おだか
2025-02-08 16:50:32
2046文字
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紫憂SS。『熱が生まれる』

SURVIVEドラパ後の紫→憂の妄想です。ちょっとヤンデレ気味な甲斐田くん。

 消灯を疾うに終え、時刻は二十二時を迎えようとしていた。
 御子柴は昼間の疲れか、布団に入るや否や穏やかな寝息を立てていた。よほどすっきりしたのだろう、土佐のイビキも意に介さず、寝入っている。
 反して自分はと言えば。
 ベッドから抜け出し、平生ならば玄関へ向かうところだが、今日は隣の看守部屋を迷わず叩いた。
「っ、え! あ、ハイ。誰です?」
 中から驚く声がして、僅かに警戒する気配と立ち上がる音がする。
「甲斐田くん、どうしたんですこんな時間に」
 恐る恐る顔を覗かせた犬飼は、こちらの姿を認識すると、安堵と呆れの二つの表情を器用に浮かべた。
「寝付けなくてさ。少しだけ話、付き合ってくれない?」
 扉に手をかけて縋るような声色で頼めば、甘い看守は困ったように視線を彷徨わせながらも、結局は流されて侵入を許すのだ。
「今日は大変だったね」
 静かにドアを閉め、作業机に戻っていく彼の背に話しかける。
「ええ、でも御子柴くんのことを知れて良かったです。それに、この経験で私たちもっと強くなれたと思います」
 椅子に腰掛けた犬飼は、呆れるほど真っ直ぐな瞳で言ってのけた。ため息が出そうだ。
「結果的に良かったけど、最悪になってた可能性だって充分あったんだけど」
 彼に近寄りながら机の上を見れば、やはり誤魔化しきれなかった箇所もあったらしく、始末書の類が散乱している。
 犬飼はそれを慌てることもなく自然に片付けながらも、見るなとばかりにやんわりと微笑みベッドへと手を向けた。
「すみません。椅子がないので、ベッドにでも座って下さい。……ってあの、寝転がられるのはちょっと……はぁ、眠くなったらちゃんと自分の布団に戻ってくださいよ」
「勧められたからそうしたのに。犬飼もさ、そんな紙切れほっといて一緒に寝ようよ」
 横になると、安っぽい硬さと冷たいマットの中に、犬飼の香りが混じり、なんともいえぬ興奮感が煽られた。
「まだ仕事がありますので。甲斐田くんは眠れそうな話をしにきたんですよね。どうしましょう、明日の配給メニューでも予想しますか」
 本気で退屈そうな話題に首を振り、冗談もここまでと身体も起こした。
「いいや、昼間の話の続きをしにきたんだよね」
 ペンを走らせる音が止まる。
「何であんなこと言ったの」
「ど、どれですか」
 こちらの苛立ちを察してか、犬飼の肩が僅かにすぼまった。
「責任の取り方の話。簡単に自分のクビを差し出そうとしたよね、逆に無責任だと思わない?」
「それは、その、しかし……
 立ち上がり、言葉を詰まらせている彼の横に近づくと、顎に手をかけ上を向かせた。
「甲斐田くん、怒ってます……?」
「あんたが居なくなったら、俺はどうやって生きていけばいい」
 冷えた指に、触れた箇所から感じる犬飼の温さが、どうしようもなく愛おしい。
 今すぐ首を絞めれてしまいそうな隙も、困った瞳で見上げてくるその表情も、鈍いところも、腹が立つのに、その全てが。
 『好き』
 唇だけ動かしてみせた。伝わってほしかったし、伝わらなければいいとも思った。とにかく彼の近くに居られればどちらでもいい。
「甲斐田くんは、強い人です。それに優しい。何処でだって頑張れますよ」
「あんた、ほんと残酷すぎ」
 皮肉には皮肉とばかりに嘲笑い、顔を掴んだまま腰を屈めた。
 思いの他冷たい唇同士が重なる。触れるだけのキス。ゆっくりと顔を離し、見つめあったまま息をついた。
「目くらい閉じたら」
「驚いて、しまって」
 嘘ばっかり。犬飼の脈も体温も、何も変わってない。
 部屋に入れてくれたところから全部分かっていたのだろう。こうされることくらい。詫びのつもりだろうか。
「これ以上は?」
「それは、駄目です」
 ようやく抵抗の言葉と共に、彼の両手が手首を掴んだ。
「じゃあキスだけでいいから、もっかい」
「駄目です。機嫌が直ったのならもう寝て下さい。就寝時間過ぎてますから。夜遊びも以ての外ですからね」
「つれないなぁ犬飼は。ほんと、腹立つ。俺をこんなふうにしておいて」
「変な言い方はやめてください」
 口づけした時よりも顔を赤らめた。自覚はしてくれているのかもしれない。
 鼻を鳴らして髪をかき上げると、伸びを一つして扉へと脚を向けた。
「まぁいいや。今日はここまでで。でもほんと、自己犠牲みたいなことは二度としないで。もしも本当に犬飼が何処かへ行ったら――
ドアノブを掴み首だけ振りかえる。
「脱獄して、必ず見つけ出して、刺してでもあんたを手に入れるから」
『覚えてて』
 口元を動かしたまま笑みを浮かべ、ノブを捻る。
 廊下に出た時にはもう、彼に触れていた指先は、その温もりを忘れていた。けれど、多分彼の頬には自分の冷たさがまだ残っているだろう。
 最後に見えた彼の顔が可愛くて、たまらず熱い息を吐いた。
 こんな感情、お互い、瞳を閉じていたら気づくこともなかったのに。


 了