2025-02-08 17:57:19
2098文字
Public おまけ(右イサwebオンリー用)
 

『落日』の没になった部分

入れたかったけど展開上/紙幅の問題で没になった部分です。


「発言の許可を」
 突然イサミが口を開いた。スミスは驚いてイサミの横顔を見つめたが、その肌は蒼白で、机の下で握りしめた拳は小さく震えているのが見てとれた。
「構わない、アオ三尉」
 キング司令に促されて、イサミは地図上に指をさした。
「現行の兵力で間に合わないのなら、兵力を足せば良い。本当にそのライジング・オルトスという機体が、コパイなしでも従来のTSの3〜5倍の戦力を持つというのなら、利用しない手はありません」
「君は、オルトスにいきなり搭乗して乗りこなせると思うのか?」
 イサミはこくりと唾を飲み込んで、答えた。
……オルトスは日米共同開発の機体だそうですね。烈華のことはもちろん、ライノスの操作感も叩き込んであります。これまでも何度か乗る機会がありました。私が"適合"する、というのが本当であれば……やる価値は、あると思います」
 キングは目を閉じ、頷いた。
……どのみち、他にできることはないな」


「《塔》の機体は行動パターンが掴めません。ハワイのやつのように、突如交戦を停止するかもしれない。それ自体は賭けられるような高い可能性ではありませんが、奴の動きを度外視するのなら話は簡単です。敵の雑兵はこの《塔》の付近におびき寄せて艦砲射撃を浴びせれば良い。うまく塔ごと破壊できれば儲けものだ」
 今度はイサミが勢いよくスミスの方を振り向いた。
「お前っ……、しかし、それでは近辺の民間人に被害が出ます」
 思わずと言ったふうに口を開いたイサミは、慌ててキング司令たちの方を向き直り、口調を正す。
「《塔》の近辺に生き残っている民間人が居るならの話だ」
「居るかもしれないのに撃つつもりか? 《塔》近くで安全確認と避難勧告をする暇なんてないぞ」
「だからしないと言っている」
「スミスお前……ッ!」
 イサミは激昂し、スミスの胸ぐらを掴んだ。低い位置から、鋭い琥珀の瞳がスミスを見据える。
「自分が何を言ってるか、わかってるのか」
「わかっていないのはどちらだろうな?」
 スミスは鷹揚な仕草で両手を広げ、片眉を吊り上げた。
……アオ三尉。彼を離しなさい」
「しかしっ…………はい。申し訳ありませんでした」
 イサミはぱっとスミスの襟ぐりを放し、スミスを一度きつく睨んだあと、スミスの横に戻った。
 
***
 
「……泣いてる?」
 重だるい指先を持ち上げ、イサミの頬に添える。
「泣いてない」
 イサミは口ではそういったが、親指の腹で目の下を拭ってやれば、確かに濡れているのを肌で感じた。
「嘘つき」
 イサミは無言で鼻を啜ると、少しだけ頬を傾けて見せる。その仕草が、スミスの手のひらに甘えるように見えたのは、スミスの願望なのかイサミの意図通りなのか、スミスには判別がつかなかった。貧血で霞む視界では尚更だ。
「なんで隠す? 仲間を想って泣くのは君んとこの流儀だろ」
「お前は気に食わないって言った」
 確かに、そんなことを言った。それは確かに覚えていた。いや、もう少し穏便な言葉遣いをしたはずだが、イサミの受け取りは決して間違っていない。確かにスミスは気に入らなかったのだ。仲間を想って涙するイサミのことが。
「そう思ってたけど」
 スミスは、ぱたりと腕を下ろした。
「俺は、俺が死んだら君に泣いて欲しいみたいだ」
「は……
 イサミは息を飲み、怒りとも悲しみともつかない表情をした。そんな顔をしないで笑っていて欲しいと思うのに、それと同じくらい、確かにスミスに向けられたそれらの感情を嬉しいとも思うのだ。アンビバレントな欲求はスミスの胸の内で綯い交ぜになって、けれど、どうしようもなくイサミが好きだという一点のみで合意していた。
……死なないさ。もしもの話だ」
 冗談にして取り繕うには長すぎる時間が経って、スミスはかろうじてそう口にした。イサミの指先が、スミスの横たわるシーツをぎゅうと握りしめて皺を寄せる。
……勝手に死んだら、泣いてやらない」
「拗ねるなよ。悪かったって」
 シーツを辿って、スミスはイサミの手を捕まえた。TSパイロットらしく皮膚の一部が硬くなった手。細くも柔らかくもない、同い年の男の手だ。骨張ったそれが、今のスミスには、繊細な硝子細工のように、丁重に扱うべきもののように思えるのだ。恋というものがここまで脳味噌を麻痺させることを、スミスは知らなかった。もしこの、少しもままならない、スミス自身にも制御の効かない、星に捧げるような祈りと、皿の上の好物に涎を垂らすような貪欲とが綯い交ぜになったこれを恋を呼ぶのだとすれば、スミスは今初めて恋に出会ったのだ。
「死なないよ」
 念を押すように、スミスはもう一度言った。
「イサミと俺、二人なら大丈夫だ。俺は毎日、ちゃんと生き残るから。そうしたら君は、生きててよかったって泣いてくれ」
「なんだよ、それ」
 イサミは唇の端を引き上げて、笑みのようなものを形作った。スミスは本気だったのだけれど、イサミの機嫌が少しでも良くなるのならどう取られても構わなかった。