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浮き流し
2025-02-06 19:00:09
5936文字
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イチ松
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成人式イチ松
成人祝いを口実に会いに来る松本の話
2/9イチ松オンリー記念
コンビニ印刷本(発行者:定置網)
一之倉聡 × 松本稔
注意
※ちょこっと気弱な一之倉と、押せ押せな松本
※過去松本に女性経験あり
※逆カプを示唆する会話あり
(仮定の話で、消失点はイチ松です!)
風は冷たいものの陽が当たればそれなりに暖かい。この優しい陽気が門出を祝福してくれる。
お祝いムードがひと段落した頃、松本を呼び出す。嫌ほど通った体育館も、今日ばかりは人気がない。
「改まって来てほしいって、どうしたんだ?」
ボタンを千切られ胸元をよれよれにした松本がやって来る。
ものを粗末にしたくないとか言って断らなかったんだ。顔を出した嫉妬を振り払うように、松本から顔を逸らせる。卒業式が終われば進路は別々だ。ゆっくり息を吐いて呟く。
「ん。最後だから」
それを大義名分として、秘めた思いを口に乗せる。しかし厳重に仕舞っていたため、取り出そうとした言葉が一瞬喉に詰まる。
「オレ、お前のこと好きだったんだよね」
淡々と告げたかったのに、声が震えてしまう。
「
……
いきなり
……
どうしたんだ」
松本が息を呑む。直視はできないけど、驚きで理解が追いつかないって反応だ。
ほら、松本だって困ってんじゃん。頭の冷静な部分が警告する。冗談と言うんだ、今なら親しい友人のままでいられる。
しかし口は自分勝手な思いを無感動に紡ぐ。
「いきなりじゃない、ずっと思ってたこと。お前と手繋いだりキスしたり、セックスしたいって思ってた」
松本は直接的な単語に動揺を見せるものの、否定ではない言葉を絞り出す。
「
……
オレは、男だぞ
……
?」
「分かってる。お前オレよりも背は高いし体重も重いし、他の奴には負けるけど筋肉質な男だ」
松本は困惑しながらも、オレが羅列した事実に安堵の息を漏らす。
それぐらいの現実はオレにだって客観視できる。
「けど、そんなお前を
……
抱きたいと思った。抱かれるのでもいい。それぐらい、好きなんだ」
言いたいことを出し切る頃には、オレの視界は地面を写している。
松本は何度か言葉とも言えない声を発したものの、信じられないことを聞いたように確認する。
「お前
……
本当に
……
?」
オレは無言で頷く。
松本がどう言おうか考えあぐねている間、静寂が針のように突き刺さる。
多分、そんな時間は経っていない。鼓動が速くなり呼吸も浅くなっている、だから時間が遅く感じるだけ。しかし、長すぎる沈黙に恐怖が襲って来る。
否定か拒絶しかないだろうに、どうして言ってしまったんだ。慌ててその場を取り繕う。
「ゴメン。オレが吐き出したかっただけ。
……
気持ち悪いって、思ってくれていい」
立ち尽くす松本に、卒業おめでとうの言葉を残して走り去る。
♢ ♢ ♢
バクバクと大きく鳴る心臓に釣られて覚醒する。目覚めは当然、良いものじゃない。嫌な汗が背中に張り付いている。
卒業式以降、松本とは一度も連絡を取っていないのに。鮮明すぎる記憶に胸が締め付けられる。
成人式の案内が届いてから、アルバムを見返したり昔の記憶を思い出したりしていたからだろうか。しかし成人式は合同と言えど小学校の学区で、高校だけ一緒の松本は県外出身だ。来る事はないというのに、おかしな話だ。
成人式当日、会場でスーツ身を包んだ深津を見かける。昼の祝賀会の話をしようと思っていたものの、座席は各学校で固められていた。そのため、ホールに入ってからは話をする機会に恵まれなかった。
式典終了後に深津から確認のメッセージが届く。
「今日昼 よろしくピニョン」
集合場所はファミレスで、服はなんでもいいと言われている。ただ移動もあり、着替えるのが面倒なためそのままの格好で店へと向かう。
待合室には深津の姿はなく、レジで名前を告げると席に案内される。しかし席に座る姿はつい2時間程前に見たものと雰囲気が違う。勿論晴れの日の式典だから、みんな普段とは違う格好をしていたが。
訝しんでいると席に座る相手が振り向く。
「一之倉」
「えっ」
誰であるかを認識すると、思わず驚きの声が漏れる。秋田にいるはずのない人物だ。
相手はオレの動揺を尻目に、祝福を口にする。
「成人式おめでとう」
「松本
……
なにしにここに?」
「一之倉に会いに来た」
騙して悪いとは思ってる。
悪びれる様子のない松本に、オレは疑いの目を向ける。
「お前も式典じゃないの?」
秋田に来るとしても、松本の大学は関東で実家は北陸だ。移動時間を考えれば、成人式に出席するなら今秋田のはずがない。
困惑するオレに、松本は昂然と胸を張る。
「オレのところは一昨日あったんだ。1月2週目の土曜日って決まってたらしい」
だから来られたのか。納得すると同時に内心舌打ちをする。
「じゃあ、一足早い新成人だ。おめでとう」
「ああ、ありがとう」
気まずいオレに反して、松本はメニューを寄越して話し続ける。
「髪の毛染めたんだな。一瞬誰か分からなかった」
今オレの髪は逆立てた短いプラチナブロンドだ。若干気まずく思いながらもなるべく普通に返す。
「学校がファッション系だからね、割とこのぐらい普通かな」
「そうなのか」
松本は感心したように呟く。しかし松本の大学は東京だ。保守性の高い田舎ならまだしも、都会で見ないわけがない。
「お前の大学にも似たような人、たくさんいるでしょ」
「いるけど、お洒落な人は出会った時からお洒落だから。知り合いが変化すると驚く」
だけどすごい一之倉って感じがして不思議だ。
続けてお褒めの言葉を貰う。
「そのスーツも似合ってる」
今オレが着用しているのはネイビーのスーツだ。入学式に合わせて買ったものではあるが、自分の好みのこだわりのものだ。
「単に就活スーツだと面白くないしね。入学式も就活もアレンジ自由って聞いたから」
ストライプのネクタイとポケットチーフは成人式のために用意した。
「流石一之倉だな。かっこいい」
褒められて悪い気はしない。
「ありがと。でもお前のも珍しいじゃん。そんな服着てなかっただろ」
今の松本はジャケットにタイトなパンツ、スマートカジュアルでありながら硬すぎない格好だ。高校の時は、上下ともスポーツブランドで動きやすさを優先していた。
「周りがみんなお洒落だからな。それに今日は一之倉のハレの日だから、しっかりしねぇとと思って」
「ちなみにお前は成人式どうだったの」
「式は通ってた小学校で、服はお下がりだけど袴だ。皆見たことない姿なのに変わってなくてビビった」
ほら、これ。スマホを操作すると、自分の式典で撮って貰ったと思しき写真を見せてくれる。
画面の松本は黒の羽織に白色の紋、袴にはグレーの布地に黒の細かなストライプが入ったクラシカルな出で立ちだ。
真っ直ぐに伸びた高い背丈と周囲と比べて厚みのある体が衣装に見劣りすることなく風格を醸している。
「へえ。かっこいいじゃん」
ただ、お下がりという単語に引っ掛かりを覚える。松本に男兄弟はいなかったはずだ。
「従兄弟?」
「いや、親父」
「あ~」
松本の言葉に納得を覚える。松本の袴はよくニュースで見るような華やかなものでなく、卒業式や白黒写真にいてもおかしくなさそうな色合いだからだ。
「親戚には親父と髪型以外で区別付かないって懐かしまれたし、同級生には時代劇から出て来たのかって言われた」
髪型こそオシャレに決めているものの、松本の言葉通り驚くほどしっくりきている。
「それはなんか分かる。お侍って感じ」
食事の間も、松本はオレを見ている。話がひと段落するたび松本の視線が刺さる。料理が食べ終わったのだからもうお開きにしてもいいだろう。
「じゃあそろそろ
……
」
言いかけたオレを、松本の固い声が遮る。
「待ってくれ」
言いたいことがある。
神妙な顔をする松本を見てオレは身構える。十中八九、触れてほしくない話題が来る。
あの告白の日、オレは逃げるように寮を出た。卒業式以降は松本と会っていない。他の人から話は聞いていても、松本との連絡は絶っていた。
「お前のこと、避けてたんだけど」
はっきりと告げた言葉に、松本は眉にしわを刻んで頷く。
「他の人とは普通に連絡取ってると聞いて、すごく傷付いた」
松本の気持ちを考えなかったわけではない。松本を避けているのは、傷付きたくないオレのエゴだ。
「
……
オレ、お前に合わせる顔がないと思ってた」
「それも感じた。でも深津から、一之倉が気に病んでる、引きずってるって聞いた。だから直接会って、誤解を解きたいと思った」
騙してごめん。だからこうして一之倉に会えた。
「深津め
……
」
確かに深津には胸の内を相談していたが、その相手から情報漏洩されるとは。ここにいない共謀者に恨みがましい念を送る。
「卒業式の日、オレに告白しただろ。その返事を、ちゃんとしたい」
「
……
返事もなにも、絶句してたのが答えだろ」
お釣りはいらないから。
万札を取り出してテーブルに置く。今更しっかり軽蔑され直すなんて耐えられない。席を立とうとすると松本の長い腕に引き戻される。
「待ってくれ! あの時は確かに驚いたし困惑した。けど、その後しっかりと考えたんだ。オレは一之倉を選びたい」
「変な同情やめて」
「同情じゃない。好きなんて都合のいいことを言う気はない。だけど一之倉なら付き合える」
松本の言葉に、蓋をしたと思ったはずの心がささくれ立つ。
「
……
罰ゲーム扱い? そんな肯定の仕方されても嬉しくないけど」
疑念を抱くオレに対し、松本は即座に否定する。
「それは違う。一之倉のことは人として好ましいし、いい男だと思う。居心地のいいものだし付き合うなら知らない女性よりも一之倉がいい」
オレは真剣な表情で甘言を弄す松本に冷や水を浴びせる。
「どういうことするか、知ってるの」
お人よしや罪悪感で言うのならこちらから願い下げだ。
しかし松本は肯定した上で臆することなく答える。
「ああ。男同士ではアナルセックスなんだろ。彼女と趣向を変えようと検索したら出て来て
――
」
特別抵抗なく猥談をする松本にショックを受ける。高校の時は具体的な下の話題に狼狽えていたのに。彼女という単語にも自分の知らない年月を感じて心に隙間風が吹く。
自分で避けておいて、人のものになってほしくないなんて今更だ。
「それで男同士のも
……
実際、ちょっと、聞いてみたりもした」
「
……
危険なことはしない方がいいと思うけど」
そんな性に奔放な男だったのか。肝を冷やしつつやんわり諌めると、松本は慌てて否定する。
「そうじゃない。その時の彼女に聞いたんだ、やったことあるのかって。そしたら聞くのはデリカシーないしMなら気持ち悪いって」
松本は叩かれたであろう頬をさする。申し訳ないけど、頬を赤く彩った松本は容易に連想できる。
「それはそうだろ。オレも他に付き合った人の話は聞きたくない。デリカシーないって言われるの、そういうところだろ」
それはすまん。だけど、もう少し聞いてほしい。
「何人かと付き合ったけど、大体は別の人に気があるんでしょって振られるんだ。オレは本気のつもりだったけど、彼女達からはそう見えなかったらしい。それで考えてみたら多分、いつも一之倉が根底にあった。一之倉ならこうするのにとか、可愛いし嬉しけどなんか違うって、無意識だけど考えてた」
「
……
うん」
生返事を返す。聞こえてはいるものの頭には入ってこない。内容を咀嚼するには、衝撃が大きすぎる気がする。
「だから、一之倉が好きかもしれないと仮定して、一之倉と付き合えるか
……
セックスできるか、考えた」
「
……
それは、飛躍しすぎじゃない?」
「かもしれない。だけど、嫌じゃなかった」
松本の言葉にオレの喉笛が鳴る。
「一之倉が言ってただろ、抱きたいけど抱かれてもいいって」
「
……
そうだっけ」
嘘だ。しっかりと覚えているし、今もその気持ちに変化はない。目に入れても痛くないと言うように、男の尊厳より松本を選びたいと思った。それを松本は汲み取ってくれる。
「普通男なら抱く方以外考えもしない。だけど、一之倉はそれでもいいって言った。あの時は分からなかったけど、それだけ一之倉が本気なんだって気付いた。だから、オレも誠実に伝えたい」
松本は言葉を区切り大きく息を吐く。
オレは小さく震えながら言葉の続きを待つ。聞きたくないという気持ちが薄れ、今は祈るように願っている。
「オレは一之倉を好ましく思っている。まだ恋愛の好きではないかもしれないけど、一之倉の隣は居心地がいい。だから一之倉と付き合いたい。キスだって、セックスの役割だって一之倉の望む方を選んでくれていい。今日は、それを伝えに来た」
しっかり考えてくれた否定ではない言葉に、オレの頬を水滴が伝う。
「まじか
……
」
温度の高い涙が溢れて止まらない。あまりにもオレが泣くものだから松本がおろおろしだす。
「嫌だったら言ってくれよ
……
?」
「ちがう。嬉しいんだ
……
」
否定されるとしか思っていなかったから、寄り添ってくれるだけで嬉しい。だというのに、こんな夢よりも都合のいいことがあっていいのだろうか。
涙声で今一つ要領を得ないオレに、松本は頬を緩める。
「もうひとつ聞いてほしいんだけど、オレは先月彼女に振られて傷心中だ。理由は同じく『他に好きな人がいるんでしょ』」
松本はオレを見つめて甘い声を乗せる。
「なあ、一之倉はどうしたい?」
オレはまず頷いて迷わず肯定の意を告げる。
「こんな嬉しくていいのか
……
」
幸せすぎてバチが当たりそうだ。
まだ信じられない気持ちでいると、一之倉は誕生月と成人祝いがあるからそれぐらい当然だ。そう、松本が笑う。
「断られるって考えなかったんだ」
止まらない涙を拭いながら、自信に満ち溢れる松本に尋ねる。
「まあ。先に告白したのは一之倉だし、『お前に告られたら誰だって嬉しい』みたいなこと言っただろ。だから、ワンチャンプレゼントにならないかと思ってた」
流石、褒められ慣れた男の自己肯定感は強い。
「でも緊張はした。今更だろうとは思ってたから」
そして松本はメニューを開いて報告してくれる。
「デザート頼むか?ケーキは
……
2種類しかないけど、アイスとパフェはたくさんあるな」
このイチゴが沢山乗ったのとかどうだ。
松本がデザートメニューを見せてくる。
「えっなんで」
突然の話題変更についていけずにいると、松本は当たり前のように返す。
「成人式と交際記念のお祝いしたいだろ」
そして嬉しそうに目を細めて囁く。
「一之倉
……
いや、聡。よろしくな」
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