幸せを継ぐ鬼面

MHRウ教×ハ♀。相思相愛/夫婦。
二人の子の描写(名前等の詳細描写なし、セリフが少しあり)あり、ご注意下さい。

2025年の節分のお話。
節分用の鬼面から見える景色は……

ところどころ色が剥げ落ちたり、掠れたりして古ぼけた自作の面。

もうじき夕暮れの、柔らかな愛日あいじつに包まれる自宅の畳の間に座って、俺は浴衣姿で自分の作ったそれを、ぼんやりと見つめていた。

もう十数年前、雪鬼獣せっきじゅうゴシャハギを参考にして今日の、この節分の季節のために作ったもの。

思えばこれが、俺の処女作かもしれない。加工屋ハモンさんに木の削り方や彫刻刀の使い方を教わって、初めて作った鬼面きめん

幼いキミが小さな手で小さなますを持ち、福豆を握りしめて「おにはーそとー!」と、楽しげに声をあげる姿は、まるで昨日のことのように思い出せる。

「あら、お面の用意してたんですね」

ふと、愛しい妻の声が降ってきて、俺が顔を上げる。母子おやこで仲良く節分の料理の買い出しに行っていたはずだが、いつの間にか帰って来てくれていた。

「やあ、おかえり。あの子は?」
「途中でヒノエさんとミノトさんに会って、すぐそこで一緒に節分用のひいらぎを取ってます。あの子、ちゃんと取って来るから先に帰っててって聞かなくて……
「お疲れ様。あの二人と一緒なら大丈夫だろうけど……俺、迎えに行くよ」
「そうですか? ふふふ……ありがとうございます、お父さん」

まだ、ほんの少しだけこそばゆくなる呼び方をされて、俺はむずむずと口角をほころばせる。

我が愛弟子、里の英雄『猛き炎』と呼ばれし無双の強者ツワモノである最愛の妻は、家ではすっかりたおやかで優しき母となっていた。

彼女は俺の手の中にある鬼面を見ながら、懐かしそうに目元を下げる。

「ふふ……懐かしいですね、それ。あの子、どんな顔するんだろう……怖がるかなぁ」
「どうかなぁ? あの頃のキミみたいに可愛く立ち向かって来るかも?」
……全くもう、よく覚えてますね」
「忘れるわけないさ。あの時間の全てが、俺の幸せの瞬間だもの」

鮮やかに思い出される度、俺の心は温泉にかったようにほっこりと温まる。

鬼面越しの狭い視界でもよく見えた、あの時のキミの可愛い覇気。
鬼となった俺に立ち向かうキミの眼差しの中には、幼い中にも確かに、いずれ『猛き炎』となる種火が強く燃えていた。

(ぶつけられた豆、ちょっとだけ痛かったんだよなぁ)

忘れ得ぬ記憶を辿りながら、俺は思わず「ふふっ」と吐息を零して笑ってしまう。
キミは、何かを察したように「もう」と軽く頬を膨らませ、でも、とても幸せそうに笑ってくれた。

今年の今日、節分。十数年ぶりに、俺はまたこの鬼面をつけて、鬼になれる。
鬼面越しにどんな景色を見ることができるだろうか。

今日、また新たに刻まれる幸せの記憶を、俺は生涯忘れることはないと確信していた。

「さあて! あの子を迎えに行って、豆まきの用意をしなきゃね!」
「わたしも、いわしを焼いて恵方巻きの用意をしますね」
「うん! ありがとう、我が妻よ」

俺は微笑みながらキミの手を取り、子どもの目が屋内に無いことを確認してから、その手背しゅはいに優しく唇を寄せて、軽くついばむように口付けた。

キミは面食らったように大きく目を瞬かせたが、頬をほんのり染めて嬉しそうに「こちらこそ」と答えてくれて。

久しぶりに、純粋に夫婦として、微笑み合って。

砂糖より甘い想いで心が芯まで満たされていく感覚に、つい目元をとろけさせた後。
意識を切り替えながら、俺は父として我が子を迎えに行くため、ゆっくりと立ち上がる。

かまちで草履に履き替えて迎えに行こうとした途端、玄関引戸げんかんひきどが勢い良く横に滑った。

「おとうさーん! おかあさん! ただいま!! ねえ、みてみて!」

元気いっぱいの、里中に響き渡りそうな大声量は、一体、誰譲りなのやら。

「おお! おかえり、我が子よ! 二人とも、連れて来てくれてありがとう!」

あの頃と変わらぬヒノエさんとミノトさん姉妹が「いえいえ」と小さく微笑む中、二人に連れられて、注意深く柊の枝を持って、笑顔で帰って来た我が子。
弾けんばかりのその笑顔は、どこか懐かしくもあり、とても愛おしい。

ヒノエさんとミノトさんにお礼を告げて、二人も帰宅した後、やってくる家族の節分時間。

家族で妻の焼いてくれた鰯を食べて、我が子の持って来てくれた柊に、その頭をつけて。
率先してそれを玄関に置きに行った我が子の姿もまた、愛らしくてたまらない。

家族みんなで恵方巻きを食べた後、俺はこっそり外に出て家の裏に回り、月明かりの下でもよく分かる、くたびれた鬼面を見つめる。

(……また、来年も……着けられたら……)

そんな願いをふと脳裏に描きながら、屋内の様子を窺う。
愛しい妻が「鬼さん、鰯のニオイで逃げちゃったのもいるけど、一人くらいそろそろ来るかもよ!?」と中で我が子と話しているのが聞こえて、思わずまた大きく綻んだ俺の口から、万感の吐息が、湯気のような白息しらいきとなってこぼれれた。

──これからも、愛しい家族と、仲良く健康に過ごせますように……

願いを込めながら、静かに、俺は鬼面を顔に着けた。

あえて大きく足音を立てて、ざく、ざく、と一歩ずつ、光と温もりがこぼれる玄関に向かう。

「がおーー! 鬼が来たぞーー!!」

勢い良く引戸を滑り開いて、鬼となった俺は屋内の土間に躍り出た。
目の位置を小さく、丸くくり抜いた狭い視界から見えるのは、可愛い我が子が、升と豆を構える姿。

「おにはーーそとーーー!!」

──ああ……あの日と、同じだ

季節の景色もまた、気概や慈愛、大切にしたい想いや、守りたい願いと共に継がれ続けていく。

目の前で豆を握る愛しい我が子の姿は、在りし日のキミと重なって。

無垢な瞳の奥に確かに見えた、これからますます燃え盛るであろう小さな炎の気配に、体が、心が、喜びに満ちてぶるりと震えて、口角が上がって。

「うわあぁ! 豆だぁ! かなわん! 逃げろぉー!」

愛しい小さな手から放たれた、春を呼ぶ福豆。
この身を打つ、とてもとても懐かしい感覚に、俺は鬼面の中で笑いながら退散した。


@acadine