことだが、復旧には一ヶ月ほどかかるという。
「残念、だな
……
お風呂、楽し、かったのに」
「そこでだ、ビジター。今、俺の部屋の隣にプライベートバスルームを建設中だ。明日には完成する」
「プライ、ベート
……
」
日数からして、かなり早いうちから工事を始めたに違いない。表情には出ないことも多いが、チャティは嫉妬深く、人並みに独占欲のある男なのだった。
「大浴場には敵わないが、二人で入れる浴槽を作ってある。今度は二人で風呂に入ろう。風呂で楽しめる玩具もいくつか準備してある」
「おもちゃ
……
どんなの、なんだ?」
「それは、見てのお楽しみだ」
「そう、か。じゃあ、いつ頃
……
行けば、いいかな」
「動作確認も必要だから、そうだな
……
三日後に来てくれ」
「わかった。お風呂
……
楽しみ、だな
……
」
暢気に風呂を楽しみにしている621は知らない。チャティが参考にした二人での風呂の楽しみ方がどんなものなのかも、用意した〝玩具〟の正体も。
三日後、チャティのプライベートバスルームで、色んな意味で621がのぼせてしまうことになるのは、また別の話。
おしまい
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