井見
2025-02-07 22:50:18
3033文字
Public 真Ⅲ二次
 

コインの裏側

呪い現象が好きなので、そこに同伴してる人次第で何かが起きるよなーという文です。
2022年の6月くらい……二周目かにマニアクスにしてデビルハンターに会えて嬉しかった記念文だった気がします。

 進まなければならない。
 もう急ぐ必要は無いのに、なぜか僕は焦っていた。取り囲むように赤く光る立方体が僕をひたすらに急き立ててくるようだった。急がなければならない。進まなければならない。
 しかし体はぼろぼろだった。魔力も物資も限りがある。仲魔たちを交代しながら、たまに新しい仲魔を得ながら、騙し騙し進んでいる。それでも限界が近かった。
 戻るべきなんだろう。わかっている。しかし、あともう少しなんだ。根拠は無いが、予感はあった。
 だから賭けだった。
 両手から伸びる光る刃が目の前の悪魔の体を貫くと、それを確認したかのように、飲み込んでいるマガタマ‪——‬カイラースが、首の後ろの中でぐるりと寝返りを打った。物体のようで生物のようでもあるそれが、僕の体の中にあるのがよくわかる。
 蠢くマガタマ。抑えつければ何も起こらないが、好きにさせてやるとそれは十中八九で僕に牙を剥く。だがもしかしたら、もしかしたら。仲魔たちを見やる。このマガタマは、稀に癒しの力を放つ。
「コインの裏をまた選ぶ気か?」
 赤い男‪——‬ダンテは小馬鹿にするように、そして少し懐かしむように、僕を笑った。身の丈ほどもある大剣を軽々と振り、滴る液体をあたりに散らす。赤い血、青い血、茶色の血。悪魔の血は汚く混ざり合って、剣の銀色を引き立てている。その中には、きっと自分の血もたくさん含まれている。
 僕はすぐ側まで寄ってきたその男を見上げる。これ見よがしにコインをピンと指先で跳ねると、空中で掴んでそのままポケットに隠してしまう。
 コインの裏を選んで、中身が半分になった財布は、まだ軽いままだった。
「わかった」とだけ、僕は答える。おかげで決心がついた。
 首の後ろ、頭の付け根、蠢くマガタマに意識を向ける。するとぴくりと動くのをやめる。マガタマから、何かが吐き出されていく。

 ああ、これは、と思った。
 うなじから、背中を越えて足の先まで。それからずるりと上って、目の後ろまで。
 賭けはやっぱりまた負けだ。
 マガタマが、僕の体を奪っていく。
 黒い思念がどろりと脳内に流れこむ。見境が無くなり自分がわからなくなる混乱とは違う、明確な敵意。思考ははっきりとしているのに、体が勝手に動き出そうとする。
 その衝動を息としてなんとか吐き出した。風邪を引いて発熱した時のような、熱い空気が喉を通って外に出ていった。暴れようとする体を抑えつけると、代わりに体の中に鋭い痛みが走った。 
「大当たりってやつだな」
 ダンテは剣を背に戻すと、やれやれと肩をすくめた。体を屈め、珍しいものを見るかのように僕の顔を覗き込む。
 誤魔化そうにも、否応なく目立つ刺青の光が青色から鈍い赤色に変わっている。どこからどう見ても僕の体に異常が起きていることがわかるだろう。
「調子はどうだ? 最高か?」
 悪いに決まっている。
 しかし口を開きたくなかった。言葉にしたくなかった。きちんと言葉が口から出てくる保証がなかった。
 代わりに僕はひとまず彼を睨んでみる。あんたのせいだぞ、なんて責任転嫁もいいところなことを考えて、少しでも気を紛らわせたい。気を抜けばマガタマから流れ込む思念が僕を飲み込んでいく。
 このままではいけないので、仲魔たちを下がらせた。別れの間もなく二匹の悪魔は消えていく。それでいい。しかしこの男だけはただの悪魔ではないので、下がらせる場所も無い。それもまあ仕方がないか。
 ‪——‬仕方がない。
 その思考を皮切りに、抑えたはずの呪いが再び体に絡みつく。ぞわりと意識が浮遊する。
 体が自分のものではなくなる。
 ゆるく開いた左手に対して、右手が強く握りしめられた。
 脈動と一緒に、僕の右手が赤く光っている。頭ははっきり状況を理解しているのに、動き出したジェットコースターのように、止められない。
 そのままいつかのように、握られた拳は振りかぶって、目の前の赤い男を狙う。
 ぱし。
 思ったより軽い音が響いた。革に包まれた大きい手が、僕の右手を受け止めている。
「熱烈だな、少年」
 敵として向かい合っていた時の呼び方は、もはや懐かしい。
 しかし呪われていると、全ての感情が害意に上書きされるようだ。重ねてすかさず振りかぶろうとする左手も、同様に彼に掴まれた。
「制御、できないんだ。落ち、着くまで、待ってくれ」
 掴まれた手を振り解こうと、今にも暴れ出しそうな衝動を抑えこもうとする。呪いは勝手には治らない。
「お仲魔たちを帰したのもそういうことか」
 なるほどね、と彼は頷く。
「俺なら殴っても気が咎めないか?」
……あんたなら、死んでも死なないだろ」
「そりゃ目の付け所がいい。二回も殺し合った仲だしな」
「まあ、それもある、かも」
 状況に合わない軽口に、思わず笑ってしまいそうになる。しかし代わりに口から溢れたのは、生温い液体だった。そういえば悪魔の体にも血が流れているんだった。
 呪いを無理に抑えこもうとすると、自分の体が壊れていく。呪いの誘いに大人しく従えば、周りの仲魔たちが壊れていく。
 ダンテは僕の両腕を片手で抱えこむと、空けた手で僕の口元を拭った。黒い革の手袋は少しざらざらしていて痛い。
「泉に行く必要があるんだったな?」
 先ほどとは一転して、低い声が耳の奥に響く。
 僕は頷いた。命さえも呼び戻す道具はあっても、呪いは泉でしか解けない。
 彼は何かを言っていたが、聞き取ることができなかった。
 拭き取られた僕の血が、彼の手袋を伝っていく。それだけが見えた。


 体が何かに浸かっている。
 起きようとして、めまいが襲った。体がひどく重かった。上半身をどうにか起こすと、僕を見つめる視線に気づいた。
「起きたな。
 調子はどうだ? 最高か?」
 優しい緑色の光の中に、赤い服はあまり合わない。泉に浸けられたままの僕の側で、ダンテは再び同じようなことを聞く。
……最高」
 ここまで来た記憶が無い。おそらく意識を失った僕を抱えるかして、泉まで戻ってくれたのだろう。
「助かった。ありがとう」
「案外素直だな」
「そうした方が逆に良いんだ」
「賢い判断だ」
 頭に手を置かれ、わしゃわしゃと左右に乱暴に撫でられる。子供扱いを超えて犬のような扱いに思えたが、助けられた身分なので強く出られない。ひとしきりされるがままにしていると、彼は満足したのか徐に立ち上がった。差し伸べられた手を大人しく受け取り、僕も立つ。僕の手についていた泉の水が、彼の手袋を伝う。僕の血はもう洗い流されていた。泉に映った僕の顔にも、もう血はついていなかった。
「ダンテ」
 思わず名前を呼ぶと、彼はゆっくりと振り返る。
 さっきはできたのに、言うべき言葉はもう引っ込んで出てこない。
「そういえば代金は……
 代わりにどうでもいい質問が口から飛び出た。
 しかし彼はよくぞ聞いたと言わんばかりに、にやりと笑う。
「ああ、お前からもらった金がたんまりあるからな。今回はまけておいてやるさ」
……礼を言って損した」
「損? まさか。他でもない俺の金を、お前のために使ったんだ。間違いなく礼を言うところだろ」
 片眉をつり上げて、顎を撫でる。僕は反対に首を傾けて、やっぱり彼を睨む。それくらいしかできないのが悔しい。
「次は勝てると良いな?」
 何に、とは聞かない。



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