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いまさら
2024-05-19 01:10:23
6075文字
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猫も食わない
大人の研クロ ずっと言い合いしてる
⚠️クに元交際相手いる描写あり、同意なしのキスあり
「じゃ、帰ります。お邪魔しましたー。戸締りしろよ」
「それ毎回言うけどなんなの。戸締りくらいするし。クロこそ明日早いんでしょ、気をつけて帰りなよ」
「おー、明日から出張。お土産なにがいい?」
「それも毎回いいから。荷物になるじゃん」
「俺が買ってきたいからいーの。なんで急に反抗期みたいになってんの」
「なってないし」
「なってる」
「なってない」
「なってる
……
ま、いーや。またこっち来るとき連絡するから」
仕事で近くに来たので、旧友の家に顔を出していた。旧友──研磨とはもう出会って20年以上経つ。高校を卒業するまでは毎日顔を突き合わせていたが、大学へ進学したあとも、そして就職して働く今でもこうして時折
……
というにはいくらか高い頻度で会っている。
古い日本家屋の玄関は少しだけ研磨の実家のそれとも似ていて、研磨がこの家を選んだ理由はここにもあるんじゃないかと思う。土間が広いので、鍵を閉めるために研磨もサンダルで段差を降りてきている。
引き戸を開けて、外に足を踏み出した瞬間だった。
「あ、クロ」
「ん?」
なんか忘れ物でもあったか、と振り返ると、無表情の研磨が立っている。
「俺さ、クロのこと好きなんだよね」
え、今、なんて。明日雨降るらしいよ、みたいなテンションで何を言った?
「だからもう来ないで」
聞き返す間もなく引き戸がぴしゃりと閉じられ、何秒か立ち竦んでしまった。ふ、と我に帰って薄い扉越しに釈明を求める。
「け、研磨! 今なんて! え? どういうこと!?」
「言ったとおりだけど。近所迷惑だから、大声出すのやめてくれる?」
向こう側からくぐもった返事と鍵を閉める音が聞こえて、俺はよく分からない気持ちになる。戸締りしろって確かに言ったけど、今は開けて欲しい。
好き? だからもう来ないで? どういうことなんだ? そもそも「好き」とは? 研磨が俺を? そりゃあ20年来の付き合いなので嫌われてはないだろうけど。研磨のこと好きとか嫌いとか考えたことがない。でも、好きだったら家に来られるのは別に問題ないんじゃないか。どうして急にそんなことを言い出すのだろう。
いろんな疑問が一瞬で脳内を駆け巡るが何ひとつ答えは出ない。
「いや、ちょっと俺何も飲み込めないんだけど。開けていただけませんか。ちょーっとでいいのでお話聞かせていただけませんか。5分
……
いや、3分でいいので! お願いします! こづめさ〜ん
……
」
「うちは営業お断りしてます。てか、明日早いんじゃないの」
「ゔっ
……
ワカリマシタ。また後日改めさせていただきます」
そうだ。明日は朝イチで移動だ。帰って出張の準備もしなければならない。それに、こういうときの研磨に何言ってもあんまり動いてくれないのはよく分かっていた。
日を改めるしかない、と判断した俺は「いや、もう来なくていいんで」というつれない返事を聞かなかったことにしてその場を立ち去った。
翌日からしばらく忙しくしていたおかげか、それとも自分であまり考えないようにしていたのか、研磨に言われたことと、その言葉の衝撃はいくらか記憶から薄れていた。今回気合を入れて臨んだ商談も上手く進んだし、その喜びに浮かれていたのも一因だと思う。
新幹線に乗って一息ついてから研磨に言われたことを思い出した。しまった、いつもの癖でお土産を買ってしまった。甘いものとしょっぱいもの、しっかり両方買った。通販でお取り寄せできないやつ。研磨は大体のものは金で買えるし、と思って出先ではいつもそこに行かないと買えないものばかり選んでしまう。
あのあと研磨に連絡すると返事はないが既読はつくので、ブロックはされていないようだ。「明日帰るのでお土産持っていきます」とメッセージを送ってスマホを閉じる。研磨が家から出ることはあまりないし、配信の時間と被ってなければ多分大丈夫だろう。もし会えなかったらごんぎつねのように玄関先にお土産置いて帰ろう。
仕事のメールを返して、目を閉じる。移動中って何となく仕事に集中できなくて時間を有効活用できてない気がする。周りでパソコン叩いてる人たちはそうじゃないんだろうか。頭の中で次の仕事の段取りを組み立てる。
仕事は壁が立ちはだかることもあるが楽しいし、それなりに向いていると思う。何よりバレーに携われることが嬉しい。競技を通して得た友人たちともよく会うし、思い出話や近況報告やくだらない話をしあって元気をもらっている。
色んな人と関わる中で恋人いないの、なんて聞かれることもあるがハラスメントですよーと答えればそれ以上聞かれることもない。そういう相手は幸せに必須ではないし、今はこの忙しさに身を置いておきたい、と考えている。
『クロのこと好きなんだよね』と研磨の声を思い出す。あれってどういう意味だったんだろう。明日会えたらちゃんと聞きたい。
ついに来てしまった。研磨は出てきてくれるだろうか。古い家だけどインターホンは新しくカメラ付きのものに付け替えられている。ボタンを押して、返答を待つ。俺って分かったら出てくれないかなと思いつつもぶつりとマイクが入る音がしたので、ほっとしたのも束の間、盛大なため息が聞こえた。いや、そんな露骨に嫌がらなくても。
「研磨、メッセージ見ただろ? お土産持ってきた」
「ドーモ。お疲れ様です。そこ置いといてください」
「冷たい! 俺ここまでご足労かけてきたのよ」
「頼んでないし、来ないでって言ったじゃん」
それはそうだけど。もうちょっと取り合ってくれてもいいんじゃないの。
「
……
けんまぁ〜
……
」
自分でも驚くほど情けない声が出て、慌てて手で口を覆う。どうやら俺は思った以上に研磨の態度にショックを受けているらしい。だってこんなふうに突き放されたの初めてだ。
今度はマイクが切れる音がして、とうとう見放されたか、と思うと、家の中から足音が聞こえてきた。扉が開いて、研磨が顔を出す。
「! 研磨、」
「はあ、玄関先で揉めてるとか思われたら困るから、中入って」
ほっとした俺とは対照的に、研磨は呆れたような怒っているような、何とも言えない表情を浮かべていた。オジャマシマス、と小声で挨拶して孤爪家に入る。
俺が扉の鍵を閉めていると、研磨が振り向いて扉に手をついた。俺は研磨と扉の間に挟まれている。これは
……
壁ドン
……
ではなく、引き戸ドン
……
?
「え!? 待って待って待って! ここは穏便にお話を」
「クロ、おれ言ったよね?」
研磨が睨むように俺を見上げる。思わず身を引くとガタガタと引き戸が音を立てる。この扉、風が強い日に音がうるさいって研磨がいうから俺が隙間テープで隙間を埋めてやったんだった、と今の状況に似つかわしくないことを思い出す。
現実逃避をしたところで、目の前の男からは逃げられない。研磨の顔が迫ってきて、あーまた唇荒れてるじゃん、野菜食べてないのか、最近野菜高いもんな、とかまた余所ごとをばかり考えてしまう。
いよいよ唇同士が触れそうになって、あ、これ、頭突きじゃなくてキスされるのか、悟ったがその瞬間は来ずに研磨の顔が離れていった。少し苛立ったように眉間に皺を寄せている。
「おれ、こういう意味でクロのことが好きなんだけど」
「
……………………
どっ、どちら様っ、ですか!?」
長い沈黙のあと俺の口から出たのは素っ頓狂な声と台詞だった。だって研磨が。研磨がそういう意味で俺を好き? いつから? 今までそういう素振りがあった?
「はあ? 孤爪研磨ですけど」
「知ってるわ!」
「じゃあ聞かないでよ」
でも、20年も友達やっといて、こんな様子の研磨は初めて見た。こんな
……
壁ドン(?)して、キスするふりして、告白とか。研磨が、俺に。
「まあ、そういうわけだから、帰ってくれるとありがたいんだけど」
「どういうわけですか?」
「だってこんなの負けイベじゃん。好きな相手がしょっちゅう家に上がり込んでくるのに攻略不可だっていうおれの身にもなってよ。結構つらいんだよ」
負けイベ。攻略。ゲームの話、ではないのは俺も分かっている。でも研磨がいつもそんなふうに思ってるなんて。
「知らなかった」
「だろうね、言ってないし。クロ、平気で彼女の話とかしてくるからあのときはわりとこたえた。クロには悪いけど別れたって聞くたび正直嬉しかった」
何それ、ほんとに聞いてない。なんて返せばいいのか、と言葉を探す。
「あ、研磨、俺
……
」「謝らないで、クロは悪くないし。ただおれが勝手につらくなってたって話」
俺はどうすればいいんだろう。研磨と会えなくなるのは嫌だけど、研磨が傷つくのも嫌だった。
考えろ、考えろ、と必死で頭を回転させるが、空回りしてるような気がする。あ、今日は昼飯食べそびれてエネルギーが足りてないんだ、と自覚した瞬間、ぐぅ、と嘘みたいなタイミングでお腹が鳴った。
「
……
スミマセン」
神妙に謝ると研磨は毒気を抜かれたように笑い出して、あー、とりあえず、なんか食べる? と切り出してくれた。家に上げれくれるらしい。
「あの、これ、お土産です」
「ありがとう、いいのに」
「いや、いつもお世話になってるんで」
「急に他人行儀」
こたつ布団がしまわれた卓上に並ぶのは研磨がPRの依頼を受けて紹介動画を撮っていた冷凍食品。味は意外と悪くない。電子レンジで温めるだけなのも手軽でいい。
「他人行儀はこないだの研磨だろー、急に来るななんて」
「だから、理由はさっき言ったでしょ。納得した?」
「してない。
……
なあ、今も俺と会っててしんどい?」
「うーん」
研磨は唸って、料理を口に運んだ。バラエティ番組の笑い声が沈黙を防いでくれている。最近、忙しくてテレビも見てなかったな。学生の頃は研磨と共通の話題のひとつに昨日見たテレビ番組もあったけど。今は会うたび何を話してるっけ。
研磨を見ると、ぱちりと目が合った。
「クロに会っても、会えなくてもしんどい」
何かを思い出すような、遠いところを見る目。この沈黙の間に、何を考えていたんだろう。
「こんなこと言っていいのか分かんねーけど、俺は研磨に会えなくなるのは寂しいよ」
「
…………
はあ
……
」
「研磨?」
「クロっていっつもそうだよね、優しくて思わせぶりで、来るなって言ったのに来て、あんなことされて。警戒心とか危機感とかないの? てか、さっきのはまじでゴメン。でもほんと惚れた方が負けだよね。インターホン出ないつもりだったのに、好きな子にあんな顔で玄関先立たれてたら放っとけないじゃん。録画見る? 自分がどんな顔してたのか確認してみたらいいよ」
「あの
……
」
どうしよう、研磨がキレてる。こんなにキレてるの見るのはいつしかの試合で疲労ギレしてたとき以来かもしれない。あのときは重力にキレてたけど、今は俺にキレてる。
「こないだも見合いの話持ってこられたーとか言ってさ、おれもう耐えられないなって思ったわけ。それであんなこと言ったけど、クロ普通にメッセージ送ってくるし、無視するのもしんどかった。来るなって思いつつ来たら来たで嬉しくなっちゃうし。押すなよ押すなよ、じゃないんだからさ。おれもっと怒ってもいいよね? 結局家に上げちゃってるし、何なの、まじで」
「研磨さん?」
押すなよ押すなよってダチョウ倶楽部のくだりの話? なんか変な方向に行ってないか。あとこないだ急にもう来るなって言ったのはお見合いの話が原因か。断ったし、こんな話が来ても正直困るよな、って話したはずだけど。
逆上してる人を見ると、すっと冷静になるのはなんでなんだろう。俺は急にさっきまでの混乱が引いて、とりあえず研磨が落ち着くまで喋らせるのが吉、と判断した。
研磨はつらつらと恨み言のような、俺への口説き文句のようなよく分からないことを喋って、喋り終わったかと思うと急に机に頭を伏せた。
「
……
おーい、けんまさーん?」
「本当に、情けない、自分が
……
」
これは、どうやって収集つけたらいいのか分からない。俺も、研磨も。でも、俺と研磨の問題だ。
コップが空になっていたので、ひとまずお茶でも入れてやろうと台所に立つと、口の空いた缶チューハイがいくつかシンクに転がっている。もしかして俺が来る前にこれ飲んでたのか、てことは酔ってんのか、あいつ、と気がついた。どおりでテンションが変なわけだ。コップに注ぐのはお茶じゃなくて水だな。
「研磨が俺を好きなのは分かった」
水を持って戻ると研磨は机から頭を上げてぼんやりと俺を見ていた。俺のことが好きで、どんな顔で会えばいいのか分からなくてやけ酒する男。正直、意外だった。
「いーや、分かってない。クロはぜんっぜん分かってない」
酔っ払いが管を巻いている。台所の缶を見るまで酔ってることに気が付かなかったくらいなので、多分記憶がなくなるような酔い方ではないだろうが。
「それについてはごめん。俺は研磨のことそういう意味で好きなのかどうか分からない、今のところ」
「うん
……
」
「で、まあ、俺はできれば研磨の生存確認くらいはしたいけど、研磨がしんどいっていうなら来ないし、来てもいいって言うなら来る」
「
…………
」
「これ、今すぐ答えなくていいから。研磨の中で整理できたら言って。それまでは俺も来ないし」
「わかった」
本当に分かってるのかは微妙だが、ひとまず距離置いてお互い冷静になった方がいい。0か100で考える必要もないし、ちょうどいい距離を探っていけばいいと思う。なんせ20年前からの友人だ。ちょっとやそっとじゃ関係は壊れない、と信じたい。
「じゃあ、俺帰りますんで。水飲めよー、酔っ払い」
「クロ、」
立ち上がった俺のスラックスを研磨が掴む。
「ちょっと屈んで」
「なに、気分悪い?」
言われた通りに屈むと、研磨に顔を掴まれて、唇の横に口付けられた。
「え、」
「これで玄関の鍵閉めといて」
研磨は何事もなかったかのように俺に鍵を手渡して、そのまま後ろに倒れた。
「これ、なに」
「鍵」
「それは分かるけど、俺が持ってたらおかしいでしょ」
「だってこの家に一番来るのってクロだし、いつか渡そうと思ってかなり前に作ってたんだよ。渡しそびれてたけど。こんなことになって、おれから来てとか来ないでとか言うのもあれだし、クロが来たいときに来てくれたらいいから」
あれってどれだよ。てか今キスされた? 鍵って、合鍵ってこと? また帰り際に疑問が駆け巡る。でもそれより気になるのは──
「こら、床で寝るのやめなさい」
「大丈夫、横になってるだけ」
「そう言って寝落ちて風邪引くのはおまえなのよ」
研磨も研磨だけど、こいつを放っておけない俺も相当だな、と思いながら、床で寝る男を叩き起こした。合鍵の出番もそう遠くないだろう。
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