いまさら
2024-06-04 22:38:11
3230文字
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あめ

研クロ 中学生、小学生 若干衛生的に問題がある描写がある

 中学に入って最初の試合、打ち上げは食べ放題の焼肉だった。初めての試合でそれなりに思い通りのプレーができたこと、そしてクロがおれよりもおれの活躍を喜んでくれたことがくすぐったくも嬉しくて、そんなにたくさん食べる方ではないおれもクロと一緒になって焼肉、焼肉、と歌うように唱えることで内から湧き起こる照れくささや喜びを外に発散していた。
 今思えば完全に照れ隠しだ。クロはひとを褒めるのが昔から上手い。もちろん、焼肉も嬉しかったんだけど。あんなにまっすぐ他人から褒められる機会というものは、当時のおれにとっては貴重なものだったから、バレーでクロが褒めてくれるたびに嬉しくて仕方がなかったのだと思う。
 打ち上げといっても部のみんなで行くのではなく、クロのお父さんがクロとおれを連れていってくれる、という個人的でこぢんまりとした会で、大人数が苦手なおれは安心して食べ放題の薄切りの肉を頬ばっていた。クロのお父さんが肉を焼いて、子どもたちの皿に放り込んでくれる。クロの世話焼きなところはこのひとに似たのかなあ、と日に焼けた大人の手を見ながら思う。
 喋るのは主にクロだ。おれがどんなに良いプレーをしたか、研磨が部活に入ってくれてよかった、などここでも誉め殺しが続く。クロのお父さんもうんうん、研磨くんすごいなあ、とそれを嬉しそうに聞きながらおれたちに肉を焼いてくれる。
 たまにおれがぽそりとクロの言葉に返事をすると、クロはそれに大仰に相槌を打ったりけらけらと笑ったりで、いつもよりテンションが高かった。それはおれも同じで、箸が転んでもおかしい年頃、という言葉があるように、ほんの小さなことでよく笑った日だった。
 カルビとハラミと米ばっかり食べてお腹を満たし、食べ放題終了の時間が来る。クロのお父さんはタンとホルモンとミノばかり食べていて、それに対してクロがあからさまに嫌な顔をしていたのが面白かった。クロとお父さんの仲が良いのを見るとおれは何故だかひどく安心する。お父さんは本当はお酒も飲みたかったんだろうけど、車で連れてきてもらっているので、飲み物は3人ともウーロン茶だった。
 クロのお父さんがお金を払っているとき、クロはその隣に並んでレジ横のカゴを物色していた。クロのお父さんは背が高い。今も背が高い方ではあるが、まだ突出して高身長というわけではないクロも、きっとあんなふうに背が伸びるだろう。そう思いながらふたりの後ろ姿を眺める。
「研磨、あげる」
 クロがおれの手に何かを握らせる。黄色い円の真ん中に小さく穴が空いている、缶詰のパイナップルを模した特徴的な飴。
「あ、おれこれ好き」
「だろー? なんか研磨といえばそのイメージ」
「え、そう?」
 そうだっけ。飴なんてよく色々食べてるし、ハッカ味以外は大体好きだ、と考えてある出来事を思い出した。

 小学生の頃、同じように焼肉を食べに行ったことがある。違ったのは、その日クロのお父さんは仕事で不在で、おれの両親とおれとクロとで出かけた点だ。成長期に入る前の子どもの胃だったので、食べ放題ではなかった。初めは借りてきた猫のように大人しかったクロもこの頃──引っ越してきてから一年くらい経っていた気がする──にはすっかり孤爪家と打ち解けていて、一緒に食卓を囲むことも少なくなかった。おれの両親は友達のいないおれを遊びに誘って親しく交流してくれているクロを大いに気に入っていて、鉄くんが引っ越してきてくれて本当によかった、とふたりで話しているのを聞いたこともある。
 食べ終わって会計のとき、店員さんがよかったらお子さんはこちらをどうぞ、と大人に配るガムではなく、飴の入った小さなカゴを差し出してくれた。おれはレモン味と思われる黄色いパッケージの飴、クロは件のパイナップルの飴を取って、ありがとうございます、と元気にお礼を言って店の外に出た。トイレに行った大人たちを店の駐車場で待つ。
「研磨なんの飴にしたの」
「レモン……かな、黄色いの」
 筆記体の英語で何か文字が書かれていて読めなかったが、色的には黄色いフルーツだと思う。
「じゃあそれもパイナップル味かもな、それかバナナとか?」
 クロは言いながら小さなビニールの端っこを切って、飴をなめる。ころり、と砂糖の塊を転がす軽快な音がした。おれも同じように飴を口に入れて、すぐに異変に気がついた。甘くも酸っぱくもない、なんだこれ……からい?
「うえ、これ、レモン味じゃない、マズ……
「え、大丈夫か、研磨。ぺっしなさい、ぺっ」
 おれは赤ちゃんなの、と思いつつ、あまりにも不味い飴のせいで何も言い返せなかった。クロが差し出してくれた飴のゴミの中に、口の中の飴を出す。どうみてもレモン味の色をしているのに、変な味だった。
「う、口の中、まだまずい」
 あれは何の飴だったんだろう。おれが顔をしかめていると、クロは困った顔をしながら「研磨、口開けて」と言う。素直にそれに従うと、クロが器用におれの口の中に自分が舐めていた飴を放り込んだ。口移し、ではあるのだが、舌や唇が触れ合うことはなく、ぽいと舌で飴が投げ入れられるような動きだった。あまりにも自然だったので、おれも自然にそれを受け入れてしまう。
……うまい」
 ひとまず口内に広がる不快な味が慣れ親しんだパイナップルの味に上書きされたことにおれは安堵した。
「だろ!」
 クロはなんてことないように得意げに笑っている。おれは少しだけ驚いたが、そうは言っても回し飲みやどちらかの食べかけのものをどちらかが食べることなんて日常茶飯事なのでその延長か、とすぐに納得した。
 そのときの救いの味がパイナップル味なので、それから飴を選ぶときは確かにクロのいうとおり無意識にあの黄色い飴を選んでしまっているかもしれない。大人たちが戻ってきてからこの飴がすごく不味かった、と飴の袋を見せるとそれはしょうが味の飴だったらしく、ちょっと大人向けだったかもね、と笑われた。

 クロ、あのときのこと覚えてるのかな。中学生ともなると飴の口移しってちょっとどうなの、と思わなくもないが、別にあれが嫌だったとかそういうわけではない。ただ、クロもそのことを覚えているならちょっと気まずいな、とは思う。どうしてだろう。
「君たち帰ったらすぐお風呂だよー」
 クロのお父さんの車に乗り込むと、さすがに焼肉くさいね、と笑われる。
「あ、ごちそうさまでした。おじさん、ありがとう」
「とんでもない! こちらこそいつも鉄朗がお世話になってます。ありがとう」
 お礼にお礼を返されて、どう答えていいのか分からないでいると、クロが「俺って研磨の世話になってんの?」と言ってクロのお父さんが「なってるよ!」と大きく笑った。ほ、と息をつく。知っている相手でも大人と話すのは難しい。そういえばクロはうちの親とも上手に喋っている。
 後部座席にクロと並んで座り、窓の外を流れる街並みに目をやる。街灯や看板の光がおれたちの顔や体の上を走っては消えていった。
 さっきクロがくれた飴は食べずに握りしめたままだった。その小さな存在を思い出して口に入れると生ぬるい甘さが口に広がった。信号待ちでコンビニの横に止まり、明るい看板と店の光が車内に入る。眩しくて目を逸らした先にクロの顔があった。照らされた横顔が少し大人びて見えてなぜかそれが恐ろしく思える。クロはおれの視線に気付いたのかこちらを見て、それからいつものように笑うのでおれはその幼さに安堵した。
「それ美味い?」「うん」
 口の中で飴を転がす。落ち着かなくて歯を立てる。ガリ、という音が多分クロにだけ聞こえていて「すげー音」と笑われた。信号が青になって車が進む。口の中の甘さが急に子どもっぽく思えて、でもまだここに甘えていたいとも思えた。おれは不思議な焦りを溶かすように味わうように飴を噛み続けた。