※juniさんのふたりの皇子から!
※3世くんのセリフもお借りしました
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「
……へぇ
……これはまた、見事だねぇ」
「当然だ。メフィストが、一番良いものを選んだ」
いつもと変わらぬそっけない返事だが、声音が、ずいぶんとやわらかくなった。真吾の身長をとうに越してしまった一郎が、じぶんの腕のなかのモノに向ける視線も、おなじくやわらかい。
花祭りに先駆けて、弟が溺愛している悪魔に頼みごとをしたのは、一年もまえになる。
――厄除けや魔除けの効果がある花を、用意して欲しい。
城外の小さな教会に寄贈する物だから、あまり華やか過ぎず、かといって寂しすぎず
……そこは3世くんに任せるよ、と。
曖昧な内容だが、あの小さな悪魔はまるっこい瞳にぎゅっと力をこめて、真吾からの依頼を生真面目に受けてくれたのだ。
もちろん、まえもって彼の主であるこの弟に承諾を得ていたので、話も早かった。これがほんの数年前ならば、『
――ぼくのメフィストを勝手に使うな』と、それはそれは平淡な声で渋っただろう一郎は、わずかに思案するような仕草はみせたものの、
『
――そうだな。花のことなら、メフィストだ』
などと、予想以上に素直に頷いてくれたのだ。
実はこのとき真吾は、なかなか驚いていたりする。
あの小さな悪魔が育てている草花に負けぬ、目を見張る成長を遂げている不器用な弟に、微笑ましさと、わずかな寂しさを覚えたものだ。
――メフィストフェレス3世。
一郎と半ば無理矢理に引き合わせ、できればうまく収まればいいなぁと思っていた、真吾の第一使徒の片割れ。
当初は、一郎のあまりの不器用さに随分とハラハラさせられたものだが、かの【メフィスト】をどうにか手放さない状況に囲い込むことに成功している。
――そう。つたないながらも、真摯にじぶんの悪魔へ向き合いはじめたこの弟皇子は、真吾の知らないところで成長をつづけている、真っ最中なのだ。
その変化は、彼の異名にも、現れていた。
『春の微笑』の第一王子
『冬の冷笑』の第二王子
豊穣の大地を体現した髪色の、
穏やかな笑みを絶やさない兄。
髪も肌も色の抜け落ちた、
凍てつく氷の色をした笑わぬ弟。
――誰が初めにそれを、言いだしたのか。
ふたりの皇子が『春』と『冬』に例えられるようになって、ずいぶん経つ。それが変化したのは、ここ数年。
……一郎が、じぶんのメフィストを得てからだった。
『笑ったほうがいいよ、みんなよろこぶから』
たったひとこと。
小さな悪魔がこぼした、そのたったひとことが発端である。
一郎はその『みんな』にこの子が含まれていることを、本人に何度もなんども確認して、苦手な公務の席ですら、わずかな笑みをみせるようになった。
『きみも?』
『きみも、その方がうれしいのか?』
――と。
それはそれは念入りに、じぶんの悪魔に確認をとっていた。
確認
……というか、傍から見れば詰めよっていた。最終的に、顔を覗き込むだけでは足りず、3世の小さな身体を抱きかかえてしまっていた。手馴れたようすで。恐ろしいことに、近くにいたメフィスト家の古い眷属も真吾も、もう見慣れてしまった光景だ。いまだに青筋を立てるのは、メフィスト2世くらいなものだろう。
『
……きみが、うれしいなら
……そうする』
ぽつん、と呟いた一郎はあまり見たことがない顔をしていた。
大人しく抱き上げられたまま、ちいさな悪魔はそんな一郎をまるっこい目で見つめると、答えの代わりに一郎の髪をくしゃくしゃにかきまぜ、くちびるを淡くゆるませるのだ。
以前、一郎がこの子を評して『小さなつぼみが開くみたいだ』と呟いていたが、本当らしい。
……自分の前だけだということには、また気づいていないようだが。一郎がひっしになるのも、無理はない。
この笑顔がみたくて、
これが欲しくて
――
冬の通り名を持っていたはずの弟王子は、すっかり『外面』というものを覚えてしまったのだから。
* * *
「花の件、3世君にはよくお礼をいっておいてね。こちらからは報酬と、それとは別にティーセットを贈る予定だけど」
「わかった。問題ない」
「
……一郎、3世くんとは、仲良くやっているかい?」
「別に。いつもと同じだ」
ほんとうは『なにかあった?』と聞きたいところだけれど、
心底嫌そうな顔で口を閉ざされてしまっては、意味がない。
「3世くんは何も言わなかったけど、この花を咲かせるまではすごく大変だったんだろう? 害虫や病気にとても弱いらしいね、あの品種は」
「
……僕は、見ていただけだ」
いま一郎の手には、あざやかな桃色の花をつけた枝が一振り、たいせつに抱かれている。贈り先の小さな教会は、ひとの手があまり入っていない。半人半妖の子どもたちや、幼い低級魔族の遊び場になってしまっている。千年王国を目指すのならば、欠かしてはいけない場所だ。
豪奢な花瓶などあるはずもない。
一郎が手にしている一振りの枝はちょうどいいだろう。
詳しくない真吾がみても、だれが見ても、見事だと思う。
「
――この一年。メフィストは、これの世話をよくしていた。もちろん、他の草花も同じように育てている」
「うん。3世くんが所有してる『カナンの庭園』以上の庭は、僕もみたことがないからねぇ。メフィスト2世もことあるごとによく自慢してるよ」
淡い桃色の花をつけた枝は、長身の一郎に抱かれるように、小ぶりながらもしゃんとした美しい立ち姿で、周囲の視線を奪っていた。
――そう。辺境に引きこもった変わり者の弟皇子の、久方ぶりの登城だ。こちらに通されるまで、無数の揶揄するような視線が投げつけられていた。それはすぐに、息を飲む音とともに無くなってしまったが。
(それにしても
……)
浮かない顔
……というか、これは納得がいっていない顔だ。表情が乏しいと言われている弟皇子だが、小さな頃から知っている自分から見れば明らかに『なにかあった』顔でしかない。じっと聞く姿勢を崩さないままでいれば、花に視線を落としたまま、薄い唇がようやく開く。
「
――コイツは寒すぎると花が咲かなくなるらしい。あの庭園に、メフィストが泊まり込みで結界を張りにいった夜が何度もあった。嵐の夜も、様子をみにいった。水は、多すぎてもよくない。乾燥しても実のつき方が悪くなる
……とにかく、コレはものすごく手がかかった」
「うん」
「だから僕はメフィストに、その中でもうつくしいと思う枝を二振り、選んでもらった。これは最初から決めていたことだ」
「うん。依頼したのは3世くんにだけど、最終の決定権は一郎に任せてるからね。
――で、その二振りから更に選んだものが、これなのかい?」
「
――そうだ。一目見て、ぼくもこれがいちばん良いと思った」
「うん」
「
――だから
……だからこれは、メフィストに持っていてほしかった。どちらも群を抜いて綺麗で、どちらを献上しても構わない出来だった。僕はメフィストが一番いいと思ったものは、メフィストに持っていて欲しかった」
「
――……って、3世くんに伝えたのに、結局これを持っていくように言われちゃったんだねぇ」
「そうだ。どっちでもよかったのに。
……なら、メフィストが気に入ってるものは、メフィストのもとにあるべきだ」
ああ、なにひとつ変わってない。
今さらのように思う。
わずかでも笑うようになっても。
3世の花を使うことを、承諾するようになっても。
一郎の根っこの部分は、
なにひとつ変わっていないのだ。
「ねぇ、一郎」
だからここはひとつ、
おせっかいな兄は、教えてあげなくてはいけない。
「3世くんはね。一郎のメフィストである自分がおもう最上のものを、一郎に持たせたかったんだよ」
兄である真吾のまえ。
弟皇子にそそがれる、無遠慮な視線たちのまえ。
いくたの視線の先にあるじぶんの『悪魔くん』に、
じぶんが思う最上のものを
――あの悪魔は、そういうイキモノなのだ。
「誇りに思いなさい。
メフィストの主であることを」
その衝動に、
その想いに、
ぼくらは今日も
うごかされている。
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