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くこ
2025-02-06 11:25:37
3495文字
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凡陰の進捗2
ある日、最原が、かつてないほど興奮して電話をしてきた。ちょうど学校を出て、これから着替えて合流をしようというところだった。もうあと数十分あれば、直接会って話せただろうに、その時間すら待てなかった様子である。
いわく、シリーズ最新のオーディションが発表されたんだ!とのこと。
それは、いつぞやか三連休を使って、既存のシリーズを踏破した、最原が一番好きだと言っていた作品のことだった。
「オーディション?」
二次元作品とその言葉とが結びつかず、王馬が問う。そうなんだ、と、電話口の向こうで、頭の回転に口が追いついていない最原がわたわたと話す。目の前にいれば飲み物を渡したのに、と、デニムに足を通しながら、王馬はぼんやりと思う。
「あのね、ここ最近になって始まった取り組みなんだけど、キャラクターを公募して、うまくいけば採用してもらえるんだよ」
「それは
……
自分の考えたキャラクターが、作品に出る、ってこと?」
「うん、そう。ラフがもう出てるから、このあと小吉くんも一緒に見てよ!」
言うが早いか、電車の到着する音とともに、通話が切られる。まあ、電車が来てしまったのなら、仕方ない
……
仕方ないが、何か一言あってもいいのではないか。しかし、それが無いのも最原である。無音になったスマートフォンを机に置き、パーカーを頭からかぶった。
待ち合わせ場所で待っているかと思っていたのに、最原は、いつもより少しだけ遅れてきた。その理由は、店に入って取り出してきたタブレットで、すぐにわかる。これを、家まで取りに行っていたのに違いない。
大きい画面で見てもらいたくて、と、最原が興奮に顔を赤くしながら言う。ありがと、お礼を言いながら、王馬はオレンジジュースをすすった。
そこには、16人分のラフスケッチが公開されていた。美術の教科書でしか見たことのないような絵を前に、王馬が目を細める。
「これがデザイン案ね。大まかな設定だけが決まっているから、そのプロフィールを自分で考えて埋めるんだ。あと、簡単な心理テストみたいなのに答える。キャラになりきって答えるやつだよ! それと、顔は選べる。向こうの好きにしてもらうか、自分の顔を元にしてもらうか。ああどうしよう、やっぱり自分の顔かなあ
…
恥ずかしいけど
…
でも、作品に出られるなら、それもささいなことだよね
…
」
公表された募集要項を、最原がつらつらと説明する。ふぅん、と、王馬はタブレットを適当にスライドさせながら、流し聞く。あの手この手で、業界を盛り上げる策を考えるものだ。
しばらくうっとりと妄想に耽っていた最原だったが、急にぴんと背筋を伸ばしてタブレットに指をかける。それ!と最原が言うので、どれ?と返した。
「そのキャラ! ちょっと小吉くんっぽくない? だから僕
……
あの、僕、小吉くんにも、応募してほしくって」
王馬が目を丸くする。完全に他人事として聞いていたので、虚を突かれた。もう一度、タブレットに視線を落とす。似てるか
……
?これ。王馬が眉根を寄せる。総統、という肩書きも、よくわからない。
王馬の反応を見守っている最原が、だめ、かな
……
?と、上目遣いにおそるおそる尋ねる。初対面を思い出して、つい舌打ちをしそうになる。それをやってしまっては、脱兎の如く最原が逃げてしまいそうなので、やらないが。
「まあ
……
やるだけなら、べつに」
ぱああ、と、最原の顔が明るくなる。最原の感情は、素直だ。見ていて安心する。
勉強に差し支えるほどであれば困るが、ざっと見たかんじ、そこまでのものでもない。そもそもこんなものは、膨大な数の応募があり、易々と採用されるものでもない。付き合うくらいはいいだろう、と、王馬は了承した。締切は1ヶ月後。
「そしたらさ、締切までの土日は、これに充てていいかな? 僕んちで」
「
……
そんなにお邪魔して大丈夫なの?」
「ぜんぜん!」
間髪入れずに最原が答える。まあ、そういうことなのだろう。王馬側にも特段問題はないので、わかった、と返す。毎週の約束ができて、王馬は少し、喜んだ。
正直、舐めていたことを、心の中で懺悔する。
細かい。
細かすぎる。
プロフィール、と聞いて、履歴書のようなものを思い浮かべていたが、そんなものではない。これは、調査書だ。好きな食べ物から嫌いな食べ物、恋人の有無、はては初体験の年齢まで、事細かに書かされる。「キャラクター」のプロフィールであり、自身のものではないが、しかし、多かれ少なかれ、自らの思考は漏れ出てしまう。気恥ずかしくなってしまい、手が止まる。
隣の最原は、せっせと項目を埋めている。たまに顔を上げ、うーん、と虚空を見つめて考える。長いまつ毛が伏せられて、頬に影を落とす。しばらくして、まつ毛が震え、また大きな瞳が現れる。タイピングは、そこまで速くない。タブレットに接続されたワイヤレスのキーボードを、最原の細い指が叩く。
王馬のタイピング音が途切れたことを、最原は、そこで気が付く。行き詰まっちゃった?と尋ねる彼の唇を見つめながら、王馬が、そうだね
……
と答えた。その回答を聞いた最原が、ソファから身を乗り出し、王馬の肩の上から画面を覗き込む。
「家族構成かぁ
……
でも、あんまり、このキャラに家族のイメージ出てこないよね。不明、とかでもいいんじゃない?」
「そんなのでもいいの?」
「うん。実際、不明なキャラはいるよ。逆にミステリアスになるんだよね! そういう、基本情報がないのって」
あと、実際に作品中で使われるのは、プロフィールのなかでも一握りで、あとは、シナリオ担当やその他クリエイター側の解像度を高めるためだけに使われる、とのことだ。なるほど。情報の取捨選択を、こちらがしていいのか。ならばもっとやりやすいかもしれない、と、王馬は再度、プロフィール画面へと向き合う。
本作のテーマは、「嘘」です。
オーディションへ応募し、受付完了のメールとともに送られてきた、テーマ設定。細かいところはもちろん書いていないが、大まかなコンセプトが記載されていた。
エンターテイメントととして、観客とともに作り上げるという手法は、理にかなっているように思う。同時に、並大抵の準備では、それを成功させるのは難しいだろう。しっかりとした企画なのだな、と、王馬は思う。プロフィールが細かいと言ったが、募集側はそれを何件読むのだろう。全てに目を通すわけではないかもしれない。ある程度、機械的に選別もするだろう。それでも、「熱量」のようなものを、王馬は感じていた。肩に顎を乗せたままの最原にも、よく感じるものだ。
真横にある最原の頬が、王馬の頬に当たる。するり。あるいは、ぺとり。その柔らかな感触に、ごくごくそれが自然なことのように、王馬は、最原の顎に手を当ててキスをした。
最原は固まっている。
ぺろ、と、唇を舐めてみた。ようやく、びくっと最原が動く。顎にかけた手はそのままに、人差し指を伸ばして、下顎の骨をなぞる。
王馬のそばから離れようと、最原の手が泳ぐ。それを捕まえる。恋人がするように指を絡めると、また、びくんと最原が身をすくめた。息を吸うために開かれた口の、なかに、舌を差し入れる。最原の舌に触れた。熱かった。
舌を絡めるだけで、なぜ、気持ちがいいのだろう。不思議に思いながら、王馬は最原の口内を舐め回す。唾を飲むついでに舌を吸ってみたら、最原が過剰なくらいに反応して王馬の肩を押すから、王馬の背中でテーブルが揺れた。
「っふ、う、
…
ぅ、
…
んっ
……
」
時折、最原の吐息ともに漏れ出る声が、扇情的だ。
己は、しっかりと手順を踏む方であると認識していたが、どうやら、そうではなかったらしい。衝動的とも言っていい自らの行いに、王馬自身、興味深く思う。
このままの状態だと、いずれ、最原がソファからずり落ちてきてしまいそうだ。徐々に体の向きを変え、自分もソファの上に乗る。肘置きに立てかけられていたタブレットを伏せ、その上にワイヤレスキーボードを乗せる。
最原の腹に馬乗りになって、初めて、自身が勃起していることに気が付いた。尻に同じく熱く硬いものが当たっているので、最原も同じ状態であることを知る。
男同士のそれを、王馬は知らない。あとで調べることとして、今日のところは、キスをしよう。そのまま、最原の顔を両手で包んで、舌を差し入れる。だって、こんなに、気持ちがいい。
快楽に潤んだ最原の目が、王馬を見つめていた。
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