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溶けかけ。
2025-02-05 21:41:28
1914文字
Public
ほぼ日刊
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未来は……?
アビスの魔術師に子どもにされちゃったフリーナとヌヴィレットの話。
※入籍済みの二人です。
朝目が覚めたら配偶者が子どもになっていた。
人はそんなことあるはずがないと笑うだろう。私も当事者でなければ、一笑に付していたと思う。
「やああああ
……
!」
目の前の幼子にヌヴィレットが視線を落とせば、幼子はキンキンと耳が痛くなるほど高く大きな声で泣き出した。
──キミは目つきが悪いんだから、小さい子を相手にするときは笑顔でなくてはいけないよ。
彼女の言葉の通りに口角を上げれば、幼子は一瞬だけ泣き止んだあと、火がついたように泣き出した。いったい、どれほど恐ろしいのか──ヌヴィレットは普段は妻であるフリーナが使っているドレッサーに近づき、鏡の前で笑顔を作る。
「なるほど
……
これでは怖がられても仕方がない」
鏡に映る自分の姿にヌヴィレットは項垂れる。彼女のように愛想のある顔ではないという自覚はあったが、まさか、ここまでとは。
ヌヴィレットは早々に笑顔作戦を諦めて、幼子──小さくなったフリーナに向き合った。小さなフリーナは未だにぎゃんぎゃんと泣き続けている。
「フリーナ」
呼びかけても彼女は泣き止む気配がない。ヌヴィレットには子育て経験は勿論、小さな子どものお守り一つしたことがなかった。
──せめて、立場が逆であったなら事はもっと単純だっただろう
……
そこまで考えて、ヌヴィレットは首を振った。いや、それはそれで彼女の手を煩わせることになったかもしれない。
今でこそ、七神に対して多少の譲歩(それでも複雑な思いはある)が出来るようになったとはいえ、自身の本質はそこまで変わっていないように思う。それが、フォンテーヌに来る前の、彼女にすら敵意を抱いていた頃に記憶が退行したとしたら
……
正直、あまり考えたくはない。
ヌヴィレットは思考を打ち切るとフリーナを見つめる。ふと、いつどこで言われたかも分からない彼女の言葉が蘇った。
いいかい、ヌヴィレット。小さい子にとって、僕たちはとても大きな存在なんだ。キミみたいに背が高くて、体も大きくて顔も怖いような奴は特にね。だから、視線を合わせてあげるんだ。それだけでも、印象が変わるからね。
ヌヴィレットは脳内のフリーナに従い、床に膝をつく。そして、もう一度「フリーナ」と今度は先ほどよりも優しく呼びかけた。
これには、一定の効果があった。フリーナは涙でぐちゃぐちゃになった顔でヌヴィレットを見つめ返す。
「ふっ
……
」
幼い顔にヌヴィレットは思わず息を吐き出した。鼻水と涙で濡れた顔は常の彼女ならば絶対に見せないであろうことが見て取れた。
彼がべたべたに汚れた顔を布で拭ってやれば、フリーナはきょとんとした顔をしたあと花のような笑みを浮かべた。
「フリーナ。君はこのあと──」
くぅ。彼女の腹の虫が堪えきれないというように鳴き声を上げた。お腹を押さえて頬を染めるフリーナにヌヴィレットは微笑みかける。
「まずは朝食のようだな」
子どもとは、不思議なものである。
ヌヴィレットはフォークを片手にトマトと格闘するフリーナを見守る。
かっ! とフリーナが目を見開き、フォークの先を勢いよくトマトに向けた。あと少し、というところでトマトはフォークの先を回避して、元気に外の世界に飛び出した。
「
…………
」
「
…………
」
ヌヴィレットの方へころころとトマトが逃げてくる。彼はトマトを摘むと水元素で軽く洗いフリーナの口元へと運ぶ。
「
……
食べないのか?」
フォークを刺した格好のまま止まっていた彼女は再起動を果たすと彼の手からトマトを食べる。
「どうだ
……
? ふむ。その顔だけで美味であったことがよく分かる」
トマトを咀嚼するフリーナの顔はこれ以上ない、というほどの満面の笑みだった。
満腹になり、すよすよと膝の上で眠るフリーナの頭を撫でる。子どもができるより先に子どもになった妻のお守りをするという珍事件が起きてしまったが、まあ悪くはなかった。昨夜遅くに帰ってきたフリーナはアビスの魔術師に何かの術をかけられたと言っていた。恐らく、それが原因だったのだろう。大した術ではなく、既に解呪も終えてあり、数時間後には元に戻ることだろう。
「今日は貴重な経験が出来た。幼い君も愛らしかったが、やはり
……
君は元の姿の方がいいな」
青みがかった銀糸に梳る。よく手入れをされた髪はヌヴィレットの指を水のようにするりと通した。
「君に子ができたら、私はその子を愛せるのだろうか
……
?」
フリーナと自分の子どもを想像してみるも上手くいかずにヌヴィレットは溜息をつく。
まあ、難しいことはできたときにでも考えればいい。時間はまだたっぷりあるのだから。
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