かいえ
2025-02-06 21:12:06
3557文字
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【サン武】夏祭り

第1回サン武隔週ドロライで、お題は「夏祭り」
最終軸幼馴染設定
3,552文字

 駅前で貰ったチラシには、夏祭りの文字が躍っていた。屋台もあり、花火も上がると書いてあり、その日は予定も無いし行ってみようかと思案する。けれども、そこは一度も行ったことのない場所だったから、誰かを誘って行った方が良いかもと考えていると、いつの間にかオレの横に春千夜君がいて、オレの手元にあるチラシを覗き込んでいた。
「は、春千夜君どこから?」
「夏祭り、行くのか?」
 春千夜君はオレの質問には答えてくれなかったが、日常茶飯事なので気にしなかった。
「うん行こうかなって思っていて」
「誰と?」
 オレが最後まで話す前に春千夜君の質問が飛ぶ。
「それはまだ決めていなくて、誰と行こうかなって考えていたところ」
「オレ、行っても良いけど?」
 さらりと春千夜君から提案されて、オレは驚いて「春千夜君が?」と、叫んでいた。 混雑を嫌う春千夜君が、夏祭りのような混んだ場所に自ら行くなんてびっくりしたのだ。
「アァ? オレとは行けないのかよ?」
「いえ、そうではわけではなくてですね。これ、花火も上がるみたいだから、めちゃくちゃ混むと思いますよ? 春千夜君、混雑してるところ苦手でしょ?」
「それくらい、別に構わないし。苦手なんて言ってないし」
「そ、そうなんだ……
 マイキー君と最後のタイムリープをしてやってきた世界で、春千夜君は三途春千夜にならず明石春千夜のままだった。マイキー君は事故にあう事も無く、真一郎君は生きていて、黒い衝動という存在は生まれなかったので、春千夜君の口の両端の傷も無かった。そういう訳で、春千夜君は何もかも整った美少年に育った。睫毛は付け睫毛をしている女子よりばさばさしていて、肌は透き通るように白くファンデーションを塗らなくても毛穴1つ見えない綺麗な肌をしている。だからといって、なよなよしているというのはなく、凛々しく且つ中世的な美しさを備えていた。
 習っている剣道は強く腕前は師範並みで頭も良いから、文武両道で非の打ちどころがない。あまりにキラキラしているので、普段は直視できないくらいだ。同じ顔をした千壽とは気軽に話せるのに、何故か春千夜君には声を掛けにくい。春千夜君もおしゃべりじゃないので、オレと春千夜君はあまり話さなかった。もっと子供の頃は手を繋いであるいたこともあったのに、今は視線も合わないのだから寂しいと感じる時もある。
 春千夜君以外のみんなとは、スキンシップが激しいから余計にそう思うのかもしれなかった。マイキー君を筆頭に、場地君もドラケン君も三ツ谷君も一虎君もみんなオレにしょっちゅう抱き着いてくるのだけれど、そんな中、春千夜君だけがその輪に入らず、一歩離れたところでこちらを傍観しているという感じなのだ。
 そういうわけで、オレはこの世界の春千夜君は、とっつきにくくて少し苦手意識がある。とは言っても、前の世界の三途だった春千夜君と仲が良かったかと言えば、全然良くなかった。どちらかと言えば、毛嫌いされていた。それはどんな世界線でも共通していて「ドブ臭い」とまで言われたこともあった。
 本質的に春千夜君はオレの事が嫌いなのかもしれない。だから、日常会話が普通にできるくらいになれたのだから、それで良しとするしかないと思っていた。
 それでもたまに、春千夜君がじーっとオレの方を見ている時がある。あまりにもガン見してくるから、春千夜君にも昔の記憶があるのではないかと訝しんでしまうのだけれど、その件で、マイキー君に相談しても、それは絶対無いと断言されてしまうので、何となくもやもやした気持ちで日々を過ごしていた。
 そんな状況下で、春千夜君から話しかけてきた上に、夏祭りに一緒に行っても良いと言ってきたのだから、オレはどう対応するべきか悩んでいた。
 春千夜君から歩み寄ってきてくれたのだから、いくらオレが春千夜君の事が苦手とはいえ、ここは精神年齢が上のオレが受け止めるしかない。そうは思うのだけれど、いきなり二人きりは辛いと思うオレは心が弱い人間だったから「じゃあ、みんなにも声をかけますね!」と返事をしていた。
 けれども、元気良くそう提案したオレに、春千夜君は眉間にしわを寄せ睨みつけてきた。そして「二人にしろ、他のヤツらが来たら面倒だ」と、地を這うような低い声で言ったのだった。


 あっという間にお祭り当日がやってきて、春千夜君はオレの家の前まで迎えにバイクでやって来た。オレは春千夜君のバイクの後ろに乗せてもらい祭りの会場に向かった、そういえば、春千夜君の後ろに乗るのは初めてのことだと気が付いた。そして、春千夜君の運転は思ったより安全運転で、全然怖くなかった。
 お祭り会場の港までの道のりは、車両は規制され道路は歩行者天国になっていたから少し手前の駐輪場にバイクを置いた。そういう訳で、歩道にも車道にも露店がずらっと並んでいて、その光景を見ただけでオレの気持ちは爆上がりだった。
「あ、ぶどう飴!」
 思わず露店に走り寄ろうとしたオレの手を春千夜君がぐっと掴む。
「え?」
「バカか。そんな急にオレから離れたら迷子になるだろ?」
「迷子ってオレ、中学生だけど」
「うるさい。オレから離れんなよ?」
 これでは、小学生以下幼稚園児のような扱いではないかと思ったが、見上げた春千夜君の殺気のある視線に何も言えず黙って従う事にした。すると、春千夜君はオレと手を繋いできた。一瞬、その感触に懐かしさを感じたが、竹刀を握る春千夜君の手はマメができて硬くなっていて、昔と違い過ぎて驚いてしまった。まるで知らない人の手のようでドキドキする。
「それに花火が先だ。もう上がりそうだし。どこで見るか決めないと」
 春千夜君のいう事はごもっともで、この人混みだし、一度はぐれたら会え無さそうだった。そして、花火を見る場所を確保するのも正しい。しかも、初めて来る場所で勝手が全然分からないのだから、早めに行動する方がきっと良いのだろう。
 春千夜君は怒っているのか、無言でオレの少し前を歩いていた。それでも、行きたかったぶどう飴の店まで連れてきてくれたので、オレは嬉しくなった。
 春千夜君は繋いでない方の手で、ズボンのポケットから千円札を出して「一つ下さい」と言った。春千夜君もぶどう飴好きなんだと思ったら「ほら、選べよ」と言われて、オレの分を春千夜君が支払ったことにびっくりしていた。
「後から清算するから、ともかく選べ」
「はい!」
 オレが台の上で沢山並ぶぶどう飴の中から適当に1本選ぶと、用は済んだとばかりに春千夜君は歩き出したから、その春千夜君と手を繋いでいるオレも自動的に歩き出す事になる。
 ぶどう飴は巨峰の粒が三つ串で刺された団子状態になっていて、その上を紫色の砂糖でコーティングされている。その一番上の粒だけを口に入れて固いコーティングを歯で噛むと、中からジューシーな巨峰の実が出てきて、口の中が果汁いっぱいになって最高に美味しい。
 花火は海の上で上がるようで、少し開けた港は場所取りをしている人で大混雑をしていた。どこか開いている場所は無いかと周囲を見回していると、花火が打ちあがる時独特のひゅるるという音が聴こえて、思わず夜空を見上げる。昇り朴が見えた数秒後に大きな花火が空に開花し、少し遅れてドンという音が身体の表面にぶつかりびりびりと弾けた。そして、花火が少しずつ色を失いながら散っていくのが見えた。
 やっぱり近い場所で見る花火は迫力が違うとオレは思った。
「キレイだね」
 春千夜君に話しかけたが、花火の音がすごくて、すぐ横にいてもオレの声が届かない。春千夜君はオレが話しかけているのに気が付いて、オレの方に顔を寄せてきた。もう一度「キレイだね」と言おうとしたのだけれど、春千夜君の唇に塞がれて、言わせてもらえなかった。
 春千夜君の長い睫毛がオレの睫毛に触れているのが分かる。信じられない事にオレは春千夜君にキスされて、しかも、手を繋いだままでいるのだ。まるで恋人同士がキスしてるみたいじゃない? と、身体がフリーズしてしまう。
 唇が離れて「甘ぇ」と春千夜君が言い、それはさっき食べたぶどう飴のせいですよと言いそうになって、いや、最初に言う言葉はそれじゃない気がして黙っていると「オレ以外としたら殺す」と、春千夜君に脅迫された。「それってどういう意味?」と尋ねたのに「分かるまでするから」と言われて目を見開いた。繋いだ手の平が汗でびっしょりになり、オレの心臓は小動物のように飛び跳ねている。
 春千夜君とオレの頭上にもう一度花火が上がって、春千夜君の唇が近付いて、耳の後ろのドキドキが花火の音より大きくなった。