彼方の作品倉庫
2025-02-06 01:45:32
2436文字
Public 利こま
 

【利こま/SS】刹那の狭間にて、休息

お疲れ気味の利が思い巡らすこと。

 やり甲斐はある。時には楽しいと思うこともある。
 相手を出し抜くことに快感を覚え、依頼を華麗に完遂した時の達成感と爽快感などは、美酒を煽りたいほどに堪らない。その感覚は珍しいモノではなく、きっと忍者ならば誰もが一度は通る道だろう。
 だが、そんな易しい仕事ばかりではないのがこの世界だ。立ちはだかる相手と命のやり取りをするのは日常茶飯事である。下手をすれば、世のご婦人方による井戸端会議より頻繁に行われているかもしれない。
 手傷を負わせ、行動を不能にし、時には無情に斬り伏せる。非常時には、再起が叶わないよう徹底することもある。全ては依頼をこなす為に、忍務を遂行する為に。そして、自らが生き延びる為に。
 手を汚すことに躊躇いを覚えてはいけない。それは己を危機に晒すことに直結するのだから。もちろん、好き好んで命を奪うのではない。必要に迫られれば、の話である。
 緊張の糸が張り詰める空気は、いつも殺伐としていて、とても冷ややかで。踏み出すのも危ない薄氷の上で、鋭利な刃を喉元に当てられているようで。果たして、どちらが鮮やかな赤い花を咲かせることになるのか……常に紙一重の綱渡りだ。
 乱世では当たり前の日々に、心が荒んでいくのを自覚することもある。恒常化すると、精神上よくないのもわかっている。だからこそ――

   ◆◆◇ ◆◆◆◆ ◆◇◇◆

――あ、こんにちは利吉さん! 今日は何だかすっごくお疲れですねぇ。お時間があるようなら、休んでいかれますか? そうだ! 吉野先生がお土産に、人気のお茶菓子を買ってきてくれたんです。一緒に食べませんかぁ?」
………………
「利吉さん? 聞こえてます?」
……小松田君、君はずっとその能天気なままでいてくれ」
「なっ、なんですかいきなり!? どういうことですか!」
「どうもこうも、そのままの意味だよ」
「酷いですよぉ!」
 ぷんすかと怒りながらも、律儀に入門票を差し出してきて。次の瞬間には、自分が書いた署名をじっと眺めて。よく通る声で「はい、確かに!」と満足げな返事をして。いつも通りの調子の彼は、いつものようにニコニコと笑顔を浮かべた。
「甘い物を食べれば、疲れも吹っ飛びますよ。ほら、お茶にしましょう!」
「いや、今日は父上に言伝があるから先に――
「お茶菓子、数が少ないから誰と食べようかなぁって考えてたんですけど……
「人の話を聞け!」
 勝手に突き進んで、気ままに振り回して、元気に暴れ倒して……。「天真爛漫」に「天然」と「ドジ」と「間抜け」を足して、一度も割らないような濃縮っぷりの彼には、幾度となく苛立ちと溜息を積み重ねてきた。本気で怒鳴ったことも呆れたことも、一度や二度ではない。
 それでも、知人とも友人とも言えない彼との不思議な縁は、切れることなく今に続いている。それはまるで、暗闇の中で彷徨う者を案内するような細い糸のようで。手繰ればその先に求める景色があるとわかる、しるべのようなモノで。
 理解した上でこの過酷な世界に身を投じた自分だが、刹那だけでもそこから離れたいとよぎった時に、真っ先に視える――平穏な日常の象徴。

――利吉さん!』

 聞き慣れた声が脳裏に響くと同時に、この足は自然と忍術学園へ向かっていた。訪問する表向きの理由は何だっていい。誰相手の何の用件だろうと、いくらでもストックはある。多少の建前だって通してみせるとも。
 ただ単純に、酷く純粋に。学園あそこに行きたいと思った。小松田君かれに会いたいと思った。指摘の通り、疲労に押し潰されそうな感覚もずっとしている。だから、ほんの少しだけ休む為に。短い時間でも、心穏やかに時が過ごせる場所へ。
 そうして学園の門を叩いたのが、先刻のことである。彼の提案に乗って一服できるなら、願ったり叶ったりだ。唐突な言動に、素直に同意できないことが自分には多々あるが……このような強引さには偶に助けられるところがある。……本人には、口が裂けても言わないが。
「タイミングがよかったですねぇ、利吉さん。せっかくなので二人だけで食べちゃいましょう! 僕達だけの秘密ですよ」
 待ちきれない幼子のように、彼はイタズラめいた笑みを浮かべた。余程楽しみにしていたのだろう。そんなくるくると変わる彼の表情を見ていると、ささくれ立った心が徐々に柔らかく、そして丸みを帯びていく気がした。
 ……そうだ。自分が求めていたのは、まさにこれだ。干したての布団のような空気は、いつでも自分を包み込んでくれて、とても温かくて。ともすると気を抜いてしまいそうになる穏やかな時間の中で、優しい声音の子守唄を聴いているようで。うっかり船を漕いでしまうかどうか……常に紙一重の綱渡りである。
 そんな小さな懸念はあるものの……
「そんなに評判だというのなら、せっかくだし先に頂こうかな」
 偶にはこういうひと時を求めたって、罰は当たらないだろう。

   ◆◆◇ ◆◆◆◆ ◆◇◇◆

……あ! そういえば学園長先生達にもお出ししたから、残り一個しかなかったんだ……!」
「え」
「すみません利吉さん〜! やっぱりさっきのお茶菓子の話はナシで……
「小松田君……茶菓子の管理くらい、しっかりしろー!! というか、残りは君が食べるつもりか! そこは客人に譲るべきだろう!」
「だって美味しかったのでぇ……。もう一回食べたいな〜、と」
「既に実食済みじゃないか!!」
「利吉さん、そんなに食べたいんですか? 食いしん坊さんですねぇ」
「どの口が言うかッ!! 私が言っているのは、一般的な礼儀マナーの話であって――!」
「仕方ないですねぇ……わかりました、じゃあ半分こにしましょう!」
「私が我侭言ったようなノリで収めるなぁぁあああ!!」
「なら、食べるのやめます?」
「頂くよ!!」
 ……真に穏やかに過ごせるかどうかは、また別の話ということで。