無題

雑高 要素は薄いです 「恨むなら私だけ」を個人的に解釈した話
人生の階段のどれかを雑さんがちょっと外れた時、何も言わずにそばにいる烏帽子親子

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 彗星というのは、燃えている星が落ちているのだと聞いた。それを何度も雑渡は見ているうちに目が痛くなってきた幼少期を思い出した。父が、そのうち上ばかり見すぎて首も痛くなるぞと笑った。その笑顔が笑顔のまま目を閉じて、家に戻ってきた日があった。あの日は山本が涙を流し続け、目の下を焦がしたように黒ずませ、雑渡はその痕を、彗星の落ちたあとの地上に、焦げて残るとこんなふうではないだろうかと勝手に思った。親指でいくらその痕を拭っても、山本の黒は消えない。その黒は後悔の色をしている。雑渡は「私の分まで陣内が泣いてしまった」と言った。山本は雑渡の袖を掴んだまま、なにも言えずにまた嗚咽した。父の落ちた痕はこんなにたくさんの人に残るのか、と、雑渡は辺りを見渡した。

 どの忍びの最期も、赤々と燃え、黒々と痕を残した。そのたびに組頭となった雑渡は一人で、一軒一軒を訪ねる。家屋から出てくる人たちは皆目の下を暗く、重く、彗星の落ちた痕を作り──この家の星を、落としてしまったことを詫び、ひたすら詫び、膝をつく。罵声でもいい、殴られても構わない。雑渡の皮膚はすでに焼け切り、その黒を残すことができない。代わりに痕を刻めるのならどんなにいいか。雑渡は解放されて尚、彼らが屋内へ引っ込むまで決して離れず、いちばん最後に家をあとにする。
 生きてください。死んではならない。期待と希望を込めてさまざまな人が雑渡に言う。死ねば良かったのにと今の家の人は雑渡に言った。今回は二つの星が地に落ちた。明日もう一軒。抜けない刃は深く、心臓に突き刺さる。

「雑渡様」
 門をくぐり、帰りを待っていた高坂が控えていた。どうしたの、と下手な笑いを浮かべて顔を見ないようにする。輝きながら空を飛行している最中の彗星たちは、今の雑渡に少しまぶしい。
「明日は、私もお供を」
 ……その先に続く言葉は、「させてください」だろうか、それとも「しましょうか」なのか。雑渡は伏せがちだった目をゆっくり高坂に向けた。部下からの、せめてもの気遣いとわかる。わかるが、それでは高坂にも矢は飛ぶ。その矢を受ければ、黒が伝染する。
……だめだよ、私一人で受ける」
 高坂の体を、足元から黒が染めていくのを想像した。覆われた体はいずれ内部を蝕む。彗星のまばゆい光は吸収され、暗闇に包まれる。見たくない。
「陣左……
 雑渡が離れようとする手を、高坂は握る。今や軍の中で雑渡に次ぐ体つきだ。捕らわれるようになるなどと、昔は思いもしなかった。
 高坂は、組頭、と呼ばなかった。昔のように懐かしく、雑渡様と呼んだ。雑渡というただ一人の人間に戻るよう、働きかけてくる。神経がぐらつく。落ちた星たちの、笑顔が浮かんでは消え、組頭、と呼ぶ声の残像が聞こえた気がする。笑い顔のまま目を閉じて運ばれた父が、最後に脳裏をよぎっていく。
「私の涙腺は焼失している」
「はい」
「私の皮膚も、涙で引き攣れ、黒ずむこともない」
……はい」
「特権だと思わないか。きっと天が、私に与えた」
 あの炎の中に飛び込み、諸泉の父を救ったのも、この役目を永劫に果たせという宿命のためかもしれない。雑渡はそう語り、高坂の指をなぞった。高坂はなにも言わない。なにも言わなくていい。雑渡様、ともう一度、まだ人間であることを教えてほしいだけ。