井見
2025-02-04 20:44:44
4232文字
Public 真Ⅴ・真ⅤⅤ二次
 

鏡花水月

ハヤオとVV主人公くんがお互いを探りつつ答えのない話をしてずず〜んとなる話です ねちょねちょしてます

 水を飲んでいる姿を見るとなんだか面白いなと思う。だがどこがと言われると答えにくい。顔が似ているからか? 人間じゃないと知っているから? でも人間にしか見えないから?
 右手で握った緑茶のパックから、液体はストローを通って口内へ。そのままごくり。めずらしく露わになっている喉仏が上下する。パックはみるみる凹んでいって、そんなに喉が渇いているなら僕のを譲ってあげたくなる。
「あまり他人をじろじろ見るものではない」
 いい加減怒られた。
 だって当然のように水分補給をされると、神でも悪魔なんかでもなく、そこら辺にいるいい歳した人間にしか見えない。そんな疲れた顔をされると余計に。
「こういうおじさん、いそうだなと思って」
 そう言ってみると、ツクヨミは、はあ。と溜息を吐いた。
「君には今でも私が人間に見えるか?」
「どこからが人間なのか、わからなくなるくらいに」
 ツクヨミは僕をじろりと見ると、飲み終わった紙パックを慣れた手つきで畳んでいった。気を悪くさせただろうか? 謝罪に手持ちの未開封パックを渡すと、ツクヨミはパックのストローを外し、飲み口にぷすりと挿した。そして、「飲みなさい」と僕に突きつける。そうじゃないのに。でも僕は大人しくパックを受け取って、ストローを咥えた。
 ツクヨミと一緒に座らせられたこのベンチから、解放されるのはいつだろう。支部のベンチにはクッションが付いているから、ダアトに何故か存在しているものよりは座り心地がいい。寮の硬すぎるベッドと同じくらいには。ずっと座っていると、足の付け根がじんわりと冷えてくる。
 そもそも病院の入院着みたいなものを着せられて、研究員たちの間をたらい回しにされたのは、いつからいつまでのことだったか。制服に着替え直せたのはいいけれど、機密保持だとか危険だとか言って貴金属は返してくれなかったから、時間を確認する手段がない。ツクヨミも長官のくせに例外ではなかったから、同じく手ぶらのはずなのだが、
……今、何時?」
 ツクヨミは目を瞑り、
「十七時四十七……八分になったな。待たせてすまない。もう少しで結果が出るはずだ」
 とのこと。神造魔人は衛星にも繋がるらしいから、こうして黙っている間にも、何かと・誰かと通信をしているのかもしれなかった。僕はぼんやりしているだけなのに。
 何かを飲んだりする気にもなれず、行儀悪くストローの口を噛んでいると、階段をばたばと駆け上がる足音。現れた研究員はツクヨミへ真っ先に近寄り、紙の書類を見せながら、二、三言会話をする。巧妙に小さい声で、よく聞こえない。研究員は聞き耳を立てている僕をちらりと見ると、ツクヨミの持つ空きパックを抜き取って、足早に階下へと戻っていった。
「先の検査の簡易結果が出た」僕を安心させるような穏やかな声で、ツクヨミは言う。「君の心身に異常は見当たらないとのことだ」
 異常なんて見つかるはずもない。
 検査着を着て、特に意味もなく血を抜かれて、腹や背中をぐりぐりと触られたり、英語の練習みたいな簡単すぎる会話をするだけ。それで一体何がわかるというのだろう。
「ツクヨミの検査が目的では? 問題はなかったの」
「ああ、君を王座に届けるには十分な性能だ。
 写せ身のデータも君の協力のおかげで更新できた。そう時間がかからない内に渡せるだろう」
 僕は、ちゅう、とわざと音を立ててストローを吸う。
 話題を逸らすのはお手のものか。ツクヨミは人間の世界で人間として過ごしてきただけあって、こういうときのはぐらかし方は、アオガミよりもずっと知っている。
「それじゃあ今すぐ行こう……とはならないんだ」
……念には念を、だ。正式な検査結果が出揃うのを待ってほしい。生命と一致しない知恵との合一‪──調整を加えているとはいえ、今の状況は極めてイレギュラーだ。もし何か見落としていれば、君を危険に晒しかねない。
 とはいえ、数値では現れないこともある。君の方はどうだ。改めて肉体や精神に違和感はないか? ……もし私に話しにくいようであれば、他の者を呼ぼう」
「違和感か……
 僕はじっとツクヨミの目を見る。 
 この検査は僕の身体の確認だとか、写せ身の作成だとかと言って目的を増やしているが、これは間違いなくツクヨミの状況を確認する検査だ。無理やり合一をして何のフィードバックも無いはずがない。生命の身体を間借りしている僕でさえ、なんとなくむず痒い感じがするくらいなのだから。
 かと言って、僕にできることもない。ツクヨミと合一する以外に、戦い続ける術はない。
「どうした? 何か心当たりが?」
 ……どうしようか。
「ツクヨミ、僕をちゃんと見て」
 僕は一体何がしたいんだろう。
「ああ、見ている」
 ストローから口を離して、ゆっくりと息を吸う。
 こんなことをしたって何も得られない。
 試したいだけ。
 嫌だと言いたいだけだ。
本当は。
 ……ツクヨミが、つらいなら、もうぜんぶやめたっていい
 きいているかな?
でもあなたが、やめさせてくれないのも、わかってるから。
 僕は、……
 続く言葉がわからないので、急いで口にストローを突っ込んだ。これ以上は無理だと思った。
 恐る恐るツクヨミを見返すと、ツクヨミは硬く目を閉じている。眉間に深い皺を刻んだまま、「少年」と僕を呼んだ。
「今の言葉を、もう一度言ってくれるか」
「できない。何度もは無理だ」
……ならばやはり、今のは〝神意〟だな?」
 僕はようやく紙パックからお茶を飲み込んだ。ごくり。
「報告は聞いているが……これほどのものとはな。
 君が何を言ったのか、わかるはずなのだが……
 意識に干渉しているのか?」
 ツクヨミはぎゅっと目を細めつつ、僕の顔を覗き込んだ。紙パックに夢中なフリをして、急いで視線を反らす。
「さあ。変なことを言われても、嫌な気がしなくなるらしい。それくらいしかわからない」
「君に利を与える能力だが、そうか……
 ツクヨミは僕と同じことを考えているだろうと思う。
 相手の感情を簡単に左右してしまう力。悪魔だけではなく人間にすら効く力。
「本当に神様みたいだよね」
 いつ使えるかもわからない力だったが、段々と制御できるようになってきた。まずいと思ったときに相手の心を書き換えて、自分の思い通り。
「今までも僕があなたにこの力を使ってたとしたら、どうする?」
 ツクヨミは笑った。ずっと疲れた顔をしているのに、無理やり笑われると、泣きそうにも見えた。
「私も、近いことはできる。人の心を掌握するなどということは、君が思うよりも簡単だ。神‪──いや、悪魔は、今までそうやって人間に干渉し続けてきた。……君が知っているようにな」
 ベンチの背に思い切り体を預けて、ゆっくり足を組み替えてから、ツクヨミは答えた。
「私もそれなりに名のある悪魔だ。こうして君の側にいることで、君の自由を尊重する振る舞いをしながら、私の望むように君を誘導している……その可能性は否めないだろう?」
「ああ……それはないな」
「ないのか?」
「もし、そんなことしてるんだったらさ。
 ……僕は、あんなことを思わずに済んでいる」
 ツクヨミは、なるほど、と言った。
「先の君の力は強力だったが、粗も大きいようだな。私が君に何を言われたか、何を感じたかはわからなくなってしまっているが、〝何かを言われた〟という引っかかり残る。
 ましてや君にここまでヒントを出されてしまっては、その引っかかりは無視できなくなる」
 ツクヨミは上体を前に深く倒して、俯いてしまった。
「君は一体何を言ったんだ?」
 言ってなんになる。
 今度は僕がぐったりとベンチにもたれる番だった。支部の無駄に眩しい照明が、ちかちかと目の奥を刺した。丸い光が何個もあって、どれもが白く光っているはずなのに、輪郭だけが青く見えるような気がする。たくさんの輝きに、見下ろされている。
「くれた護符みたいに、ツクヨミが何人もいればいいのにって」
 そうしたら、ツクヨミの誰かが戦っている間、別のツクヨミは休めるし。
 捻り出した言葉は嘘ではなかったが、ツクヨミはたっぷり僕を眺めた後、一笑に付した。
「面白い案だが、帰還したアオガミと私の調整で、当面の素材は使い果たしている。いや、仮に準備が整っていたとしても、我が型の鍛造はこの戦いに間に合わないだろうな」
「スペアもいない? アオガミは何人もいたらしいのに」
「私が何人も目撃されては困るだろう」
……オカルト記事が書かれるかな」
 くだらない話をしていると、再び階段を駆け上がってくる足音があった。現れた研究員はさっきの人とは違う人で、ツクヨミは立ち上がり、越水長官の表情になった。
「写せ身の用意ができたらしい。受け取ってくれ」
 写せ身は実際の写真である必要はないのに、ベテルで用意されるものは、わざわざ越水の顔写真を依代に使っている。選挙ポスターで見る快活さを貼り付けた表情とは違って、誰かがさっと撮ったような、最近の切り取り。まるで遺影みたいだ。
「ここでできる準備は終了だ。君さえ良ければいつでも行ける」
「もう他にはいいの?」
「ああ、問題ない」
 受け取った写せ身はポケットへ。所有していることにさえなれば、力はいつでも取り出せる。
 後はもう「じゃあ行こうか」と言うだけなのに、その一言が一番重い。立ち上がったまま、ツクヨミをじっと見つめる。ツクヨミは隠すように腕を組んだ。
……君の言葉を聞けずとも、これだけ行動を共にしてきたなら、何となく推測できるさ。……自惚れでなければな」
 そうだろうなと僕は思う。ツクヨミ自身、自分のことくらいわかってる。それをわかってるから、僕は言えないんだ。
 だって他の選択肢がどこにある? 全部放り出して逃げる? 他の神様でも探す? 自分だけで戦えるようになる? どれもとっくに無理だ。
 僕は笑った。同時にツクヨミも微笑んだ。さっきと同じ、何かを堪えるような笑顔で、ツクヨミは懐かしい言葉を言う。
「すまないが、諦めてくれ」
 僕は、差し出された彼の手を、思いっきり強く掴んで。
「最初からずっと、そうしてる」
「そうだったな」
 繋いだ相手がいなくなった手を、もう一度握り込んだ。
 


 



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