やごろく
2025-02-06 22:48:27
1197文字
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狡い男

陳占と龍捲風のラストバトル決着妄想ss
※占祖だけど妻→←(妻への愛情)占祖(友への愛情)→←(←←)龍捲風です
※まだ映画しか観てない

◇◇◇

 視界を布で塞ぎ、互いの気配だけを追うこの瞬間が永遠に続けばいいと思った。鋭い斬撃が巻き起こす風を頰に感じ、固い拳を身体で受け止める。吐き出される鋭い吐息が、衣擦れの音が、靴底が力強く床を叩く音が、友の───最愛の男の魂がまだその胸の中にあることを知らせてくれる。
「龍捲風」
 呼び声には、荒い吐息が混じっていた。
「忘れるなよ」
 陳占の鎌が風を切る。龍捲風は夢想する。九龍城砦の片隅で、慣れぬ手つきで剃刀を研ぐ友の姿を。義理堅い男だ、生真面目に約束を守り、床屋を継いでくれるだろう。人を斬ってきたその手を、髭を剃るために使うのだ。そう考えると、目隠しが温く湿り、身体がふわりと軽くなるような心地がした。ならば、俺は───
 瞬間、鋭い風切音が耳を刺した。頬に走る痛みが、龍捲風の身体を地面へと引き戻す。体勢が崩れたところに容赦無く攻め込まれ、龍捲風は思わずたたらを踏んだ。
 俺は今何を考えていた───撃ち込まれる拳と斬撃を必死に受け流しながら、龍捲風は己自身への怒りに震えた。感傷に飲まれ、成すべき事を忘れるとは。決して譲れぬものがあるからこそ、我らはここへ辿り着いたのだ。
 敗北など許されるはずがない。義兄弟の悲痛な叫びが、己を慕う若衆の未来が、城砦に住まう人々の苦境が、この命に縋る限りは。
 重みを取り戻した身体で、地面を強く踏み締める。込み上げる激情を飲み下し、龍捲風は唇を歪ませた。
……あぁ、思い出した」
 目隠しの向こう側で、友が微かに笑った気がした。

◇◇◇

 永遠にも思える撃ち合いの末、勝敗は遂に決した。
……分かっていたさ。残るのはお前だと」
 陳占の穏やかな声が、龍捲風の鼓膜を揺らす。のし掛かる身体に押されて尻餅をついた龍捲風は、腕の中の陳占を無言で抱きしめることしかできなかった。破った腹の柔らかな手応えが、手に染み付いていつまでも消えてくれない。
「なんだ、震えてるのか?」
 冷えた指先が目隠しに触れた瞬間、龍捲風はその手を力強く握り込んだ。耐えられなかった。死の淵に立つ友を直視する気力は、もう残されていなかった。
「はは……おい、ボスになるんだろ。まずは落ち着け」
 笑い混じりの声は、明らかにか細く、弱々しいものになっていく。昇り行く魂を引き留めようと、龍捲風は腕に込める力を強くした。瞬間、胸の底から迫り上がってきた言葉を、龍捲風は留めておくことができなかった。
……陳占、俺は───」
「言うな」
 陳占の手のひらが、龍捲風の胸をそっと押す。湿った声は僅かに震えていて、龍捲風は何も言えなくなった。微かに鼻を啜る音がして、胸の手がぐしゃりと服を掴む。
「約束だ───」
 溜息を吐くようなその声が、陳占の最期の声になった。力の抜けた身体を堅く抱きしめたまま、龍捲風は暫しの間凍りついたように固まっていた。