自然豊かなフィールドを駆け巡る。適度に木を植え、花を育て、雑草を抜き、すずらんを咲かせて、最近ついに金のジョウロをゲットした。ここまで来るのは大変だった。
小学四年生のクリスマスに「サンタさん」からプレゼントされた携帯型ゲーム機用のソフト。どうぶつたちが住む村で生活をするというコンセプトで、どうぶつと仲良くなったり、釣りや虫取りをしたり、家具を揃えて自分の好みの部屋を作ったりする。ゲームクリアという「終わり」もなく、やりこみ要素がたくさんあってハマるとついつい夢中になってしまう。
クロも同じ年のクリスマスに同じソフトを父親から買ってもらったので、その冬はふたりでよく通信をして遊んでいた。お互いの村に行き来して、アイテムを交換し合って、クロの村から住民が引っ越してくることもあった。
他のゲームをクリアしてもう二度とプレイしなくなっても、クリアがないこのソフトは六年生になった今も何となく続けていた。たまに無性にやり込みたくなる時期がある。季節ごとに取れる虫や魚が変わったり、たまにUFOが飛んできたり、ちまちまとイベントが発生してなかなか飽きないのだ。
金のジョウロをゲットしたから、次は金のあみを狙っている。ゲーム内に出てくる全ての昆虫を捕まえると、金のあみというアイテムがもらえるのだ。おれはそれ目当てに今は虫集めをがんばっているけど、どうしても捕まえられない虫がいくつかいるので、ネットで捕まえ方を調べた。
たとえば、サソリ。これは出現する時間が限られていて、5月の今は出てこない。7月になると出現するらしいけど、そんなに待っていられないので、ゲーム内の時間を進めることにした。ただ、これをやるとそのあいだ村に顔を出していなかったことになって、住民が引っ越していたり、雑草が生えまくってラフレシアが咲いておれの環境美化の努力は水の泡になったりするんだけど……。背に腹はかえられぬ。
掲示板の攻略方法のとおりに、7月の夜に時間を進めて、ゲームを開始する。家の前に出るとポストには住民から別の村へ引っ越したという手紙が入っていた。少し寂しいが、続けていればまた会えるはず。サソリを捕まえたいおれは、すぐに気持ちを切り替える。
あみを装備して、いざ出陣。静かなBGMが流れる暗い夜の村を散策する。時間を進めた、といっても5月の終わりから7月の頭まで、1ヶ月ちょっと動かしただけなので、村の様子にそんなに変化は見られなかった。見かけたどうぶつに話しかけると「どこ行ってたんだ」「しばらく見なかったね」と言われることはあるけど。
しばらく雑草を抜きながらうろうろしていると、見慣れない形の何かが地面を這っているのを見つけた。あ、これがサソリだ! 意外と大きくて、ちょっと嫌な見た目だ。落ち着いて近づこうとすると、サソリが猛スピードでおれの方に走ってくる。あ、と思った瞬間、おれはサソリに刺されて気を失っていた。
「研磨起きろー」
名前を呼ばれて目を開けると、目の前にクロの顔がある。今年の春から中学生になったクロは、白いシャツを着ていて少しだけ大人びて見える。
おれ、確かサソリに刺されて……あのあと、気がついたら家の前に倒れてたんだ。サソリに刺されたのは、家からずいぶん離れた場所だったのに、誰が運んでくれたんだろうと疑問だったけど──
「そっか、クロが運んでくれたんだ……」
「? おまえ最初からここで寝てたぞ。こんなところで寝るなよなー。鍵は? おばさんもおじさんもいないの?」
「鍵……家の中……忘れてきた。ふたりとも、出かけてる」
「ケータイは? 連絡つかないの?」
「充電するの忘れて、使えない」
質問に答えていると、目が冴えてきた。
今日は両親が外出していて、おれが帰ってくる時間は留守になるから鍵を持たされてたんだった。おれはそれを自分の部屋に忘れて、ケータイも使えなくて、でも途方に暮れるでもなく玄関先でゲームをしていた。サソリと格闘していたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
おれの傍に転がっている折りたたみ式のゲーム機は開きっぱなしで、でも画面は消えていて、これも充電が切れているようだった。やばい、セーブしてない。リセットおじさんが来る。
「おれんちで待ってればよかったのに」
「ふたりとも夕方には帰ってくるって言ってたから」
「夕方って何時だよー、こんな暑い中で寝てたら熱中症なるぞ。ほら、うちで何か飲もう」
そう言われて喉の渇きを感じた。ランドセルの中の水筒は空っぽだった。
クロはおれのゲーム機を拾って、うわ懐かし、と声を上げる。まだ2年も経ってないのに、懐かしいとは何事だ。中学生になると時間の進みが早いのか。おれは少しだけ変な焦りを感じながら立ち上がった。
クロもバレーボールを持って立ち上がる。あ、バレーのお誘いに来たのか。今は試験週間で部活がないって言ってたもんな。クロの家で何か飲ませてもらったら、レベル上げしよう。
「ねえ、クロの村にキャビア引っ越してきてない?」
「誰?」
村から引っ越した黒猫の所在を尋ねながら隣の家へと歩き始める。バレーも終わりがないから続けられるのかな。
お茶を飲んでいる間に、クロは自分のゲーム機を引っ張り出して、久しぶりにどうぶつたちと暮らす村に顔を出している。
「うわー、これ何ヶ月ぶりだろ。ラフレシア咲いてる……」
「ふ、うける」
「研磨、なんか欲しいアイテムある? 充電器貸すから通信しよ」
「あ、おれ、クロが持ってる化石で欲しいやつある」
「おー。あ、キャビアってやつ来てるよ。研磨がこっち来る?」
おれがくろの村に向かってアイテム交換をすることになった。関所の扉が開いて、おれはクロの村に足を踏み入れる。クロはどこだろう。
関所から出ると、何かがガサガサとおれの方に迫ってくる。クロのアバター、ではなく、大きなサソリだった。え、なんで。クロの村は5月だし、まだ夕方なのに。それに、通信中はサソリって出現しないんじゃ。そんな考えが一瞬の間におれの頭の中に浮かび、そして一瞬の間におれは再びサソリに刺されてしまった。
「研磨、寝てんのー?」
編集作業中に眠ってしまっていたらしい。作業部屋では集中できず、居間に移動して、そこから寝落ち。やっぱり畳の上で作業すると油断してしまう。時計を見ると午前8時前で、結構寝たな、と自らの行動を後悔する。
昨日から泊まりに来ていたクロはおれが深夜に作業するのを微妙な顔で見守っていたが、自分の眠気の限界の方が先に来たらしく、おまえも早く寝ろよ、と声をかけてから客用布団に潜っていった。おれのことは放っといていいのに。いつもそう思うけど、クロが徹夜していたらおれも同じ心境になるだろうな、とも思う。
「朝ごはん食う? テレビつけていい?」
両方の質問に頷くと、クロはテレビをつけた。
「お、俺一位じゃん」
ニュース番組の星座占い。さそり座が一位に輝いていて、おれはさっきまで見ていた夢を思い出す。
「クロがサソリだったんだ……」
「え? ああ、俺の誕生日だとさそり座らしいよ、一応。米は? いる?」
「米はちょっとだけ」
「はーい、じゃあちょっと準備してくるわ」
クロは台所に消えていった。おれは卓上のノートパソコンを開く。昨夜編集していたのは、おれとクロが小学生の頃遊んでいたゲームのシリーズの最新作で、今作では無人島で暮らす、というコンセプトだ。懐かしく思いながら編集していたからあんな夢を見たのだろう。
「この卵焼きめっちゃ綺麗じゃね?」
成人して職について忙しくしていてもしょっちゅうおれの家に来て世話を焼いて満足したような顔で帰っていく男。最初は少し不恰好だった卵焼きも見るたびに上達していて、どこを目指しているんだ、と思わなくもない。綺麗な黄色のひと切れを口に運ぶと、しっかり出汁のきいた甘味が口内に広がる。めちゃくちゃうまい、困ったことに。
「…………刺された」
おれはもうずいぶん前にこの男に刺されてしまった。毒が回って、抜けないまま。そして、クロがおれを刺したくせに、患部の手当てもクロにされているのだ。傷が塞がることはなく、じわじわと熱をもっておれを離さない。治せないでいるおれもおれだ。
「え、何? ムヒいる? 蚊取り線香もあるぞ」
「それで治ればいいけど」
もう遅い、と思いながら、塩じゃけを口に放り込む。しょっぱさがひどく傷口にしみた。
If you make a mistake, you can cancel it by pressing the reaction.