くこ
2025-02-05 20:38:03
3795文字
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凡陰の進捗





あのとき、なぜ追い縋ってきたのかと、今さらながら王馬が尋ねた。

いま話題に出したことに、特別な意味は無い。あれ以降、なんとなく連絡を取り合い、なんとなくつるんで、なんとなく一緒にいる。
王馬一人のときは、塾の授業が始まるまでの時間を、図書館や自習室でつぶすことが多かったが、最原と出会ってからは、ファミレスやカフェに変わっていた。前述の場所では、会話がしにくい。もっとも、一緒にいるとき、王馬は自主学習をしているし、最原は漫画を読んだりゲームをしていることが多かったので、口数自体が多いわけではない。それでも、今のようにふとした瞬間に話しかけたくなるときや、たまに最原が宿題を持ってきて教えてやるときなどは、気兼ねなく声を出せたほうがよいので、自然とそうなった。不思議なことに、一人で黙々と勉強をしているときよりも、覚えが良い。

店内にもかかわらずキャップを目深にかぶったままの最原が、ゲーム画面から顔を上げた。手元のオレンジジュースを飲みながら、王馬が最原の回答を待つ。

「あのとき?」

そもそも、そこからだった。
最原は、別に頭が悪いわけではないようなのに、あまり察しが良くない。どうでもいいことは死ぬほど細かく覚えていることもあるから、記憶力が悪いわけでもない。純粋に、己の興味のあることにしか、能力を発揮できないタイプなのだろう。

「初対面のとき」
……ああ〜……あのとき、かぁ」

はにかんだような、笑顔になる。むりやり作ろうとした笑顔よりも自然で、可愛らしい。男への形容ではないな、と、自らの造形は棚に上げ、王馬が思う。

「もう1ヶ月前くらい? あっというまだねぇ」
「そうだね。で?」

ヘタクソな話題逸らしは、当然、王馬に通じない。あはは、と困ったように笑った最原が、「怒らない?」と王馬を見上げる。内容によるが、おそらくYESと答えなければ嘘をつくつもりなのだろうと知れたので、怒らない、と、答えた。

「かわいかったから……
……

まるでただのナンパだったかのような回答に、王馬の動きが止まる。やっぱり怒ったじゃん!と、その反応を見た最原が騒ぐが、フリーズからすぐに戻ってきた王馬が否定した。

「いや、怒ってはいない。予想外の回答だっただけで」
「え……そうなの? 王馬くんって、いろんなひとから、そういうふうに誘われてるのかと思ってた」

最原が一緒にいるうちだけでも、王馬に言い寄ってくる人間は多かった。そのほとんどが、一定の距離から寄せ付けない鉄壁の笑顔でもって、追い返されていたが。女でも男でも、王馬の容姿は目を引く。特に男は、性別すら勘違いして声をかけてくることもあった。最原も、あまり人のことは言えない。今でもちょっぴり、疑っている。初対面こそ、手の感触や力の強さから男性であると判断したが、その後に付き合った彼を見ていると、もしかして自分の思い違いだったのかも、と考えても無理はない、はずだ。
ぼんやりと王馬を見つめる最原の顔から、何を考えているのかを大まかに察した王馬が、片目を細める。

「否定はしないけど。キミは、そういうかんじ、しなかったから」
「そういう、かんじ……?」

最原が首をかしげる。きょとん、という表現がふさわしい。その表情は、相手の毒気を失わせる。

最原は王馬の容姿を非凡と考えているようだが、王馬からすれば、最原の方がそうだった。真っ白い陶器のような肌に、帽子で隠れていてもわかる艶やかな黒髪、ぱっちりとした吊り目がちの瞳は大きく、まつ毛はマッチ棒が乗るほどに長い。猫背なので気づかれにくいが、まっすぐに立っていれば、スタイルも良い。王馬に話しかけてくる理由の半分は、最原も一緒にいるからだということを、王馬だけは知っている。
鈍感、という言葉が、これほど似合う男は居ない。

とにかく、そういう容姿を持っている最原であったので、王馬相手にも、特別な感想を抱いていないと思っていた。なにせ、鏡を見れば、同等の顔が見られるのである。それが理由になるとは、つゆほども考えていなかった。だからこそ、下心の無さに、連絡先を交換するに至ったのだし。
この感情が、落胆なのか喜びなのか、王馬自身、判然としない。相手の警戒心を解くことくらいにしか役に立たないと考えていた自らの容姿が、初めて意味のあるものに思えた。

あいかわらず指示語が通じない最原に、なんでもない、と伝える。代わりに、「褒めてもらえて、嬉しいよ」と微笑んだ。
最原は、一拍置いたあと、花開くように笑った。




実は王馬は、最原の名を読んだことがない。苗字も、名前も、だ。
意識してそうしているわけではないが、呼ばずとも事足りてしまうので、その機会が無い。しかし、「名前を呼ぶ」という行為は、一説に、親密感を高める効果があるという。だから王馬は、名前を呼びたいとは考えているのだが、それにしても不思議なくらいにタイミングが無かった。もしかすると、自らが強い意志を持ってそれを成し遂げない限り、永遠にそのときは訪れないのかもしれない。

毎日塾通いの王馬であるが、土日は休息日にしている。といっても、半日は勉強に充てているのだが。もう半分は、ここ1ヶ月、それなりの頻度で、最原と過ごしていた。最原は、漫画やゲームにまったく触れてこなかった王馬に、あれこれと紹介し、自分の好きなものへの理解を求めてくる。王馬も別に迷惑はしていないので、最原の好きにさせていた。

その日は三連休の初日で、この時間を使ってシリーズ一気見をしよう!と、最原が興奮気味に誘ってきた。宿泊をしたところで、学校の成績と周囲の評判にしか興味がない家族は、特に何も言ってこない。最原は最原で、家には、彼の他に誰も居ない様子であった。ある程度の規模がある一軒家だから、それなりの世帯収入が予想されるが、ひと気がない。自らの家も似たようなものなので、特段、それに突っ込みはしない。
道中で購入したケーキは、完全に無駄であった。しかし、最原が喜んでいたので、よしとする。冷蔵庫に入れておけば、明日くらいまでは保つだろう。「当日中にお召し上がりください」のラベルを見ながら、王馬は思う。

ピザ頼んでおいたから!と、待ちきれない最原が言った。ダイニングテーブルの上に、Lサイズが4枚。食べ盛りの男子高校生とはいえ、多いのではないかと思うが、まあ、これも、余れば次の日に持ち越せばいいのだろう。最原は、冷蔵庫からサイダーを取り出し、コップに注ぐ。
皿とコップを受け取り、リビングのソファへと腰掛ける。もちろん、最原もその隣へ座る。ファミリー用のソファは、二人で座っても余るくらいだ。しかし、最原の位置は近い。手を伸ばさずとも、触れられるくらいには。
わずかに触れている肩が、熱を持っているように錯覚する。

「王馬くんは、黙って見たい派? それとも、解説が欲しい派?」

再生ボタンを押す前に、最原が問う。
正直、どちらも違いがわからない。だが、前者であれば最原は黙り、後者であれば、最原の声が聞けるということだろう。そう判断した王馬は、解説が欲しいかな、と回答した。最原がふふっと笑う。いつものぎこちない笑みではなく、自然と顔が綻んだ笑みだ。
かわいかったから。初対面の王馬を引き留めた理由を、最原が答えたときの声がリフレインする。

始まるよ、と、王馬の肩に頬を寄せた最原が囁いた。その顔を見下ろし、うん、と王馬は相槌を打った。




ピザの生地が、カリカリに固くなっている。シリーズがどれほどあるのか王馬は把握していないが、1本20分程度のそれを、すでに6本消化していた。
そのあいだ、事前のアンケート通り、最原の解説がそこかしこに入っている。「ねたばれ」とやらはされていないが、「この場面をよく覚えておくといいよふふっ」など、楽しそうに伏線をバラす最原は居た。最原が楽しそうなので、王馬に特に不満は無い。

起承転結の転あたりに差し掛かったであろうことを察し、王馬が、ピザを温めてよいか尋ねる。僕がやるよ、と、最原が立ち上がったので、一緒に台所へと向かう。ついでに、コップへ氷を足してもらう。サイダーのペットボトルは出しっぱなしなので注ぐことができるが、ぬるくなっていくのは、どうしようもない。

「王馬くんは、誰が犯人だと思う?」
「そうだね……

最原の解説からすれば、「犯人」と目される人物に、おおよそ見当は付いている。だが、王馬は考えるそぶりをした。少し長めに息を吸う。

「終一くんが見たときは、この時点で犯人を予想できていた?」
「え、僕? 僕は…………

あれ、と、よく見ると色素が薄い最原の目が、王馬を見る。口元に人差し指を当て、?と、首をかたむけた。

……僕は、予想してたけど、外しちゃったよ。小吉くん」

そう来たか、と、王馬は、どくんと脈打つ心臓をなだめる。えへへ、と最原が嬉しそうに笑っている。

「小吉くんは、わかってそうだね」
「さあ……どうかな。終一くんが外していたなら、オレの予想も、外れているかも」

戻ったらこっそり教えてよー、と、電子レンジからピザを取り出す最原が言う。外してても笑わないでよ、と、王馬は答えた。