とはり
2025-02-05 02:08:29
3271文字
Public いろいろ
 

あたしの宝石【こは+姉】

2024年のこは誕にあげた

ホワイトバースデーだったり、翌日に見た某雪だるまがめちゃめちゃに可愛かったりで情緒がぶち上がって備忘録的にしたためた
あと桜河次女の独白書いてみたかった

↓以下、上の姉はんが下の姉はんに送ったこはとのメッセージ内容

<『○○円分のドリンクショップギフトカード』
<あげる これで好きなもん飲み

>怖 どういう風の吹き回しなん

<やかましいな お姉さまからのありがたいお小遣いや 黙って受け取っとき

───

<何か飲んだ?

>『ホットチョコドリンク×2の写真』
>これ

<2杯飲んだん? そんな食いしん坊やったんか

>ちゃう 一個は友達の
>トッピング盛ったろ思うたけどおすすめ分からんかったから友達に訊いてん そのお礼

<ふーん 美味しかったん

>美味しかったで おおきに





 都会の雑踏に溶け込むように歩いてたあたしの目の前に雪の粒が通りすぎた。

 あたしは雪を見る度に思い出す。
 こはくが生まれた日のことを。


 お母はんのお腹におるんが男の子やって分かった時、一族に衝撃が走った。女ばかり産まれる桜河家にとって待望の男子やったから。でもあたしにとってはそれだけじゃなかった。
 あたしに弟ができる。末っ子やったあたしに弟ができる。
 弟。おとうと。あたしのおとうと。
 日が経つ毎にお母はんのお腹が膨らんでいくのを見る度にあたしの期待も同じくらい膨らんでいった。どんな顔やろ。お母はん似かな、お父はん似やろか。想像もまた膨らんでいくばっかりやった。
 
 お産を控えたお母はんが分娩室代わりの離れに入ってからずっと、その襖の前で祈っとった。中はお父はんすら入れんで、お母はんと産婆だけが中で戦っとった。
 どうか、無事に生まれてきますように。勘の鋭い本家の誰かが乗り込んで来ませんように。あたしから弟を奪わんといて。家族みんなからこはくを奪わんといて。
 おねがい。おねがい。
 時々お母はんが苦しそうに呻く声が聞こえて、その度にあたしも泣きそうになった。こわくて、こわくて胸の前で潰れるほど両手を握りしめてた。
 姉はんはそんなあたしに「そんなところにおったら邪魔やろ」と叱ったけど、姉はんも分娩室の中が気になっとることは、あたしを叱った後もその場から動こうとせず、唇噛み締めて分娩室に繋がる襖をじっと睨み付けてた姉はんの態度が示しとった。
 とめどなく降り続けるぼたん雪は敷地中を真っ白に染め上げて、地面に厚く積もった白はあたし達の息遣い以外の音を全部吸い込んだ。視界も聴覚も全部が真っ白で、自分達だけが世界から切り取られたようで目眩がした。時折、雪が木々を軋ませて、得たいの知れぬ獣の鳴き声ような不気味な音を鳴らす度に肩を震わせては、体を縮こませて祈るように両手に力を込めた。
 吸い込む空気が肺を凍らせて息苦しくても、凍てつく空気に晒された手足が悴んでも、あたし達姉妹はそこから動かんかった。
 しばらくして、赤子の泣く声が襖の奥から響いてきた時、仕事の時も顔色ひとつ変えへん姉はんがぺたんと腰を抜かして、あたしはその隣で赤子と同じくらいわんわん泣いた。それも全部、真っ白な雪に吸い込まれていった。

 それから一週間ほどして、初めてあたしを含めた親族が生まれた赤子と会うことができた。まだ目もろくに見えへんくせに嬉しそうに何もない虚空に手を伸ばして。それが愚かしくて、でもどうしようもなく可愛いと思えてしまう。
 その手のひらにそうっと手を伸ばして指先で触れた瞬間、しがみつくように握りしめられた。想像以上の力強さとやわこくて暖かい感触に、あたしの目からまたぽろぽろと涙が溢れ出した。周りの親族にくすくすと笑われて恥ずかしかったけど、涙は止めようと思っても止まらんかった。涙を流せば流すほど、指先のあえかな命の感触に実感が沸いてきて、あたしの何に変えても守りたいと思った。
 この日、あたしは『お姉ちゃん』になった。
 呪いのように敷地の至るところに植えられた桜の木が雪の花を咲かせて揺れる。その下では早咲きの蕾がふくふくとその身を開くときを待っとった。

 赤子の名前はこはくっていうらしい。宝石の名前なんやって。ぴったりやと思う。だってこんなにも可愛い。愛おしい。きらきらした宝石よりずっと綺麗。
 こはく。桜河こはく。こはく、こはく。
 これからたくさん呼んであげる。あたしのたったひとりの弟。あたしの宝物。
 あんたは家族みんなに愛された桜河家の宝石。


 こはくがアイドルとして家を出ていくって聞いたとき、嬉しいと思う気持ちと寂しいって気持ちが全部混じって、濁流みたいに押し寄せてきた。
 こはくがやっと外に出られる。たくさん日の光を浴びて、友達を作って、あたしが与えたくてもあげられへんかったもの、たくさん手に入れられる。
 待って。行かんといて、こはく。あたしの知らんとこに行かんといて。お姉ちゃんを置いていかんといて。
 あたしの全部やったこはくが離れていく。半身が引き裂かれるような痛みを覚えたけど、今回は泣かんかった。
 だって、あたし『お姉ちゃん』やもん。



 ────
 思い出に浸っとるとポケットに入れた端末が震えてメッセージの到着を知らせる。画面を確認すると、送信者は姉はんやった。追加の仕事やろか? と内容を確認すると、こはくと姉はんとのメッセージのやりとりを切り取ったスクショが画面に映る。
 姉はんが贈ったギフトカードでこはくがホットチョコドリンクを飲んだらしい。スクショに添えられた短い文章から滲み出る自慢げな態度が鼻について、あたしもその場でこはくにギフトカードを送りつけた。
 それとほぼ同時にもひとつピコンと通知が降ってきて指が反射的にそれをタップする。こはくのSNSが更新された通知やった。
 呼び出した画面には「雪だるま作った」って文章と一緒に雪だるまと並んだこはくの写真があってつい笑ってしもた。しゃがんだらちょうど頭の高さが同じになるくらいのそこそこ大きな雪だるま。
 雪だるまなんてうちに帰ってきたらいくらでも作れるのに。都会の汚れた雪を必死にかき集めんでももっと純白で綺麗なあり余るくらいの雪があるのに。
 ご丁寧にバケツを被せて、自分のマフラーまで巻いてあげたりなんかして。雪だるまに防寒具を明け渡したりするから自分の方がよっぽど寒そうやのに。やわこいほっぺも、まぁるい額も、かわいい鼻の頭やって、全部真っ赤に悴んどるくせに。
 せやのに、嬉しそうにピースをして雪だるまの隣でカメラに写るこはくの幼い子供みたいな笑顔を見たら、まぁいいかなんて思えてしまう。
 雪だるま作って、写真撮ってくれる友達もできて。そんな些細な出来事に、同じように喜んでくれるファンの子らがおって。
 あたしらがめいっぱい注いだ愛情じゃ大抵足りん量の愛が今この子に降り注いどる。
 やから、これが良かったんやと思う。
 あたしらが育てた蕾がこうして花開いたんやから。
 ──ううん。あんたが自分自身で花を咲かせたんやね。おんもに出て味わった楽しいこと嬉しいこと、辛いこと悲しいこと、全部栄養にして花を開かせたんはこはく自身の努力以外の何物でもない。
 あたしらは自分達の大事な宝石を失いたくなくて狭い狭い孤独の箱に押し込めて飾ってただけや。それが愛情なんやって、この子のためなんやって言い聞かせて、大切にしてたつもりやった。
 狭苦しくて侘しい箱に押し込んで愛でるより、原石が犇めく宝石箱の中で切磋して世界中に見てもらえる方がずっとええ。

 ふと、聞き覚えのあるメロディーが雪と一緒に降ってきて、画面から目を離して顔を上げる。目線の先のビルの上の大きなモニターにはこはく達のライブディスクの宣伝映像が流れとった。もうすぐ夏に開催したライブのディスクが発売するんやって。あたしはとっくに予約したけど。
 雪がはらはらとモニターの前を横切っていく中で、画面は太陽が燦々と照りつける真夏の野外ステージを映してた。季節外れのステージの上で目を煌めかせて踊るこはくの、その輝きに目を細める。
 眩しい、と思った。
 空は全くの曇天やのにね。可笑しいわ。
 嘲笑と共に吐き出した白い息が空に溶けていくように、あたしはまた街の背景の中に紛れ込んだ。今日はこれから仕事。都会の雪よりずっと汚い仕事。
 影の中で息を潜めて常に何かに怯えながら生きているようなあたしらとは違う生き方をこはくには歩んでほしい。そのためにあたしらは血も涙も流してきたんやから。血塗れの古くさい宝石箱やとしても、その中で守られていた宝石は傷ひとつなく美しい。その美しさだけがあたしの誇りであり慰め。

 咲く場所が変わろうとも、どうか。愛され、磨かれ、輝いて。

 何よりまばゆいあたしの宝石。