戸惑えど 5

なかなかくっつかない利こまの続きです。これで終わりです。
お付き合いいただきありがとうございました。
少しずつ話をアップするのが初めての挑戦で、最後まで緊張して書きました。



 嫉妬だと認めなければならなかった。
 小松田くんに近づく怪しい人物に対して感じたのは、怒りに似た焦燥だった。
 必ずしも、盗人を懲らしめるべく取った行動ではなかった。
 たまたま町で見かけたから接触できたものの、私の知らないところで彼がさまざまな人と出会ってそのうちの誰かとどうにかなるなんて、別に珍しくもない話だろう。小松田くんだってへっぽこだけれど大の男、それに年頃なんだから。
 彼の言う通り、小松田くんがどこで誰と何をしていたって私には関係ないはずだ。
 それなのに、彼が男といるのに気づいたときから私は二人をさりげなく見張って、どうやら口説かれていると感じた次の瞬間には割って入っていた。
 自分でも分からなかった。
 なぜ、関係ない他人のことでこんな腹立たしい気持ちになるのか。

 以前、ふとした気の迷いと酒の勢いで小松田くんに触れた。そして手に入れ損ねて、それから彼の態度は変わっていった。彼は期待するようになった。しかし私がつれなくすれば戸惑い、やがて何か決心したように私から離れようとするのがはっきりと見て取れたし、私はそれでかまわないと思った、はずだったのだが。
 土井先生に「君たち、何かあった?」と聞かれて「何もありませんよ」と答えたとおり、私たちの間には何も起きていない。
 ただ、彼が追いかけてこなくなったことに清々したと思ったら、すぐにえも言われぬわだかまりが私の心を覆った。あんなに邪魔だったはずなのに、私の後をついてこない、気安く話しかけてこない、軽々しく私を称賛しない彼にかえって落ち着かない思いをさせられるなんて。
 土井先生は、もしかするとそのことを見透かしておられたのかもしれない。
 何気ない口調で尋ねてくる土井先生の穏やかな顔が頭に浮かんで、その内面の底知れなさに一人恥じ入った。
 ただ、小松田くんが私に思いを寄せているのは前から知っていたし、彼が私を追いかけるのは許容するがそれに答えるつもりなんてなかった。だって釣り合わないだろう、どう考えても。何もかもが一致せず、生きる道だって明らかに別々の相手、それも見るとイライラする相手と共に過ごすだなんて、想像がつかない。
 では、彼が私を慕うのをやめたら。
 考えたことがなかった。
 胸を掻きむしられるような、ざわざわと落ち着かない心持ちになって、初めて気がついた。
 自分の心がまるで自分のものではないかのようだった。
 気がついたら最後、居ても立ってもいられなくなった。

 思い立ったその足で、息が上がるほどの速さで忍術学園を訪れると、入門票を持って門から現れた小松田くんに尋ねる。
「君、ちょっといい?」
「はぁ」
 こちらの意図をつかめず、間抜けな返事をする彼の腕を引くとすぐさま担ぎ、裏山に向かってまた駆けた。
「ちょっとぉ! 何なんですかぁ!」
 喚く彼に、すぐ着くからちょっと黙ってろと言って速度を上げる。
「入門票にサインしてくださいよぉ」
「後でするから! 君に話がある」
 そう言って、学園からほどよく離れた静かな森の中で下ろしてやった時には彼はふくれっ面になっていた。
「僕、お仕事中なんですけど」
「知ってる。いいから、聞いて」
 小松田くんの背後にある木の幹に押し付けるようにして彼の両肩をつかみ、詰め寄る。前髪が触れあい、彼がはっと息を呑んだのが間近に感じられる。こんなに近づくことなど、あの夜以来だろう。
 彼の大きな瞳は私を映し、驚きの色を湛えて揺れている。
 木々の枝葉が風にざわりと音を立てる。
「小松田くん、私のことどう思ってる?」
「えっ……
 突然の問いにどう答えたものかと案じているのだろう、小松田くんは私から視線を外して黙り込んでしまった。
 色よい答えが返ってくる自信はなかった。だが、この子がわざと私を避けるようになったのは、決して心底愛想が尽きたというわけでもないだろうと確信している。うぬぼれているだろうか。
「ねえ、」
「えっと……利吉さん?」
 このままとぼけてやり過ごそうとするのを許すつもりは毛頭ない。左手で彼の肩を強く抱いたまま、右手は小松田くんの顎をつかむ。
「好きでしょ」
 小松田くんは私を見て、一瞬ひるんだような顔になる。そして、少し開いていた口が引き結ばれてから、彼は言った。
……だったらどう、ってこともないでしょう。利吉さんからしたら」
 僕が利吉さんをどう思っていたって、いいでしょう。
 目に涙を浮かべて彼は言った。
 生あたたかな風が吹き、私たちの髪を揺らしていく。
「どうでもよかったらこんなことしてない」
 遠くで鳥の鳴き声がする。他には私たちの呼吸だけが耳に響いている。
「イライラするんだ」
……
「気に入らないんだよ、君がヘラヘラニコニコして誰かに媚びてるのが」
 ぶん殴ってやりたい気持ちなんだ、と言いながら、一体誰を殴りたいのか自分にも分からなかった。
 鈍くさい奴なんて嫌いだし、添い遂げるなら母上のように完璧な人、そうでないなら誰も隣にいらない。そう思っていた。今でもそう思ってはいる。だけど。
「君は私を見ていればいいじゃないか」
 なぜか心に任せればそう吐き出してしまうのだから仕方ない。
 小松田くんはふへ、と間抜けな声を出して、とうとう目から涙をこぼし始めた。
「それって、利吉さんを好きでいていいってことですかぁ」
……そうだね」
「それに利吉さん、僕のこと、好きなんですか」
「ちがうっ」
 反射的にそう答えてしまうが、この期に及んで彼への好意がまったくないなどと言えるだろうか。相手に好かれていなかったら耐えられないとばかりに衝動的に、仕事中の彼を攫ってきてまで思いを確かめようとして。
 己のしていることが、どんどん恥ずかしく思えてきた。
「気になるんだよ、どうしようもなく」
 もう取り繕っても仕方がないと観念し、小松田くんを抱きすくめる。肩口に顔を埋めると、日向の匂いがした。
「利吉さぁん」
 彼の涙と鼻水で、私の着物はびっしょりと濡れる。
 その感触を肌に味わいながら、抱きしめる腕に力を込めた。いつも学園にいる彼といえど、手を離せばどこへ行ってしまうかわからないのだと改めて気がついた。
 他の誰にも聞こえないように、ひそめた声で思いを告げる。

 それからいくばくか経って、このところ立て込んでいた仕事もようやく片付いたので忍術学園に足を運ぶと、小松田くんがとびきりの笑顔で迎えてくれた。
 あれ以来、彼に手土産を持って行くようになったからかもしれない。
「わぁ、今日はカステラですねぇ!」
 サインした入門票と菓子の包みを受け取って鼻歌まじりに私を学園内へと案内してくれる。あんまり露骨に喜ばれると目立つからやめてほしいんだが、なかなか言うことができない。
 客間へはすぐだというのに二人で歩いているところを土井先生に見つかって、すれ違いざまに「よかったね」と耳打ちされたので度肝を抜かれた。小松田くんには秘密の仲だから決して口外するなと言ってあるが、それでも察するところがあったのだろう。本当に油断ならない人だ。
 これ以上誰かに見られると面倒なので、さっさと客間へ入って小松田くんも引っ張り込む。やっぱり人前で喜びすぎないよう咎めなければならないし、それから。
「夜、部屋においでよ」
 軽く抱きしめて、耳元で囁く。
 顔を赤らめる小松田くんを撫で、ああもっと早くからこうしておけばと今更に思った。





(終)